農水省のHPで第59回国際捕鯨委員会(IWC)年次会合について(6/5)がアップされてて、結果概要で
とあるのを見てなんですが(外務省お得意の概要と評価がアップされないのはなぜだ)、前々から捕鯨ネタの紛糾で違和感を感じているのは、結局IWCで鯨の持続的利用の話をしてもピンと来てくれないのはIWCが鯨しか扱わないからじゃないか(だから鯨エクストリームな人の意見でも通ってしまう)と思ってるからで、もっというと国際漁業の条約や国際機関がこんな具合にfragmentedで鯨は鯨、マグロはマグロってな具合の発想からは海洋生態系全体の持続利用っていう発想からはちょっと遠いんじゃないかと思ってるからなんですけど。だからIWCから脱退して新国際機関設立ってときにまた鯨スペシフィックだと鯨エクストリームな人の奇妙さが露わになることはなくって結局また繰り返しじゃないのという気がする。だからIWCに代わって包括的な漁業管理機関はいかがですかと思うのですけど。
まぁ、本音を言うと捕鯨行政に使ってるリソースを地場漁業振興にも使ってほしいという気がしますけどねぇ。獲ってスグに食べる魚が一番美味しいのに決まってるじゃーん。ウソだと思うならびんび家に行くがいいというか(ローカルでごめんなさい、最近人が集まり過ぎてピカピカになっちゃったって本当?)、上京したとき驚いたのがまともな魚がないこと。北海道や塩釜で食べたのも美味しかったので地域比較はさておき、イタダキさんから買った魚を食べてたのは考えてみれば物凄く幸せなことで、東京だと、築地まで行けば別だけど、そこから時間を置いてると魚の味はもう死んじゃうに等しいというか。でもコレを言い出すと、東京湾の魚なんか食べる気がしないという話になって、東京湾の水が汚いせいになって、結局環境ネタに跳ね返るんですけどね。
国際ネタに戻って包括的な管理漁業ができればいいんでしょうけど、現実的になってそんなものがすぐできるかというと、政治的に厳しいだろうしサイエンスも追いつかないだろうし、少なくともすんなりとそういうものが軌道に乗る可能性はほぼゼロなわけです。にも関わらずなぜそんなことを考えるのかというと、鯨が可愛いから捕鯨はけしかららん的なHappy Feet並みにナイーブなアングロ・サクソン的意見は論外だし、逆に鯨食は日本古来の伝統文化なんだから捕鯨は認められるべきだという荒っぽい意見(高知や和歌山なら分かるけど。少なくとも南極海に出かけて捕鯨するのは伝統文化じゃない)も日本の主張ではなく、なのに持続可能な漁業という、国際捕鯨取締条約から見ても(注:IWCのHPによれば適切な鯨資源の保護とそれによる鯨産業の秩序ある発展が目的)、国連海洋法条約から見ても(例えば119条、公海の漁獲は基本的に自由だが最良の科学的証拠に基づいて最大持続生産量を実現するよう漁獲高を決定すべし)、至極真っ当な主張がなぜに通らないのかなーという疑問があるのであって、何となくですが、捕鯨がunethicalだという意味不明な発想があるのに加えて(Whaling Diplomacyって本が詳しく議論してるらしい、読んでないけど)、外から見ると言ってることとやってることが違うんじゃないんですか的な不信感があるような気がするんですね、日本の漁業&魚の消費に対して、勝手な想像ですけど。日本人が魚を食べまくって世界中の魚が大変だよー的なステレオタイプ(典型的な例→これ)があって、実際いっぱい輸入してるじゃんか、取り締まりも甘いじゃんか的な懸念があるんじゃないかと。確かにいっぱい食べてますけど(世界の3割ぐらいとFAOが推計してると聞いたことがあるけど???)、日本食が流行ってみんながスシを食べだして中国人も豊かになって漁獲量が増えていく責任をかぶせられてはたまらんわけで、だからってイジメられてたまらん的な発想じゃなくって、歴史的に見て最大の貢献国の一つのイギリスが温暖化政策に熱心になったみたいな勢いで日本が漁業資源管理・海洋生態系保護に熱心になりませんかねーという期待を抱いちゃうわけですけど。せめて違法漁獲輸入禁止措置ぐらい作って(WTO通報手続は面倒くさいこと間違いないが)、各国の適法証明を輸入に際して求めるぐらいのことはやってもいいんじゃないか、本気で持続可能な漁業をやるんですという意気込みを見せるなら(同時に途上国狙い撃ちと思われないような漁業支援も必要になるでしょうけど)。
なんかIWCの話から妄想が膨らんですみませんけど。違法漁獲輸入禁止制限のついでですが、森林ネタで違法伐採木材輸入制限に最も熱心だったのは誰あろう故松岡農水大臣でした。確か国のグリーン購入法で違法伐採木材は使いませんみたいなことになったんじゃなかったか(記憶が激しく曖昧)。保護主義的な色彩があることは否めませんが、消費国としての日本の責任を考えるという視点は非常に重要だったと思います。いろいろあるのでしょうが、ご冥福をお祈りします。
(1)会合全般 今次総会においては、現時点ではIWC正常化の可能性が見込まれないことが明らかとなったため、今後、我が国のIWCに対する対応を根本的に見直す可能性が出てきたことを明言。その際、国内関係者から強い要請のある①IWCからの脱退、②IWCに代わる新たな国際機関の設立、③沿岸小型捕鯨の自主的な再開等を例示。 |
まぁ、本音を言うと捕鯨行政に使ってるリソースを地場漁業振興にも使ってほしいという気がしますけどねぇ。獲ってスグに食べる魚が一番美味しいのに決まってるじゃーん。ウソだと思うならびんび家に行くがいいというか(ローカルでごめんなさい、最近人が集まり過ぎてピカピカになっちゃったって本当?)、上京したとき驚いたのがまともな魚がないこと。北海道や塩釜で食べたのも美味しかったので地域比較はさておき、イタダキさんから買った魚を食べてたのは考えてみれば物凄く幸せなことで、東京だと、築地まで行けば別だけど、そこから時間を置いてると魚の味はもう死んじゃうに等しいというか。でもコレを言い出すと、東京湾の魚なんか食べる気がしないという話になって、東京湾の水が汚いせいになって、結局環境ネタに跳ね返るんですけどね。
国際ネタに戻って包括的な管理漁業ができればいいんでしょうけど、現実的になってそんなものがすぐできるかというと、政治的に厳しいだろうしサイエンスも追いつかないだろうし、少なくともすんなりとそういうものが軌道に乗る可能性はほぼゼロなわけです。にも関わらずなぜそんなことを考えるのかというと、鯨が可愛いから捕鯨はけしかららん的なHappy Feet並みにナイーブなアングロ・サクソン的意見は論外だし、逆に鯨食は日本古来の伝統文化なんだから捕鯨は認められるべきだという荒っぽい意見(高知や和歌山なら分かるけど。少なくとも南極海に出かけて捕鯨するのは伝統文化じゃない)も日本の主張ではなく、なのに持続可能な漁業という、国際捕鯨取締条約から見ても(注:IWCのHPによれば適切な鯨資源の保護とそれによる鯨産業の秩序ある発展が目的)、国連海洋法条約から見ても(例えば119条、公海の漁獲は基本的に自由だが最良の科学的証拠に基づいて最大持続生産量を実現するよう漁獲高を決定すべし)、至極真っ当な主張がなぜに通らないのかなーという疑問があるのであって、何となくですが、捕鯨がunethicalだという意味不明な発想があるのに加えて(Whaling Diplomacyって本が詳しく議論してるらしい、読んでないけど)、外から見ると言ってることとやってることが違うんじゃないんですか的な不信感があるような気がするんですね、日本の漁業&魚の消費に対して、勝手な想像ですけど。日本人が魚を食べまくって世界中の魚が大変だよー的なステレオタイプ(典型的な例→これ)があって、実際いっぱい輸入してるじゃんか、取り締まりも甘いじゃんか的な懸念があるんじゃないかと。確かにいっぱい食べてますけど(世界の3割ぐらいとFAOが推計してると聞いたことがあるけど???)、日本食が流行ってみんながスシを食べだして中国人も豊かになって漁獲量が増えていく責任をかぶせられてはたまらんわけで、だからってイジメられてたまらん的な発想じゃなくって、歴史的に見て最大の貢献国の一つのイギリスが温暖化政策に熱心になったみたいな勢いで日本が漁業資源管理・海洋生態系保護に熱心になりませんかねーという期待を抱いちゃうわけですけど。せめて違法漁獲輸入禁止措置ぐらい作って(WTO通報手続は面倒くさいこと間違いないが)、各国の適法証明を輸入に際して求めるぐらいのことはやってもいいんじゃないか、本気で持続可能な漁業をやるんですという意気込みを見せるなら(同時に途上国狙い撃ちと思われないような漁業支援も必要になるでしょうけど)。
なんかIWCの話から妄想が膨らんですみませんけど。違法漁獲輸入禁止制限のついでですが、森林ネタで違法伐採木材輸入制限に最も熱心だったのは誰あろう故松岡農水大臣でした。確か国のグリーン購入法で違法伐採木材は使いませんみたいなことになったんじゃなかったか(記憶が激しく曖昧)。保護主義的な色彩があることは否めませんが、消費国としての日本の責任を考えるという視点は非常に重要だったと思います。いろいろあるのでしょうが、ご冥福をお祈りします。