道路交通法95条1項;免許を受けた者は、自動車等を運転するときは、当該自動車等に係る免許証を携帯していなければならない。
同法2項;免許を受けた者は、自動車等を運転している場合において、警察官から第六十七条第一項又は第二項の規定による免許証の提示を求められたときは、これを提示しなければならない。
(罰則 1項については121条1項10号〔2万円以下の罰金科料〕、同条2項〔過失犯でも2万円以下の罰金科料〕 2項については120条1項9号〔5万円以下の罰金〕)
[前提:運転免許証の意義]
・警察許可としての運転免許:自動車や原付を運転しようとする者は公安委員会の運転免許を受ける必要があり(道路交通法84条1項)、反対に、公安委員会は運転免許試験に合格した者には原則として運転免許を与えなければならない(道路交通法90条1項本文;同項ただし書が拒否事由と保留事由を、2項が拒否事由を定める)。これは、法令による不作為義務(道路交通法64条;無免許運転等の禁止)を解除するという講学上の「許可」と呼ばれる(特に公共の安全等を目的とする「警察許可」)。
・効力発生要件としての免許証交付:この運転免許は運転免許証を交付して行なう(道路交通法92条1項)。このように、免許証が交付されない限り運転免許を受けたことにはならないので、単に運転免許試験に合格しただけでは足りない(同内容の規定ぶりであった旧道路交通取締法9条2項の解釈として最三決昭和33・10・21刑集12巻14号3361頁)。他方で、いったんは有効に免許証の交付を受ければ、その忘失等があっても運転免許の失効とはならない(再交付申請を認める道路交通法94条2項参照)。なお、民事法に習えばこれを「要式行為」と呼称したくなるが、塩野宏『行政法1第4版』[2005]や芝池義一『行政法総論講義第4版」[2001]には見当たらない。
[運転免許証の不携帯罪]
・運転免許証の交付が「運転免許」の効力発生要件だとしても、それを常に携帯すべきとまでは言えないはず(運転の安全性自体とは無関係)。ところが、道路交通法は、運転免許を受けた者に運転時の免許証携帯義務(道路交通法95条1項)と提示義務(同条2項)を要求し、違反には刑罰を科す。この規定ぶりにつき、執務資料p989は「…免許証の交付を受けてさえいれば携帯しないで運転してもなんら危険はないのであるが、特に運転者に常時これを携帯させることにより、その者の自己の運転資格を証明すべき義務を負わせ、さらにこれを罰則で担保することによって運転免許制度の実効を確保しようとしているのである。」と説く。
・それでは、免許証を紛失した場合はどうか。例えば、愛知県公安委員会の取り扱いでは、運転免許試験場等では即日に運転免許証の再交付を受けることができるものの、警察署で再交付申請をすると後日交付(某警察署では3週間程度!)とされる。後者の場合、「紛失〜再交付申請〜後日交付」までの間、免許証の携帯をしたくとも免許証自体が存在しない。ところが、執務資料p989や小川pp428-9では、この場合でも不携帯罪は免れないと説く。
[不携帯罪への疑義]
・上述の執務資料p989の理解からは、不携帯罪の保護法益は「交通警察の便宜」となろうか。しかし、これが刑罰をもって臨むだけの正当な法益と言えるのか不明(中森喜彦教授はその講義中で疑問だと述べていた)。技術的に「直ちに運転者の身分を確認する方法」が可能となれば、刑罰をもって免許証の携帯を義務付けるのは過剰となろう。
・不携帯罪を正当化しようとすれば、行政犯の独自性が強調されるのか。例えば、福田平『行政刑法新版』[1978]p37は「…基本的生活秩序に違反する行為が刑事犯であり、派生的生活秩序に違反する行為が行政犯であると解することができよう」と説く。しかし、行政刑法という独自領域を想定する実益が(いまだに)よくわからない。
・仮に一般論としては不携帯罪を認めるのだとしても、免許証を紛失して携帯することが不可能な者にも不携帯罪を科すことは正当なのか。参考裁判例として大阪高判昭和29・11・30高刑集7巻12号1739頁は、外国人登録法が定める不携帯罪を「登録証明書の交付を受け、これを携帯し得べき立場にある外国人は、常時この登録証明書を携帯しなければならないという趣旨であつて、たとえ登録証明書の交付を受け、これを受有する考であつても、他へこれを譲渡し、もはや事実上その携帯の不可能な立場にある者に対してまで、その携帯を命じている趣旨ではない。けだし、法律は不能を強いるものではないから、かかる者には、登録証明書の紛失、盗難、滅失等のあつた場合と同様、同法第七条による登録証明書の再交付申請義務はあつても、証明書の携帯義務はないものと解せられるからである」と解釈し、登録証明書を他人に譲渡した被告人には不携帯罪は成立しない(譲渡罪は肯定)とした。もっとも、「運転免許不携帯を回避するには自動車運転をやめればよいだけだから、決して法は不可能を要求していない」との反論はありうる。
・なお、かつて免許証不携帯罪は「明文なき過失犯処罰」の代表例の一つと挙げられていた。現在では、明文化(121条2項)されて立法的に解決されている。
小川賢一『新実務道路交通法』[2008]
道路交通法執務研究会編著『執務資料道路交通法解説16訂版』[2014]