[書証の生理プロセス]
・(step1)期日前での「文書の写し」の提出(民訴規則137条1項本文):これは「文書の写しの事前提出(=書証の準備行為)」にすぎず、仮に「文書の原本」を郵送しても書証申出とはならない。特に、次回期日に相手方の欠席が予想される場合は、民訴法161条3項の要件を満たすために事前提出(送達)を完了しておくことが非常に重要(→《原告欠席の実務》)。□講義案127-8、コンメ389
・(step2)期日における「文書の原本」の提出(民訴法219条、民訴規則143条1項参照):この行為が書証の申出となるため、現実に期日に出頭していない者は申出ができない。この例外として、弁論準備手続期日にウェブ会議や電話会議で参加している者は、「原本に代えて写しを取り調べることの申出(→それを受けた即時の証拠採用と裁判所による閲読)」はできる。□講義案127、コンメ387
・(step3)証拠の採否の決定(証拠決定):民裁実務では、書証の申出に限り、あえて「採用する」との明示決定のないまま直ちに証拠調べに入ることが大半である。□講義案154,125、コンメ388,88
・(step4)期日における「文書の原本」の閲読:実務上は「文書の提出→黙示の証拠決定→文書の閲読」が同時にされる(「提出扱い」と称される)。□講義案154,125、コンメ383,388
[書証の申出に対する相手方の反撃:取調べの阻止]→《検察官請求証拠を争う弁護人の証拠意見》
・その1「取り調べる必要性がない(→却下)」:証拠の採否は、裁判所の「取調べの必要性」の裁量判断(手続裁量)に委ねられる(最一判昭和43年4月11日民集22巻4号862頁)。この理を、法文は「裁判所は、当事者が申し出た証拠で必要でないと認めるものは、取り調べることを要しない。」との表現で規定する(民訴法181条1項)。したがって、相手方としては、「立証しようとしている事実に争いがない」「他の証拠によって証明は足りる」「立証しようとしている事実が明示されておらず(民訴法180条1項)、又は立証しようとしている事実と証拠との関連性が明示されていないので(民訴規則99条1項)、必要性が判断できない」「書証申出が真摯でない」などの意見を述べて書証申出の却下を求めることが考えられる。もっとも、当事者所有の文書は取調べが容易なので、裁判所が文書の取調べの必要性を否定するケースは想定しがたいか(たぶん)。それでも却下すべき例は、「争点との関係で意味は薄いにもかかわらず、関係者の人格・名誉等に与えるダメージが大きすぎる内容」場合や(たぶん)、後述の文書提出命令申立てや文書送付嘱託申立ての場合か。□コンメ83,87-8、シンポ55[レジュメ]、条解1048
・その2「違法収集証拠である(→却下)」:リーディングケースである東京高判昭和52年7月15日判タ362号241頁は「その証拠が、著しく反社会的な手段を用いて、人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法によって採集されたものであるときは、それ自体違法の評価を受け、その証拠能力を否定されてもやむを得ないものというべきである」との基準を定立した。一般的には信義則(民訴法2条)が証拠能力否定の根拠となる。その下位基準については「実務的には利益衡量説が相当」との指摘がある。□コンメ24-6、山本和144、加藤新8
・その3「時機に後れている(→却下)」:民訴法157条1項(※)が規定する却下要件は「時機後れ+故意重過失+訴訟完結の遅延」である。例えば、人証の直前(民訴規則102条)で唐突に書証申出があった場合が該当しよう。第一審で提出が期待できた場合は、控訴審での提出は時機後れになりうる。相手方は、時機後れが故意又は重過失による旨を立証する責任を負うので、「提出者が後れた理由を説明できていない」「提出者には訴訟代理人が就いている(=十分な法律的知識があった)」などの指摘が考えられよう。同項による却下に対して独立の不服申立てはできない。□コンメ81-2,108-9、条解941-4
※人事訴訟では「時機後れ却下」の規律が及ばない(人事訴訟法19条1項による適用除外)。
[書証の申出に対する相手方の反撃:真正の争い]
・その4「原本の代用として写しを提出することへの異議」:民裁実務では、原則に反して「原本の代わりにその写しを取り調べる=それによって原本を取り調べこととする」との処理が(安易に)認められている。そこで、相手方は、これに異議を述べて、文書の原本の存在や成立の真正を争うことができる。□講義案146-9 →《民事訴訟と刑事訴訟における「文書の写し」》
・その5「●●という具体的理由により成立の真正を否認する」:民裁実務では、特に相手方が文書の成立を否認しない限り、真正立証は問題とならない。裏を返せば、相手方が成立を否認すれば(※)、挙証者は当該文書の真正を立証しなければならない(民訴法228条1項)。もっとも、相手方が成立を否認するには具体的理由を明示しなければならず(民訴規則145条)、単純否認だけでは足りないだろう(たぶん)。□コンメ534-5,542
※原本を確認しなければ認否ができない場合もあるから、取調べ後に否認することも可能だろう(たぶん)。□瀬木411-2
[書証の申出に対する相手方の反撃:取調べ後の争い]
・その6「証拠調べ後に申出の撤回を求める」:証拠一般とは異なり、書証については、証拠調べがなされた後であっても「挙証者の撤回+相手方の同意」があれば申出の撤回が認められている。もっとも、挙証者があえて撤回すべき動機を持つのかは疑問(私見)。□コンメ385、講義案154
・その7「原審の証拠決定を上訴理由とする」:証拠決定は「終局判決前の裁判=中間的裁判(民訴法283条本文参照)」の一つであるが、通常抗告の対象となる「口頭弁論を経ないで訴訟手続に関する申立てを却下した決定又は命令」(民訴法328条1項)に該当しないし、即時抗告を認める個別規定も存在しない(その例外が後述の文書提出命令の採否に対する即時抗告)。したがって、証拠決定に不服があっても独立して抗告する余地はなく、上訴理由とするほかない。もっとも、書証でこの点がクローズアップされる事例は稀か(たぶん)。原審で書証申出が却下された者は、控訴審で改めて申出をすることになる。□条解1666,1668,1050、コンメ89
[特殊な書証申出(準備行為):文書送付嘱託の申立て]
・後述の文提手続が「重たい」ため、民裁実務では文書送付嘱託の申立て(民訴法226条本文)が多用されている(たぶん)。この採否の基準も「必要性」であるが(民訴法181条1項)、文書提出命令と比べてその判断は緩いとの指摘がある。□コンメ524、シンポ27[講演]
・裁判所からの嘱託を受けた所持者は、原本(or正本or認証謄本)を送付する建前である(民訴規則143条1項)。もっとも、民裁実務では「写し」の送付も認められている(むしろ「写し」が大半?)。□コンメ525
・条文上は書証の申出の一つとされるものの(民訴法226条ただし書)、民裁実務では、送付された文書は(期日で提示されたとしても)当然には証拠とはならず、当事者が送付嘱託分を謄写した上で改めて書証の申出を行っている(「書証申出の準備行為」と位置付けられている)。□コンメ522-3
・文書送付嘱託決定や却下決定のいずれに対しても、当事者は独立して抗告することはできない。□コンメ524
[特殊な書証申出:文書提出命令の申立て]
・挙証者の手元に当該文書がない場合は、「所持者へ当該文書の提出を命ずる発令」を求める内容の文書提出命令申立書の提出をもって、書証申出を行う(民訴法219条、民訴規則140条1項)。この申立ては民事雑事件として立件される(地裁ではモ号事件)。□講義案163-5
・文書提出義務の原因は民訴法220条各号(+221条2項)が列挙する。
[1]次の全ての除外事由に該当しない文書であり(民訴法220条4号)、かつ、文提以外に入手方法がないこと(民訴法221条2項)。裁判実務ではまず4号該当性が判断され(4号が主戦場)、この際に1号から3号までの非該当性までは要求されていない。除外事由に該当しないことの立証は申立人が負う。□コンメ411,416,461、山本和164
(イ)所持者らの自己負罪拒否特権に反せず、かつ、所持者らの名誉が毀損されないこと(民訴法196条各号)。□コンメ417-8
(ロ)公務秘密文書に該当しないこと。□コンメ418-25
(ハ前)プロフェッション秘密文書に該当しないこと(民訴法197条1項2号3号)。□コンメ425-8
(ハ後)技術職業秘密文書に該当しないこと。□コンメ428-33
(ニ)所持者の自己利用文書に該当しないこと。ここでいう自己利用文書は、最二決平成11年11月12日民集53巻8号1787頁によって「内部利用目的(外部非開示性)+開示により所持者に看過しがたい不利益+それでも開示すべき特段の事情の不存在」という3要件に書き換えられている。つまり、文書提出を求める申立人は「内部利用目的文書でない、かつ、不利益なし」を立証するか(両者はほぼ同意義?)、これに代えて「開示すべき特段の事情あり」を立証することになろう(たぶん)。□コンメ433-49、LIBRA13-5、条解1214
(ホ)刑事少年事件関係文書に該当しないこと。□コンメ449-55
[2]当事者が主張立証で引用した引用文書(民訴法220条1号)。「当事者」には補助参加人も含むと解される。4号と独立に論ずる意義があると説かれる。□コンメ399-400,414-5
[3]挙証者の引渡請求可能文書、閲覧請求可能文書(民訴法220条2号)。債権証書(民法487条)、株主名簿(会社法125条2項)など。4号と独立に論ずる意義があると説かれる。□コンメ401-3,414-5
[4]挙証者のための利益文書(民訴法220条3号前段)。肯定例として、挙証者が受遺者となる遺言書、挙証者のためにする契約書、挙証者を弁済者とする領収書など。否定例として、挙証者が労働者である賃金台帳、挙証者が患者となるカルテ(反対説あり)など。もっとも、4号イロハの除外文書に該当すれば提出義務が否定されるので、自己利用文書(4号二)と刑事関係文書(4号ホ)を除いて独立の意義は乏しいと説かれる。□コンメ403-6,414
[5]挙証者と所持者の間の法律関係文書(民訴法220条3号後段)。契約書、家賃通帳、契約締結時に授受された印鑑証明書など。刑事関係文書は一般提出義務が否定されるので(4号ホ)、3号後段該当性で勝負される。他方で、4号イロハニの除外文書に該当すれば提出義務が否定されるので、刑事関係文書(4号ホ)を除いて独立の意義は乏しいと説かれる。□コンメ406-10,414、山本和154
・申立書の記載事項は221条、審理手続は223条、効果は224条(+225条)を参照。□講義案163-5
・文書提出命令の申立てに対し、相手方には書面で意見を述べる機会が付与される(民訴規則140条2項)。具体的な争い方は、「申立人が主張する提出義務の不存在」「時機後れ」「必要性の欠如」のいずれかか(たぶん)。文書提出義務の拡大に伴って採否の主戦場は必要性判断に移っており、「必要性なし」を理由として却下される例が多いとの指摘がある(必要性を否定する際、申立ての時機の遅さや今後の尋問予定も考慮されうる)。□コンメ480-1、シンポ22-3[講演],68[レジュメ],72[レジュメ],73-4[レジュメ]
・所持者が第三者であるときはその者の審尋が必須となるが(民訴法223条2項、87条2項参照)、通常は書面尋問によっている(たぶん)。申立てを却下する場合は審尋は不要である。□コンメ480-1
・採否の決定については、即時抗告ができる(民訴法223条7項)。ただし、次の制約に注意:(1)弁論終結後には即時抗告はできない(最一決平成13年4月26日集民202号229頁)。(2)時機に後れた攻撃防御方法として却下された場合や、証拠調べの必要性がないとして却下された場合(最一決平成12年3月10日民集54巻3号1073頁)には即時抗告はできない。□コンメ506-8、シンポ72-3[レジュメ]
裁判所職員総合研修所監修『民事実務講義案1〔四訂版〕』[2008]
「特集 民事訴訟における証拠収集手続」LIBRA2008年10月号2頁
松浦馨・新堂幸司・竹下守夫・高橋宏志・加藤新太郎・上原敏夫・高田裕成『条解民事訴訟法〔第2版〕』[2011]
加藤新太郎「民事訴訟における事実認定の違法」名古屋大学法政論集254巻1頁[2014]
日本弁護士連合会「シンポジウム報告書 民事裁判における情報・証拠収集方法の確立に向けて」[2018]
秋山幹男・伊藤眞・垣内秀介・加藤新太郎・高田裕成・福田剛久・山本和彦『コンメンタール民事訴訟法4〔第2版〕』[2019]
山本和彦『最新重要判例250〔民事訴訟法〕』[2022]
瀬木比呂志『民事訴訟法〔第2版〕』[2022]