琴子が息を呑む間に老婆は思いのほか早い動きで家へ入ってしまった
だが その声を聞きつけて 隣の家から顔を見せたのは・・・有沢聡一・・・・
「琴子」
「お兄ちゃん お兄ちゃん」
子供に帰ったかのように琴子は泣いて飛びつく
妹を受け止めると聡一は 二人を家の中へ招き入れた
聡一の話によれば・・・
聡一が訪ねてきた時 村の呪いばあさん(琴子に帰れと言った人物)と はるみの妹と名乗る女性により はるみのお産は済んでいた
しかし はるみはお産が終わってからも眠り続け・・・・時折目覚めるも 完全に起きることはない
場所が場所だけに聡一は はるみの傍らから離れられず 村には電話もなく 聡一の携帯も
電波をキャッチできなかった
産まれてきた子供は男の子で はるみの妹と名乗る女性が あれこれ世話を焼き傍らから離さないそうだ
はるみと子供を連れて村から脱出したくても・・・一人では動きがとれず
隣の呪い婆さんは有沢を見張っているようでもあった
「そんな・・・・」
「こんな閉鎖的な村がまだ存在したんですね」俺も げんなりした
脱出は案外難しそうだと判った為である
ここまでこの事にのめりこんだのは・・・兄の聡一を心配する琴子が もろ好みのタイプであったため・・・なのは否定できない
しかも轢き逃げにも 胡散臭いものを感じていた
車は盗難車 運転手の指紋も残ってなかった
事故はタイミングよすぎる
今回は妨害は無かったが 安心はできない
この集落のたたずまいは余りに何かこう不気味だ
俺は あの轢き逃げ事故に責任を感じている
だからこうして送ってきた
無事に兄の聡一にも会えたんだから ここで帰ってもいいのだ
仕事としては
だが ここに琴子を置き去りにしては 寝覚めが悪すぎる
ここ霧道谷には何かがある
間違いなく
ここから出るまで 琴子から目を離すまい
ぞっとするような美女が入ってきたのは その時だった
くちなしの花びら色の肌 桃の花の唇 高貴にして しかし何か禍々しい・・・・・
美女は腕に小さな男の子を抱いていた
「香夜美(かやみ)さん 妹の琴子と友人の倉元悟さん」
聡一は俺を探偵と紹介しないほうがいいと思ったらしい こちらを見て 「倉元さん 琴子 こちらは はるみの妹の香夜美さんだ 随分世話になっている」
香夜美は軽く頭を下げながら 腕の中の子供を聡一に渡した
「姉のほうこそ 随分お世話になりました 親戚を訪ねた帰り 行方不明になってしまって・・・ああ姉の本当の名は 輝世野(きよの)と言います」
案外まともな挨拶をする
「ここは男手がないものですから ついつい甘えてしまって」と続ける
俺と琴子の間柄をはかるような視線を投げた
聡一は子供に「ほらお父さんの妹だ 前に話しただろう」
「琴子おばちゃんよ お名前は?」
「本当に猫の目みたいだ ぼくの名前は 陽一です」
「猫の目?」首を傾げる琴子に 聡一が説明する 「大きくてまるで猫の目みたいなんだーって説明しといた」
奥に行った香夜美がお茶を注いで戻ってくる
「遠いから大変でしたでしょう? なかなか皆さんここへは辿り着けないものですのに お義兄様といい 感心します」
何かひやりとするものが その言葉には含まれていた
香夜美は同じ家で暮らしているのではなく もう少し下った海に近い場所に母親と暮らす家があるらしい
はるみはこちらに着いてすぐ産気づいたので 産婆でもある呪いの老婆の隣家を与えられたのだと
「隣の部屋に布団を広げておきます 少しはましになるでしょうから」香夜美が言うと琴子も手伝いに立つ
「いや力仕事は俺が 琴子さんは 積もる話がお兄さんとあるだろう」
香夜美に言われるままに押入れから布団を出し並べる
「倉元さんは優しいのですね」
「琴子さんは病み上がりでね 轢き逃げにあって大怪我したのが やっと動けるようになったばかしなんだ
まあ 運転手代わりにね」
「ここは何故か男の子が生まれなくて・・・陽一ちゃんは随分久しぶりに生まれた男の子なんです」
話してみれば普通だが・・・美人すぎるから・・・妙に思ったのだろうか
その後 香夜美と琴子で食事を作り 隣家の呪いの婆さんの家にも香夜美は琴子と連れて作った食事を運んだ
「年いって変わり者だから 何か勘違いして失礼なことを言ったみたい ごめんなさいね」と香夜美は如才ない
香夜美の母親は 体調よくなくて横になっているそうだ
「陽一ちゃんの成長が嬉しいらしいの 琴子さんにも連絡入れるべきだったのだけど なかなか手が回らなくて 心配されたでしょう?ごめんなさいね
こんな田舎で暮らしているものだから 気が回らなくて」
夕食が終わりしばらくすると香夜美は自分の暮らす家へ帰っていった