パンダとそらまめ

ヴァイオリン弾きのパンダと環境系法律屋さんのそらまめによる不思議なコラボブログです。
(「初めに」をご一読ください)

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政局

2007-09-16 23:49:55 | Weblog
 しかし水曜日は驚いた。午前中出廷した件は、裁判長の異動があって新裁判長の下で初めての弁論だったのですが、辣腕というような訴訟指揮ぶりを発揮してあっという間に争点整理して結審の日取りまでほのめかす程で、こんなの初めて見たというか、かなり驚いた。でも双方こだわりのポイントはきちんと押さえているし、やっぱり人によって大分やり方が違うなぁと改めて。

 が、そんな驚きの余韻に浸ってるうちに午後イチぐらいで流れた総理辞意表明のニュースで午前中の驚きは吹き飛んでしまった。なんでこのタイミング?と皆が首をかしげたはずですが、真相は何年経っても分からないでしょう、きっと。ご病気については無事を祈るばかりですが、脱税疑惑を週刊現代が追っていたという報道が流れていたので、買って読んでみました。感想は大したことなし、というか、安倍晋太郎氏が政治団体に小口の?政治献金(非課税)を繰り返し、安倍晋三氏がその政治団体を引き継いでいて、相続税の脱税に当たるのではないか?ってなストーリーだったのですが、時効になっている点を差し置いて、さらに仮にこれが全て事実であったとしても、献金が偽装で実質は相続だと立証するのはかなり大変なのではないかという印象を受けましたがさてはて。主税局幹部が「これは脱税」と言ったと書かれてましたが、なんか本当にきちんと事実を提示された上で応答したのか、はたまたその「幹部」が有権解釈者であるのかも胡散臭い。もっとも違法性の有無や立件できるかどうかと政治的な是非は当然別であって、相続税が払えなくて不動産を手放すとかいった話とは無縁な政治家の2世・3世達はいいものですなぁという話にしかならないでしょうね。
 
 ついでに言うと、13日に永田町界隈に行く機会があったのですが、もう人の出入りも激しいし、「○○は出る」「△△には敵が多いから出るなと言った」とかいう話が聞くつもりがなくても聞こえてきてもう政局真っ盛りといった感じでした。夜にはもう流れ(福田さん)ができちゃったみたいで、皆が勝ち馬に乗ろうとする傾向がより鮮明になってるというか、小選挙区対応もあって派閥の瓦解というのがやっぱり進んでるんだなぁと思っちゃいました。が、マスコミの論調として「派閥の復活」的な話が多いという印象で(除く田原総一郎)、もし本当に派閥政治が復活してるなら、竹下派時代から派の次代のプリンスだった額賀氏は、第2の派の代表として出馬し、森派以来の同派の支配に反発するその他の派の協力を仰いで結構いい勝負をしてるハズなんですけど、結局は出馬さえできていないわけで、一体何を見れば派閥の復活になるのかネタにしか見えません。
 
 どちらにせよ、早く組閣を終えて体制を整えてやるべきことを粛々と進めてほしいですね。自民党の総裁選の政局が終わったら、今度は民主党との対決が抜き差しならなくなってまた政局、ということが起こるなら本当にウンザリというか、そういうのが好きな人達だけが集まって国民生活と関係ないところで勝手にやってくれという気さえします。立法府の良識に期待したいところです 
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『日米コーポレートガバナンスの歴史的展開』

2007-06-23 23:53:07 | Weblog
 ちょっと前にインテル優勝記念にサッカー雑誌でも買っておくかと思って5番街の紀伊国屋に行ったらなくて(>_<)、とぼとぼ店内を歩いているときに面白そうと見つけて買った本。比較法にはまっていたっていうのもあるし、さらっと立ち読みしたらステレオタイプと違うものを示してそうだったので。
   
んで短いのでサクッと読んだのですが、そうなのあぁというか、コレを批判的に読み解く能力は私には正直言ってないです。が、著者が言うようにいわゆる日本的経営の頃のコーポレートガバナンスの異質性を強調するだけじゃダメってのはやっぱりそうなのかなぁと思う。戦前(というより戦間期)は直接金融が盛んでむしろ市場中心型のコーポレートガバナンスだった、戦時期を通じてメーンバンク体制になったが(この辺の過程は詳細な研究が必要とも)、持ち合い比率は必ずしも高くなく、メーンバンクへの依存度も業種によって差があり一概には言えない、最近の動向は市場中心型コーポーレートガバナンスの復活だが、IT技術の革新を背景に世界的に収斂していく方向、もっとも必ずしも業績とは結びついていないようである云々。

 このネタに関心を持つなら本なんか読まずにみんなと飲み会をやった方が手っ取り早い気もしますが、まぁそれはともかく、何で気になったかというと学期末にpaperで規制緩和というか事業再編というか自由化というかいろんな言葉で表現されてますが電気事業ネタの在り様をアメリカのと日本のとさらさらと眺めていたから。いや、paper自体はオリジナリティもへったくれもない手抜きだったのですが、必然的にううーんというネタをゴロゴロ目にしてしまったわけです。
 いや断片的にしか見てなかったんですが電力会社の河川法の記録改竄・虚偽報告だったり原子炉等安全法のこれまた記録改竄・虚偽報告がいろいろで、その国交省の発表資料で掲載されてある塩原ダムの事例が本当ならちょっと言葉もでませんというか。「法に違反する=悪」的な法実証主義的立場は取りませんが、02年に原子炉の報告義務の改竄で散々ロビーして維持基準を作らせた上でこれなんですかというか、結局違うじゃんかというか、中国電力の社長が辞任する事態にまで発展してしまったのもやむを得ないのかもしれません。
 マスコミ的には、経営陣が交代すれば、スキャンダルで大臣を辞任させてスッキリする野党国対と同様、自慰行為が終わったがごとくスッキリしてあとは知らんぷりなのかもしれませんが、一歩引いてなんでそうなるのかとやっぱり気になるわけです。仮説としてはずっと破ってましたというのと、もう一つは規制緩和/自由化/事業再編(面倒くさくなったので規制緩和等)が90年代前半からアジェンダに登場して重電メーカーからバカ殿様呼ばわりされてたような経営姿勢が一変してっていう流れで安全面が何となく軽視されるようになったというような、尼崎事故の時にJR西日本が批判されたのと同じような文脈での勘ぐりと両方あると思うのです。あれ、今考えるとアメリカでのエンロンもワールドコムもかつては規制業種でしたね。
 どっちなのかそれ自体に興味はあるのですが、大きな文脈で言うと、規制緩和等(金融分野における規制緩和等の間接的な影響含めて)というのは役所によるガヴァナンスから市場によるガヴァナンス*に舵を切るところにポイントがあって(*面倒くさいのでコーポレートガヴァナスと内部統制のメタ概念的に使ってます)、そもそも経営者が合理的なら長期的な損得を判断してきちんとコンプライアンスに励むはずですが、実際はとりわけ情報の非対称性が深刻でどうも後者のそれが必ずしも十分じゃなかったという反省があって、過去2,3年で会社法&金融商品取引法もできたので今から頑張ってくださいねーという状態にあるってことなんですかね。後知恵で考えると規制緩和等と情報の非対称性対策を同時にやっときゃ良かったですねということですが、役所によるガヴァナンスの副作用がとんでもなくてそれを除去するベネフィットに目が向いていたからまぁ仕方ないかと。
 んで、会社法&金融商品取引法ができたから直ちに情報の非対称性が(少なくとも市場によるガヴァナンスが機能する程度に)解消すると言われると悪い冗談でしょうと突っ込みたくなるわけで、さっきも言いましたがこれからの頑張り次第ってことですよね。ただ気合で頑張るというのは長続きしないのであって、理屈で言うとそうするベネフィットが増えるか、そうしないコスト(含むリスク)が増えるかのいずれかでしかないはずです。実際問題、情報公開度・透明度が高いと株価が上がって給料も上がって叙勲までされちゃうかもなんて退職間近の経営者が考えてるとは思えないし、社外取締役含めて素人さんには分かりっこないと確信できるならばバレるリスク率を低く見積もるでしょうね。
 じゃぁどうしましょうってのがガヴァナンスやコンプライアンスのサブスタンスだと思うのですが、なーんかMagic Formulaはありませんっていうよくある結論にしかなりっこないように思えますね。途上国のDevelopmentネタで結局全てのメタ概念的なガヴァナンス*に行き着いてMagic Formulaがありませんねとなった状態に似てますけど。(*単に汚職防止とかに止まらないもっと広義のメタ概念的に使ってるのですが、むしろ「適応能力」とかと言ったほうがいいかも) Developmentネタのアナロジーでいくと、でも例えばrule of lawは万能薬じゃないけど大抵役に立ちますよーっていう発想があったのと同様、「大抵役に立つ」っていう処方箋はあるんでしょうし、いろいろ売り込まれてるのもこの手のものでしょうけど、例えば監査法人が言ったとおりのペーパーワークをしたら大丈夫かというときっとそんなことはないでしょうね、一社一社状況は違うんですから。

 ついでですが、企業不祥事がある度にマスコミのバッシングの方向が役所のガヴァナンスが弱いという方向に向かっているように見えるんですがそれは違うんじゃないんでしょうか。エンロンが発覚したのもWSJのスクープが元々だったように思いますが、ジャーナリズムの役目は情報を必要なところに行き渡らせることであって、それは市場によるガヴァナンスを機能させることに向けられるべきなんじゃないんでしょうかねぇ、規制緩和等後の時代にあっては。あるある後の放送法改正が役所ガヴァナンス強化になってしまいましたが、ちょっと方向性が違うという気がする(いや時間がなくて何もなしでは政治的にもたなくて前例豊富なスキームをコピペしましったってところなんでしょうけど)。
 
 コーポレートガバナンスに戻りますが、勿論環境ネタとも無縁ではなくて、例えばSECの情報公開規制のMD&Aの部分でのMaterial Impactを与えるKnown Uncertaintiesに環境ネタとりわけ温暖化が含まれるんでしょうかとかホットイシューで、株主行動主義とも相まってそれなりのインパクトがあるかもしれません。(もっとも株主行動主義は実際限定された影響しかないと聞いたこともあるが???) 特にMass v. EPA後は全くの知らん振りはできないのではないか的な議論も聞こえてくるので(例えばコレ)、ウォッチ続けられればいいなぁ。
 なんか本の感想というよりまとまりのない呟きになっちゃいましたけど
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「年金問題を争点にした参議院選挙」にダブルでシラける理由

2007-06-22 14:27:43 | Weblog
 海外にいるせいかもしれませんが、盛り上がれば盛り上がるほどシラけざるを得ないんですよねー、「年金問題を争点にした参議院選挙」には。今日もこんなニュースがあって、
   社保庁、手書きの年金台帳83万件を違法に廃棄(朝日)キャッシュ
 社会保険庁が1959年から82年ごろにかけ、厚生年金の記録の原簿にあたる手書きの「被保険者台帳」83万件を、マイクロフィルム化や磁気テープ化せず、違法に廃棄していたことが22日分かった。現時点で90歳以上の人の記録とみられ、社保庁は「いずれも本人が受給年齢に達し、年金額の確定後に捨てた」としているが、内訳の分からないものも12万件含まれ、追加調査を行う。
 社民党の福島党首の問い合わせに答えた。
   厚生年金「旧台帳廃棄は違法」社保庁認める(読売)(キャッシュ)
 失われた計83万件の記録について、同庁は「永年保存すべき文書で、廃棄などは厚生年金保険法違反に当たる」と認めた。(略)
 同庁は、なくなった83万件の記録は、マイクロフィルム化して保存されている「被保険者名簿」という別の資料にも同じ内容が保存されているため、申し出があればさかのぼって調査することが可能としている。
 
 パッと見て本当に「違法」なのか、どうもピンと来ない。どうも厚生年金保険法の28条のことを言っているのかもしれないが、
 第二十八条  社会保険庁長官は、被保険者に関する原簿を備え、これに被保険者の氏名、資格の取得及び喪失の年月日、標準報酬(標準報酬月額及び標準賞与額をいう。以下同じ。)その他厚生労働省令で定める事項を記録しなければならない。
全般的な記録義務を述べただけの条文でなぜに原本を永久保存すべきという具体的な解釈をして違法ですと社保庁自身が認めたと新聞に書かれているのか(長谷部教授風(というよりドウォーキン)に言うと「原理」(principle)を「準則」(rule)的に解釈することのおかしさ)、加えて「原簿」が定義されているわけでもないのに「原簿」=「被保険者台帳」と固定的に解釈しなければならないのはなぜなのか、さっぱり訳がわからない(もっと別の条文があるのかな(・ ・?))。この程度なら「違法ではない」という結論でもある程度理論武装してキチンと説明すればいいだけなのに社保庁は一体どういう脇の甘さなんだというか、マゾなんですかとでも言いたくなるが、それで片付けていいんだろうか。12万件が本当にどこにも記録がないならそれは問題だけど。社民党の福島党首にそう説明したってことらしいけど、こういう時期にいずれの党であれポイントを稼がせる政治センスも理解できないわけで、今回の一連の騒ぎが解体間近の社保庁の自爆テロなんて声も聞こえてくるけど(にしても言葉遣いが悪すぎる)、確かに社保庁改革法はさっさと通した方がいいと思う。

 本件含めた膨大な処理ミスはさっさと直すしかないのであって、どうやったらさっさと直せるのかの提案競争こそが知りたいわけですが、どうも妙案を競い合っているようでもなさそうで、結局このネタは○○党が悪いと言い合ってるだけか、オレが一番社保庁を懲らしめてるんだという義賊ごっこ競争にしか見えない。さっさと直すこと自体は対立してないんだから論理的には争点になりっこないし、社会保険庁けしからん、全部チェックしろというだけで解決するなんてファンタジーは誰も信じないでしょう。

 それでも騒がれるのは、やっぱり団塊だからですかってこと。3年前もそうですが、年金ネタが前々から問題点満載であったにも関わらずトップアジェンダになったのは単純に団塊の世代がそういう時期に達したからではないかとどうしても醒めた目で見てしまうしまう。消えた年金云々なら僅か5年前に年金資金運用基金の市場運用が累積損失6兆円を超えていた方がよっぽど問題だったんじゃないのか(市場環境好転で今は累損一掃して黒字のハズ、皆これを予見してたってこと(・ ・?))。有権者数が大体1億3百万人ほど、3年間ほどの団塊世代が700万人弱で、その周囲を含めて圧倒的なボリューム感だからっていうか。単純多数決の限界の一つというか、世代ごとの声の大きさが違いすぎて、なんでしょうね、”As always, 団塊 prevails”(V for VendettaのGood guys win, bad guys lose, and, as always, England prevails風)とでも皮肉りたくなる。しかも地域的な一票の格差でさらにこの差は増幅されますからね・・・団塊ジュニアの投票パワーが流行創出パワー(バブル期終盤意向のトレンディドラマとか90年代のJ-POPsとか2、3年?前からのLeonやNikita)に比して大きくないのはこのせいか(・ ・?) 団塊世代よりもう少し上の世代がお世話になってる医療制度とか介護とかもいろんな矛盾満載ですが、4、5年後ぐらいにはこっちがトップアジェンダになってるんでしょうか。。。

 ダブルでシラけるっていうのは、これが参議院選挙だってこと。首班指名権で劣位の一院のしかも半分を改選するに過ぎないという元々の位置づけが中途半端極まりない選挙なわけですが(これはデザイン・デフェクトじゃないか)、大して重要じゃないとは誰も言わない。例外は小泉前総理ぐらいか(「参院選に負けたって、どうってことない」(6/13)・・・さすがですね)。21世紀臨調は制度論からは政権選択選挙じゃないけど安倍政権後初めてだから政権審判選挙ですと制度論に土地勘のない人には訳の分からないことを言ってるし。国政選挙のうち、総理を選ぶ選挙とそうじゃない選挙があるというのを分かった上で参議院選挙に投票しないと「選挙じゃ何も変わらない」(外山恒一風)というおかしな幻滅感につながるのではないかと逆に心配になる。まぁ衆議院選挙が「総理を選ぶ選挙」と言ってもおかしくなくなったのは政治改革後でそんなに時間が経ってないからしょうがないかという気もするけど。アメリカにいて去年の中間選挙を見てると上下院同時の選挙(上院の1/3と下院全部)だからとっても分かりやすかった。例えば衆議院選挙は3年おきにして毎回同日選にすればいいのに。

 参議院選挙だぁと盛り上がってる人たちは89年のリクルート・消費税ショックの幻影を追いかけてるんでしょうかねぇ、時代背景も何もすっ飛ばして。年金に限らずもうちょっと腰をすえた議論を見たいのですが、このままだと結局のところ盛り上がっていたのはマスコミの政治部だけでしたったてことになってしまうんじゃないかと懸念します。
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FERC Order No. 890

2007-05-24 23:53:22 | Weblog
 先週書いてたpaperで規制緩和というか事業再編というか自由化というかいろんな言葉で表現されてますが電気事業ネタの在り様をアメリカのと日本のとさらさらと眺めていたのですが、いや、paper自体はオリジナリティもへったくれもない手抜きだと言ったとおりですが、調べているうちに最新のFERC(連邦エネルギー規制委員会)のorderが目に入って、これをスルーするのは手抜きの域を超えると思ってさらさらと読んでみたら面白かった。2月に発表されて、こっちの官報(Federal Register)で公布されたのが3月、めでたく5月14日に施行されたばかりのできたてホヤホヤ。
 まずビックリしたのがその量。1255ページもあるって信じられます 結論パートと論点紹介・パブコメ意見・レスポンスパートあるからなのですが、それにしてもスゴイ量。発表日の委員長のStatementが"Let me begin by congratulating the OATT Reform Team on their superb work throughout this rulemaking."とまず職員の献身を称えているのも分かるというもの。
 
 んで中身ですが、電力自由化の流れで96年に出たOrder 888 & 889の流れをさらに推し進める中身で、一言で言うと送電事業者にさらに公正・透明な事業を求めるものです。なんで送電網の話なのかというと、それが引き続き規模の経済が働き&公益的な性格を有し自由化に際してその公正な利用が求められるという事情はありますが、そもそもFERCはInterstate Transmission(州際送電)にしか権限がないっていう事情もある。大昔にRGGIの関連で連邦政府のCommerce Power(国際・州際通商規制権限)にちらと触れたことがありますが、ここでも同じで、結論的に言うと、電力事業の規制権限は、州際送電は連邦、発電・州内送電・配電は州です。州によって独占のままだったり事業再編・自由化が進んでたりするのはこのため。ついでですがテキサスの送電網は州内で完結しているのでFERCの管轄が及びません。
 メジャーな内容は送電事業者に対する義務として以下を定めてます。かなりマニアックですが、
○送電可能量の計算方法の標準化・透明化
○送電網敷設計画における顧客との調整義務
○Conditional Firm Service提供義務ー年間ある時間だけ送電できない場合、ある時間送電できないという条件付で安定的に送電するConditional Firm Serviceを提供しなきゃいけない。特定の時間送電キャパを越えそうだから一切送電しないというのはダメよと。
○インバランス賦課料の計算方法の明確化。インバランス度に応じて3段階化すると。興味深いのは、風力発電のような断続的な発電に対しては、どんなにバラつこうが3段階目にまではいかないってこと。調整義務やConditional Firm Service提供義務やらとあわせて、Renewable特に風力発電に対する環境を整えたと力説しています。

 なにが面白いって日本での風力発電普及のボトルネックはまさしくこの送電の安定性で、送電網の運用が地域会社ごとの串団子って事情もあって、全体のパイが大きい東電、関電、中部電力以外では系統連系は一定の制限があるみたい。エネ庁が委員会まで作って検討してる(た)みたいで、実際解列はconditional firm serviceの発想と似てるし、発電事業者との協議の必要性とか、粗方網羅されてる訳でその意味では日本の議論が先を行ってた訳ですが、ウンチク並べておいて大体の論点で最後はことごとく「期待される」といって電力会社任せなので(まぁいつもどおりですけど)それで本当に公明正大にできるんでしょうかというのはやや疑問だし、規則制定を終えたアメリカに見習う点はあるんじゃないかと思う。普通に考えればどう見ても送電側の方が立場が強いと思うんですけど、期待表明だけで十分なのかと。あと、エネ庁内部でも新エネ部会任せにしてないで、自由化における公正性の確保という点の方が重要ではないかと思うんですけどー。ここは一つ鳴り物入り!?で設立された中立機関の電力系統利用協議会さん頑張ってください。一つよく分からないのはその協議会のルール監視って申立に応じた受動的なものだけなんですかね?末端の小規模の発電施設を持ってる人が電力会社を相手に中立機関に訴え出るってかなりハードルが高いように思うんですが。
 本当はテキサスの電力事業再編法とかかなり面白いのですが、既にマニアックな長文になってるのでこの辺りで。
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Fear is the path to the dark side.

2007-04-19 23:53:14 | Weblog
 ヴァージニアの件の続きというか、例のビデオを見ているとFearやAngerにあまりに満ち満ちていて、なーーーーーんとも言えない気分に。新聞にも教室の地図とか載ってて生々しすぎるというか何と言うか。んで、冗談じゃなく思い出したのが
  "Fear leads to anger. Anger leads to hate. Hate leads to suffering."
  (恐れが怒りを生み、怒りが憎しみを生む、憎しみは苦しみを生む)
というマスター・ヨーダのセリフで、あまりにもあのビデオから伝わる彼の雰囲気にはまりすぎている。「悪」と片付けるにはあまりに重々しい心というのがこんなにも育っていくものなのか、恐らく最初は小さなfearだったんだろうというか、どこかで何かできたんじゃないか、イヤ、防げたかもしれないんじゃないかみたいな議論CNNでずっとやっててそれはどうかと思うのですが、他方で今後こういうことが起こらないようにする手立てみたいなものにつなげていかないとダメなんじゃないか、精神疾患のケア体制等々考えることが多いんじゃないか、FearをAngerにしないで済むような何かが必要なんじゃないかと強烈に思えるのでした。ちなみに何だか仏教チックな響きもするこのセリフ元ネタはなんなんでしょうね?

 別件ですが、郵便が届いてNBCの"first thing to do"はFBIへの連絡だったそうです。翻って、テレビ朝日の長崎市長銃撃の犯行声明改め告発文の取り扱いはというと、「県警は当初、任意提出を求めたが、同社が拒否したため19日午前に裁判所の差し押さえ許可状を示し押収したという。」(テレ朝あて文書を押収 市長射殺事件で長崎県警)ってことらしく、この差は一体何なのか、政治テロを許すなとか格好いいこと言っておきながら実際やることが一致しないのはどういうことなのか、もっと言わせてもらうと、仮に「警察=権力=報道機関の敵」みたいな発想があったなら、それは"If you're not with me, then you're my enemy"というアナキン・スカイウォーカーなみの発想、要するにDark Sideの一員でしかないと思う。記者クラブ等のつながりもあるからそんなことないとは思うけど、テレビ朝日とNBCとで歴然とした違いがあることだけは間違いないと思う。「犯行声明」を「告発文」に言い換えてるヒマがあるなら真剣に反省してほしいです。
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素朴な疑問~新聞の国内版と英語版は違うんですかね?

2007-04-10 23:57:19 | Weblog
 ちょっとしたコネタというか素朴な疑問なのですが、日本在住の米国人AMPONTANさんのエントリ(4/10)経由で、朝日新聞英語版の記事が目に留まりました。 Foreign firms feel the heat from Chinese backlash(4/5) (外国会社が中国の反動に手を焼いている)
 But the honeymoon with foreign companies may be over. Local governments are now finding ways to "bash" them for doing business in China. Famous brand names in particular, such as Louis Vuitton, Burberry and Starbucks, are finding themselves the target of this sudden backlash.
 Last December, the industry and commerce bureau of the government of Zhejiang province in the coastal areas put to the torch a huge pile of foreign-made shoes, such as Louis Vuitton and Trussardi, at a garbage dump in the provincial capital Hangzhou.
 "The quality of this imported shoe is inferior," read a notice tacked to the pricey European footwear.
(が、外国企業とのハネムーンは終わったようだ。地方政府は中国で事業展開する外国企業に打撃をくらわす方法を探している。特に有名ブランド、例えばルイ・ヴィトン、バーバリーやスターバックスが、突然攻撃対象になっている。
 昨年12月、沿岸部の浙江省商工局は、省都の杭州のゴミ処分場で、ルイヴィトンやトラサルディなどの外国製靴の巨大な山を燃やしてしまった。
 「低品質品」 高価なヨーロッパ製靴への注意書きだ。)
へぇ~、そういやぁSKIIとかもやられてたよなぁ、相変わらずヒドイことをしているのねぇ~、中国の地方の腐敗ぶりは全くどうしようもないなぁ~、中国にはいくつもの中国があると言ってた去年の同級生(地方も北京も知ってた)の言うとおりだよぉ~、と思いながら折角なので日本語版もクリッピングするかと思って探してみたのですが・・・

 見つからないんですよ

探し方が悪いのかなぁ(・ ・?)  アジア記事を見ても中国特集に行っても「中国」と検索して該当日付を見てみても(コレコレ)、記者名で検索しても出てこない。IHTと共同クレジットの記事だから朝日新聞は国内版に掲載できないのかと一瞬思って署名を見てみたら「BY KEIKO YOSHIOKA, THE ASAHI SHIMBUN」なんだけど。
 
[ なーんか釈然としない。この記事の内容が特にそうだからなのですが、何となく理屈がどうこうより「中国だから」という論調が目に付くからいろいろ邪推しちゃうというか。こっちのリベラルな、例えばNew York Times(一人キョーレツに変な記者がいますけど)はこの手のCorruptionだったり人権特にチベットだったり環境汚染だったりで中国バッシングは当然ように強烈なわけです(そりゃそうだ、非民主主義なんだから)。朝日の上記の記事もそういう感覚では自然だし、やればできるんじゃんと一瞬思ったんですが、国内版にないって、そもそも新聞の国内版と英語版は違うものなんですかね(・ ・?) 国内向けと対外向けの二枚舌だとしたら言葉もないというか、というか国内版でこういう記事を書けない社内検閲事情でもあるのかよく分かりませんが、折角のこの分野には珍しくいい記事が日本向けには日の目をみないのは何とも残念でなりません。]

※追記 やっぱり!?探し方が悪いだけでした(コメント欄参照) 直前の[ ]で囲ったパラグラフ全体がナンセンスな邪推になったわけですが、偏見が誤った結論を導くネタとしておいて置きます。
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エイプリル・フールであってほしかった「東京ミッドタウン」

2007-04-01 23:51:30 | Weblog
 先週末六本木の防衛庁跡地に再開発ビルがオープンと聞いてへぇと思ったのですが、その名前を見てしらばらくパンダさんと話し込んでしまいました。だって「東京ミッドタウン」という名前ですよ。パンダさんは「どうしてこういうNew Yorkのマネみたいな名前にするんだろう、日本は日本のいい所がいっぱいあるのにという反応で、私は「えぇ~、単純に東京の真ん中だからじゃないのぉ~」とかノンキに思ってたのです。(※マンハッタンは大きく言って南からダウンタウン、ミッドタウン、アップタウン。私達の今の住まいはミッドタウン・イースト)
 が、サイトに行ってみて驚いた。施設の地図を見つけたのですが、メインの高層ビルがミッドタウン・タワーとかいうまぁヘンテコな名前で失笑しながらその隣のビル2つにたまげてしまった。
   
そう、ミッドタウン・イーストとミッドタウン・ウェストっていうビルがあるんです というわけでこの時点でパンダさんのNew Yorkのマネ説に軍配が上がったのですが、それにしてもよりによってビルしかないこんな地名をマネるバカがあるかよ、と思いながらさらにサイトをふらふらしてたら、NIRVANA New Yorkとか、挙句の果てにはUnion Square Cafeの東京店Union Square Tokyoとかもうヤメテぇ~という感じ。お世辞にも六本木や東京や日本の良さを活かそうという発想が現れているとは言い難いというか、その土地ならではの良さ・New Yorkと違った良さを活かさずに、New Yorkのそれも大して良くもない部分をペタっと持ってきて一丁上がりみたいな安直さを感じちゃうんですけど、ネーミングやお店のラインアップに。こんな発想を感じさせてしまう辺り、三井不動産は森ビルに逆立ちしてもかなわないんじゃないんでしょうかねぇ。早速話題になってて「Union SquareにあるからUnion Square Cafeなんだよ!」って言ってた人も。ユニオン・スクエアのローカルな良さの象徴がローカル性無視・安直輸入プロジェクトの目玉テナントで入居するというシュールさ。
 
 最大限に好意的に解釈してもエイプリル・フールのネタでちょっとNew Yorkみたいな名前にしてからかってみました、ってことにしか思えないのですが、Developerがクールだと本気で思ってるんだとしたら、ちょっと言葉を失いますね 東京ピカデリー・サーカスとか、東京モンマルトルとか、東京スタテン・アイランドとかができたらどうしよう?と4/1思考の頭で考えたのですが、「東京ミッドタウン」という名前の施設ができてしまったのはやっぱりネタじゃないみたいです。
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政治ポジションテスト

2007-03-13 23:59:37 | Weblog
 あちこちで話題になっていたので、やってみました、Yahoo!みんなの政治 - 統一地方選挙特集 - 政治ポジションテスト。かなり前ににやった日本版ポリティカル・コンパスと同じような感じ。その時は政治的に右でも左でもなくて、経済的にはびみょーに市場信頼派という結果でした。

 んで今回の結果は・・・
 あなたは「小さな政府を目指すタイプ」です!
  「小さくて効率よく動く政府の構築」を求めているのではないでしょうか。
     

ということで、前回と見事にピタリと一緒でした それともほぼ同じテストだから当然なのかな? 腑に落ちないのは他の方の結果でみた「このグループに近い考えの政治家」という結果が表示されないことなんですけど、多分保守でもリベラルでもないせいですかね? ちょっと損した気分
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The Return of Japan

2007-03-02 22:26:24 | Weblog
 先週届いたForeign Affairsの表紙に"The Return of Japan”という、まるで"Return of the Jedi"みたいなタイトルが踊っていたので、フォースにバランスが戻る様が描かれているのか日本の何が復活していると思われているのか興味をひかれて読んじゃいました(長文注意。しかし単純な読者ですね、私)。

How Able Is Abe? by Richard Katz and Peter Ennis
 タイトルは駄洒落なんだろうと思っていましたが、そうでもなくて、安倍総理の方向性や実行力を外交、内政ともに冷静に分析しています。冒頭いきなり小泉総理と比べられているのは可哀想という気もしますが、類似・相違を比較しています。類似点として、
 ・両者とも、日本の変化を体現し(reflects)、支持する
 ・増加する教育された都市住民が経済改革を必要とし期待していると理解している
相違点として、
 パーソナリティ、政策優先順位
を挙げて、小泉前総理の作戦(抵抗勢力との戦い)と全く違うpragmaticなスタイルを安倍総理が取っていて、中韓との外交政策ではうまくいったが、国内政策ではそうではない、として、復党や道路特定財源での妥協に触れたあとこう書いています。
 The compromise was not unlike some of those made by Koizumi. But because Koizumi worked hard to fashion a public image as a reformer, the public forgave him for his occasional backsliding. By contrast, first impressions of Abe are that he has betrayed the 2005 election results for the sake of political expediency. Hence, what the public would forgive in Koizumi it will not in Abe.
(これらの妥協は小泉前総理が行った妥協とさして変わるものではない。しかし、小泉前総理の熱心な働きは改革者としてのイメージを創り出したので、彼は時折の後退も許されていた。他方で、安倍総理の第一印象は政治のご都合主義による05年の選挙の裏切りだった。だから、小泉前総理で許されたことも安倍総理ではそうならないだろう)
どっかで聞いたことあるような論調ですが、まー見事に痛いとこ突いてますねぇ~。経済改革を後退させはしないだろうが熱心ではない(少なくとも参院選前までは)というのも優先順位の違いと。

 外交政策について、中韓歴訪や岸元総理の孫であることとNationalistイメージに触れた後、お祖父さんだけでなく、戦後の若い世代に思想根拠を持っているとしてこう書いています。
 It is as a member of this younger generation that Abe has set out to eliminate the taboos that he believes undermine Japan's independence. He is by no means anti-American; indeed, Abe supports Japan's security relationship with the United States. But he is also proudly pro-Japan.
(安倍総理が、日本の独立を弱めていると信じるタブーを取り除こうとしているのは、この若い世代の一員としてである。彼は決して反米ではない、実際、彼は日米安保同盟を支持している。しかし同時に、彼は誇り高い日本支持者なのだ。)
反米的というと語弊がありますが、?な発言を繰り返す防衛大臣のおかげで安倍総理までそうなのかと誤解されかねないところだったので、影響力あるForeign Affairsでこうハッキリ書かれるのはいいタイミングですねー。アジアのほとんどは、日米同盟が維持される限り日本が脅威になることはないだろうと考えている、ワシントンはmore self-confident Japanに合わせられるべき、日本により大きな役割を認めることが必要かもしれない・・・と外務省が泣いて喜びそうな主張が続きます。

 内政面でも、まぁ別に目新しくはないけどキチンと痛いところをシンプルにサクサクと突いています。 ※長くなってきたので訳だけ
 安倍総理は成長の必要性をよく説くが、達成するための包括的な道筋を全く欠いている。過去数年に実施されたポジティブな変化を無しにしたりはしないだろう。*略* にも関わらず、小泉前総理が創った改革の機運が遅れる、いや立ち往生の恐れさえ現実的である。安倍総理が情熱的なのは外交・社会政策で、経済政策ではない。加えて、彼の経済チームは弱い。
とされて、塩崎官房長官が影響力(clout)がないとかやら太田経済財政担当大臣が軽量級(lightweight)やらのダメだしが続きますorz。いやー、バレバレですねこう思われてるんですねぇ。
 これらの傾向を跳ね返すのは安倍総理にとって容易ではない。彼の5年予算は2011年までGDPの年2%成長を前提としている。しかし、生産年齢人口は2010年まで年0.6%、2011-2015年で年1.3%下落すると予想されており、生産性向上により成長がもたらされる必要がある。が、日本の生産性は過去15年で平均年1.5%しか上昇していない。老齢又は女性が相当たくさん労働参加しないと、生産性向上は2011年まで年2.6%、その後年3.3%に達する必要がある。さらなる改革がない限り、これはありそうもない。
 その後もDual Economy(効率の良い輸出事業者と正反対の国内企業)に触れて独禁法が弱過ぎ、さらに悪いことに経産省がもっと弱めようとしているとか(シェア50%の話)、経済回復がアンバランス(企業収益に偏っている)で、非正規雇用者(irregular workers)が労働力の1/3を占め、定率減税廃止や年金・医療負担増の上に、尾身財務大臣が企業減税を提案しただの経団連が賃金上昇を拒んでるだのまぁ日本で議論になってることを短い中に遍くまとめています。外国直接投資増加に経団連が抵抗しているとかも。いわゆる格差(income inequality and poverty)に触れてpoverty rateが先進国内で米国に次いで2位だけど、小泉前総理就任の20年前からinequalityは拡大してるとか。。。

 一つどうかなぁと思うのは靖国問題にコラムを立てて触れていることで、「昭和天皇がA級戦犯合祀に非常にいかったので、断固参拝を取りやめた(Emperor Hirohito was so angry about the move that he steadfastly refused to visit Yasukuni)」とか、Solutionとして新国立追悼施設は分祀よりも見込みがある(promising)だろうとか触れています。なーんか、仮にこの話が再燃して、さらに仮に09年以降の米政権がノーテンキに口を挟みだすと厄介そう。。。

Japan is Back:Why Tokyo's New Assertiveness Is Good for Washington by Michael Green
 NSCのアジアヘッドだったマイケル・グリーン氏によるJapan Rising: The Resurgence of Japanese Power And Purpose(著:Kenneth B. Pyle)のブック・レビュー。といっても私そのJapan Risingを読んでないので、イマイチピンと来ないのですが、Pyle氏の本が日本の最近の動きはナショナリズムでも再軍事化でもないことを歴史的経緯をまじえて(明治以降一貫して自国の国際的名誉のために行動してきた)説明していると紹介しています。グリーン氏も日本は自国の利益に敏感なだけ(最近の変化は国際社会が変わったため)と考えているようで、Pyle氏の本はリアル・パワー重視で米中協力によりアジアの安全保障を確保しようという考えが理に適っていないことを示す、なぜなら日本は独立変数で、米中の過度な接近はアジアを不安定化させるだろう、対中関係は日本との緊密な同盟の上で行うべき、とまたも外務省が泣いて喜びそうな主張をしてます。もっともグリーン氏は最近の日本外交が中国の影響力をバランスさせるためという点をPyle氏が見逃していると批判しています。あと2000年の共和・民主両党共同アーミテージ・ナイ・レポートの要点は"Era of Gaiatsu on Japan is over"だった、Pyle氏は同レポートに批判的だが主張は変わらないハズと。
 気になるのはこういうことを書くグリーン氏が既に政権を去っていることなのですが、もしかしたら日本はtaken for grantedだと思ってる人が増えているんでしょうか(・ ・?) だからといって言われた通りにしてるとやっぱりtaken for grantedじゃんとますます思われる(外圧時代に逆戻り)から逆効果なのですが、ちょっと気になるところで。
コメント (2)
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中韓歴史論争!?

2007-01-20 23:52:55 | Weblog
 ヒラリー・クリントンが出馬表明したり、Clean Energy Act of 2007が下院をpassしたりとへぇ~と思いながらネットをふらふらしてたら、little bridgeさんのエントリ(18日、Are these from the real Korean textbook? )で、中国の掲示板が韓国の歴史教科書を巡って騒然としてるという話が。古代史の地図が史実を歪めていると槍玉にあがっているそうで、本当に教科書の写真なの!?という議論をしてます。結論からいうと、ごく一部のエキセントリックな歴史家の主張であって教科書ではないそう。どれくらいエキセントリックかというと・・・
   
 歴史論争っていうレベルじゃねぇーぞ。と、笑ってすませてよいものかやや複雑ですが、まぁ少なくとも妄想言論の自由万歳ということでしょうかね 
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