条例制定権と国法による制約

2018-04-28 17:03:22 | 地方自治・行政救済法
[日本国憲法]
第94条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
第29条 2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
第84条 あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
[地方自治法]
第2条 2 普通地方公共団体は、地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することとされるものを処理する。
第14条 普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第2条第2項の事務に関し、条例を制定することができる。
2 普通地方公共団体は、義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない。
3 普通地方公共団体は、法令に特別の定めがあるものを除くほか、その条例中に、条例に違反した者に対し、2年以下の懲役若しくは禁錮、100万円以下の罰金、拘留、科料若しくは没収の刑又は5万円以下の過料を科する旨の規定を設けることができる。
地方税法
第2条 地方団体は、この法律の定めるところによつて、地方税を賦課徴収することができる。
第3条(第1項)地方団体は、その地方税の税目、課税客体、課税標準、税率その他賦課徴収について定をするには、当該地方団体の条例によらなければならない。
 
 
[自主条例と委任条例]

・日本国憲法94条(地方自治法14条1項)は、地方公共団体に「自主条例」の制定権を認めている。自主条例の対象には、自治事務(地方自治法2条8項)のみならず、法定受託事務(地方自治法2条9項)も含む。法律と自主条例は水平関係に立つ。□宇賀218、中原34

・自主条例に対し、法律の規定を実施・執行するために法律の委任を受けて制定される「委任条例」がある。「法律>命令」の関係と同様に、法律と委任条例は上下関係となる。□宇賀217、中原35-6

<委任条例の具体例> 公衆浴場法2条3項「前項の設置の場所の配置の基準については、都道府県(保健所を設置する市又は特別区にあつては、市又は特別区。以下同じ。)が条例で、これを定める。」

<委任条例の具体例> 屋外広告物法3条1項「都道府県は、条例で定めるところにより、良好な景観又は風致を維持するために必要があると認めるときは、次に掲げる地域又は場所について、広告物の表示又は掲出物件の設置を禁止することができる。(各号略)」

<自主条例の具体例> 都市計画法58条1項「風致地区内における建築物の建築、宅地の造成、木竹の伐採その他の行為については、政令で定める基準に従い、地方公共団体の条例で、都市の風致を維持するため必要な規制をすることができる。」

 

[国法による自主条例の実体的制約(1):法律による明示的先占]

・自主条例の制定においては、「法律の範囲内(法令に違反しない限り)」という制約がある(日本国憲法94条、地方自治法14条1項)。これを受けて、一部の法律では明示的に先占(専占)を宣言している。□宇賀220

<先占の具体例> 行政代執行法1条「行政上の義務の履行確保に関しては、別に法律で定めるものを除いては、この法律の定めるところによる。」

<先占の具体例> 売春防止法附則4項「地方公共団体の条例の規定で、売春又は売春の相手方となる行為その他売春に関する行為を処罰する旨を定めているものは、第二章の規定の施行と同時に、その効力を失うものとする。」

<先占の具体例> 児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律附則第2条「地方公共団体の条例の規定で、この法律で規制する行為を処罰する旨を定めているものの当該行為に係る部分については、この法律の施行と同時に、その効力を失うものとする。」

<先占の具体例> ストーカー行為等の規制等に関する法律附則(平成28年改正法のもの)3条1項「地方公共団体の条例の規定で、第一条の規定による改正後のストーカー行為等の規制等に関する法律で規制する行為で同法で罰則が定められているものを処罰する旨を定めているものの当該行為に係る部分については、この法律の施行と同時に、その効力を失うものとする。」

 

[国法による自主条例の実体的制約(2):徳島市公安条例事件最高裁判決の準則]

・古典的法律先占論によれば、ある分野の国法が制定されると「国法による黙示的先占」が認められ、当該分野でヨリ強力な条例を制定することができなくなる。ところが、1960年代後半から公害問題が深刻となると、各自治体の先進的な公害防止条例を封じるべきではないというニーズから、古典的法律先占論は動揺した。

・そして1975年、道路交通法と公安条例の関係が問題となった事案において、最高裁は、素朴な法律先占論を否定し、以下のような定式を行った(最大判昭和50・9・10刑集29巻8号489頁[徳島市公安条例事件])。□宇賀220 

[1]基本的視座

・条例が国の法令に違反するかどうか(地方自治法14条1項)は、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨・目的・内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾牴触があるかどうかによってこれを決する。

[2]黙示的先占と解される場合はNG

・ある事項について国の法令中にこれを規律する明文の規定がない場合でも、当該法令全体からみて、右規定の欠如が特に当該事項についていかなる規制をも施すことなく放置すべきものとする趣旨であると解されるとき、これについて規律を設ける条例の規定は国の法令に違反する。

・法令が一定規模未満(一定基準未満)を規制対象外としているとき、規制対象外とされた部分(=裾切り部分)を規制する条例を「裾切り条例」と呼ぶ。例えば、河川法が裾切りしている趣旨が争われた最一判昭和53・12・21民集32巻9号1723頁[高知市普通河川等管理条例事件];「…このように、河川の管理について一般的な定めをした法律として河川法が存在すること、しかも、同法の適用も準用もない普通河川であつても、同法の定めるところと同程度の河川管理を行う必要が生じたときは、いつでも適用河川又は準用河川として指定することにより同法の適用又は準用の対象とする途が開かれていることにかんがみると、河川法は、普通河川については、適用河川又は準用河川に対する管理以上に強力な河川管理は施さない趣旨であると解されるから、 普通地方公共団体が条例をもつて普通河川の管理に関する定めをするについても…河川法が適用河川等について定めるところ以上に強力な河川管理の定めをすることは、同法に違反し、許されないものといわなければならない」。

[3-1]別の目的かつ国法を阻害しないと解される場合はOK

・特定事項についてこれを規律する国の法令と条例とが併存する場合でも、後者が前者とは別の目的に基づく規律を意図するものであり、その適用によつて前者の規定の意図する目的と効果をなんら阻害することがないとき、国の法令と条例との間に矛盾牴触はない。

・例えば、狂犬予防法は「狂犬病の発生を予防し、そのまん延を防止し、及びこれを撲滅することにより、公衆衛生の向上及び公共の福祉の増進を図る」ことを目的として(1条)、県知事の命令で、狂犬病の発生した区域内のすべての犬に口輪をかけること(orけい留すること)を義務付けている。他方、各自治体の飼犬取締条例は、「動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害を防止し、もって人と動物が共生する快適な生活の確保を図る」ことを目的として、飼犬の係留義務を義務付けている(岡崎市の例)。この飼犬取締条例は狂犬予防法と目的を異にし、同法の目的や効果を阻害することはないと解されている。□宇賀222

・なお、条例が法律(廃棄物の処理及び清掃に関する法律)と目的を異にするものの、法律の目的・効果を阻害するので違法とされた例として、福岡地判平成6・3・18行集45巻3号269頁[宗像市環境保全条例事件]。□宇賀222

[3-2]同一目的でもナショナルミニマムと解される場合はOK

・両者が同一の目的に出たものであっても、国の法令が必ずしもその規定によって全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、 別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるとき、やはり国の法令と条例との間に矛盾牴触はない。この発想は法律先占論を克服するものであり、徳島市公安条例事件における事案処理の肝となっている。□阪本507

・道路におけるデモ行進は、道路交通法77条1項4号の「一般交通に著しい影響を及ぼすような通行の形態若しくは方法により道路を使用する行為又は道路に人が集まり一般交通に著しい影響を及ぼすような行為で、公安委員会が、その土地の道路又は交通の状況により、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要と認めて定めたもの」に該当するため、同項柱書の定める所轄警察署長の許可を要する。許可申請を受けた所轄警察所長は、「道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図るため必要な条件」を付した上で許可をしなければならない(同法77条2項、3項)。以上の国法の規制に対し、徳島市の「集団行進及び集団示威運動に関する条例」は、(1)道路等で集団行進を行おうとするとき等は徳島市公安委員会に届け出なければならないとし、 (2)さらに「交通秩序を維持すること」等を罰則をもって強制していた。前掲最大判昭和50・9・10[徳島市公安条例事件]は、「道路交通法77条1項4号は、同号に定める通行の形態又は方法による道路の特別使用使用行為等を警察署長の許可によつて個別的に解除されるべき一般的禁止事項とするかどうかにつき、各公安委員会が当該普通地方公共団体における道路又は交通の状況に応じてその裁量により決定するところにゆだね、これを全国的に一律に定めることを避けているのであつて、このような態度から推すときは、右規定は、その対象となる道路の特別使用行為等につき、各普通地方公共団体が、条例により地方公共の安寧と秩序の維持のための規制を施すにあたり、その一環として、これらの行為に対し、道路交通法による規制とは別個に、交通秩序の維持の見地から一定の規制を施すこと自体を排斥する趣旨まで含むものとは考えられず、各公安委員会は、このような規制を施した条例が存在する場合には、これを勘案して、右の行為に対し道路交通法の前記規定に基づく規制を施すかどうか、また、いかなる内容の規制を施すかを決定することができるものと解する」とした。

・大気汚染防止法は、明文で、県に対し、同法の排出基準より厳しい規制を定める「上乗せ条例」(4条1項)、同法が規制していない項目を規制する「横出し条例」(32条)の制定を認めている。水質汚濁防止法等も同様である。□宇賀222-4

・なお、法令が上乗せ条例を許容する場合であっても、その規制が厳し過ぎれば比例原則違反として無効とされることがある。旅館営業に対して、旅館業法と比べて極めて強度の規制を設ける上乗せ条例が比例原則違反とされた福岡高判昭和58・3・7行集34巻3号394頁[飯盛町モーテル条例事件]。□宇賀222-3、阪本507-8

 

[自主条例と罪刑法定主義の関係:地方自治法による包括的委任]

・現行の地方自治法は、包括的な委任規定によって、自主条例の中に罰則規定(ただし、懲役2年以下・罰金100万円以下)を設けることを許容している。最大判昭和37・5・30刑集16巻5号577頁[大阪市売春取締条例事件]は、この地方自治法の規定を次のロジックで合憲(=憲法31条と抵触しない)とする;□宇賀228-9

[1]憲法による条例への罰則委任の許容;憲法31条はかならずしも刑罰がすべて法律そのもので定められなければならないとするものでなく、法律の授権によつてそれ以下の法令によつて定めることもできると解すべきで、このことは憲法73条6号但書によつても明らかである。

[2-1]地方自治法旧2条3項7号・1号に挙げられた事項(風俗又は清潔を汚す行為の制限その他の保健衛生、風俗のじゆん化に関する事項を処理すること、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること)は相当に具体的な内容のものであるし、同法旧14条5項(現14条3項)による罰則の範囲も限定されている。

[2-2]しかも、条例は、法律以下の法令といつても、公選の議員をもつて組織する地方公共団体の議会の議決を経て制定される自治立法であつて、 行政府の制定する命令等とは性質を異にし、むしろ国民の公選した議員をもつて組織する国会の議決を経て制定される法律に類するものであるから、条例によつて刑を定める場合には、法律の授権が相当な程度に具体的であり、限定されておればたりると解するのが正当である。

[2-3]そうしてみれば、地方自治法旧2条3項7号及び1号のように相当に具体的な内容の事項につき、同法旧14条5項のように限定された刑罰の範囲内において、条例をもつて罰則を定めることができるとしたのは、憲法31条の意味において法律の定める手続によつて刑罰を科するものということができる。

・以上のロジックを採ったとしても、「地方自治法の包括的な委任による条例での罰則設定」と「個別法の委任に基づく委任条例一般」とは性質を異にするというべきか(私見)。

・なお、自治立法実務では、罰則を含む条例を制定しようとする場合、議会への条例案の提出に先立ち、当該地域を所管する地方検察庁と協議する慣例がある。□宇賀228

 

[自主条例と財産権法定主義の関係:法律の委任不要?]

最大昭和38・6・26刑集17巻5号521頁[奈良県ため池条例事件];奈良県は「ため池の破損、決かい等に因る災害を未然に防止するため、ため池の管理に関し必要な事項を定めること」を目的とする条例を制定し、一定規模のため池につき、何人にも提塘へ農作物を植える等の行為を罰則(罰金)をもって禁止した。本件ため池は(実質上は)周辺農家の共有ないし総有であり、本件ため池の周囲の提塘では、約27名(被告人Aらを含む)が父祖の代から引き継いで農作物の裁培を行っていた。本条例の施行により、Aらを除く者は任意に栽培を中止したが、Aらは本件ため池での提塘での栽培を継続したため、本条例違反の罪で訴追された。最高裁は、本条例による財産権の制限は憲法29条2項に違反しないと結論した。すなわち、[1]ため池の提塘を使用する財産上の権利を有する者は、その財産権の行使を殆んど全面的に禁止されることになるが、それは災害を未然に防止するという社会生活上の已むを得ない必要から来ることであつて、何人も、公共の福祉のため、当然これを受忍しなければならない責務を負う。[2]ため池の破損、決かいの原因となるため池の提塘の使用行為は、憲法でも、民法でも適法な財産権の行使として保障されていない。[3]この事項を既に規定している法令は存在していない。[4]地方公共団体の特殊な事情により、国法で一律に定めることが困難または不適当なことがあり、その地方公共団体ごとに条例で定めることが容易且つ適切なことがある。

前掲最大昭和38・6・26[奈良県ため池条例事件]は「憲法でも民法でも保障されていない提塘の使用行為の制限」という特殊な事案であり、その先例性は明らかでない。現在の通説は、条例による財産権規制は当然に可能と解している。□宇賀227、阪本502-3

 

[自主条例と租税法律主義の関係:地方税法による厳格な縛り]

最一判平成25・3・21民集67巻3号438頁[神奈川県臨時特例企業税事件]は、現行の地方税法と条例との関係につき、前掲最大判昭和50・9・10[徳島市公安条例事件]を引用した上で、次のとおり重要な判断をした。□宇賀172-3

[1]自治体は課税権の主体にはなる(が…);普通地方公共団体は、地方自治の本旨に従い、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有するものであり(憲法92条、94条)、その本旨に従ってこれらを行うためにはその財源を自ら調達する権能を有することが必要であることからすると、普通地方公共団体は、地方自治の不可欠の要素として、その区域内における当該普通地方公共団体の役務の提供等を受ける個人又は法人に対して国とは別途に課税権の主体となることが憲法上予定されているものと解される。

[2-1]国法による統制の必要;憲法は、普通地方公共団体の課税権の具体的内容について規定しておらず、普通地方公共団体の組織及び運営に関する事項は法律でこれを定めるものとし(92条)、普通地方公共団体は法律の範囲内で条例を制定することができるものとしていること(94条)、さらに、租税の賦課については国民の税負担全体の程度や国と地方の間ないし普通地方公共団体相互間の財源の配分等の観点からの調整が必要であることに照らせば、普通地方公共団体が課することができる租税の税目、課税客体、課税標準、税率その他の事項については、憲法上、租税法律主義(84条)の原則の下で、法律において地方自治の本旨を踏まえてその準則を定めることが予定されており、これらの事項について法律において準則が定められた場合には、普通地方公共団体の課税権は、これに従ってその範囲内で行使されなければならない。

[2-2]地方税法における強行規定;地方税法が、法人事業税を始めとする法定普通税につき、徴収に要すべき経費が徴収すべき税額に比して多額であると認められるなど特別の事情があるとき以外は、普通地方公共団体が必ず課税しなければならない租税としてこれを定めており(4条2項、5条2項)、税目、課税客体、課税標準及びその算定方法、標準税率と制限税率、非課税物件、更にはこれらの特例についてまで詳細かつ具体的な規定を設けていることからすると、同法の定める法定普通税についての規定は、標準税率に関する規定のようにこれと異なる条例の定めを許容するものと解される別段の定めのあるものを除き、任意規定ではなく強行規定であると解されるから、普通地方公共団体は、地方税に関する条例の制定や改正に当たっては、同法の定める準則に拘束され、これに従わなければならないというべきである。したがって、 法定普通税に関する条例において、地方税法の定める法定普通税についての強行規定の内容を変更することが同法に違反して許されないことはもとより、法定外普通税に関する条例において、同法の定める法定普通税についての強行規定に反する内容の定めを設けることによって当該規定の内容を実質的に変更することも、これと同様に、同法の規定の趣旨、目的に反し、その効果を阻害する内容のものとして許されないと解される。

・憲法学や租税法学の通説は、日本国憲法が「地方税についての租税条例主義」を採用していると解している(これに対して、阪本p505は地方税法創設説)。もっとも、この理解に立ったとしても、前掲最一判平成25・3・21[神奈川県臨時特例企業税事件]が述べるとおり、現行の地方税法は「地方公共団体の課税権の枠組み」を厳格に定めている。□大石327、宇賀168-9、大石大沢384

 

阪本昌成『憲法理論1〔補訂第3版〕』[2000]

大石眞『憲法講義1〔第3版〕』[2014]

大石眞・大沢秀介『判例憲法〔第3版〕』[2016]

宇賀克也『地方自治法概説〔第7版〕』[2017]

中原茂樹『基本行政法〔第3版〕』[2018]

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