パシフィコ横浜 2009年6月27日-9月23日
昨日で終わってしまったが、観に行った記録として残しておこうと思う。
初めて行くパシフィコ横浜。入口でもらった見開きガイドMAPの体裁が”すわ、テーマパーク?”という感じだったが、展示されているのは紛れもなくエジプトの歴史遺物であって、エジプト・マニアでもなんでもない私にも、非常にわかりやすく楽しめる構成になっていた。
とりあえず公式サイトから本展の趣旨を引用しておく:
2000年ほど前にクレオパトラの宮殿があったといわれる、エジプト第2の都市アレクサンドリア。「海のエジプト展」は、この地中海に面した街の海底遺跡から発掘された至宝を紹介する国際巡回展です。約5メートルのファラオの彫像や、ヒエログリフが刻まれたステラ(石碑)、スフィンクスや女神などの石像、金や宝石で彩られたアクセサリー、王の横顔が彫られたコインなど、約490点の作品すべてを日本初公開します。紀元前700年から後800年まで、古代エジプトの「末期王朝」から「プトレマイオス朝」、さらには「ギリシア」「ローマ」時代へとつながる1500年間の歴史をたどる展覧会です。
紀元前7000年頃に始まったエジプト文明のその長い歴史の中で、今回スポットライトが当たっているのは紀元前7世紀以降の終盤のところ。アレクサンドロス大王、クレオパトラ7世などが登場し、ローマやギリシャの香りが漂ってくる、個人的には比較的取っつきやすい時代である。
横浜に来るまでにベルリンやパリなどヨーロッパの数都市を巡回し、200万人を動員したそうである。5メートルもある彫像3体を含め、各種石像などの重量級のものからコインなど細々したものまで、よくこの極東の島まで運んできたものだと思うが、それどころの話ではない。これらは天変地異で海底の奥底に水没した三つの古代都市、カノープス、ヘラクレイオン、アレクサンドリアの遺物、すなわち海底から引き揚げられた発掘品。
私にとってアレクサンドリア以外は初耳のこの三都市だが、地図を見るとアレクサンドリアから北東の位置にカノープス、更にその東にヘラクレイオンがある。カノープス、ヘラクレイオンは水没してしまい、アレクサンドリアの海底遺物と共にずっと謎に包まれていたところをフランス人の海洋考古学者フランク・ゴディオ氏が1992年から調査を開始。地形探査による海底地図作りから始まり、15年をかけて三都市の大小様々な遺物を発見、引き揚げ作業を敢行。
一言で引き揚げ作業といっても、並大抵の仕事ではない。海底が粘土層である上に貝殻、砂、泥など様々な沈殿物が厚く堆積する中、巨大なバキューム装置で泥や海藻などを除去していきながら、丁寧に掘り起こしていく。引き揚げ前に現場写真を撮り、スケッチし、採寸し、記録を取る。ヒエログリフが刻まれた石碑などが出た日には、船上で作った大きなシリコン製シートを持って海に入り、表面に張りつけて型取り。これらの作業を全て、酸素ボンベを担いで海底で行うのである。
船上や陸地に引き挙げたら今度は真水に浸して塩抜きし、不純物を細心の注意を持って除去するなど、保存や修復のための多くの作業が待っている。とてつもない知力、精神力、体力、士気の高さ。
展示はシンプルに都市ごとに区分けされているだけだったが(見やすかった)、随所に3分ほどに編集された、それぞれの展示物の発掘シーンが映像で流れていて、思わず見入ってしまった。大きな石像の頭部が海底から出ている様子や、丁寧に泥や海藻をホースで吸い取っているうちに、暗い海底でもなお黄金色に輝くコインが姿を現す様子はスリリング。
ついでにこの壮大なプロジェクトを牽引したゴディオ氏の経歴である。大学で数学を学んだ後、フランス政府の財政顧問として働いていたが、37歳の時に1年間の休暇を取り、かねてから興味があった海洋考古学の本を読んで過ごす。そこから海洋考古学の世界へ入り、エジプトでこの成果を上げることに。かっこいい人生ですね。
前置きが長くなったが、このへんで印象に残った展示物をごく一部だが挙げておきたい:
カノープス
プトレマイオス朝の時代には「セラピス神」(エジプトの、死後の世界を司るオリシス神と聖牛アピスが融合して作られた神)が祀られる「セラピウム」という聖域があった。エジプトと地中海を結ぶ要所でもあり、奇跡の治癒力や商売の場を求めて様々な地域から大勢の人が訪れた。祭りや宴会も催され、巡礼地であると同時に享楽の都でもあった。
『セラピス神像の頭部』 大理石 高さ59cm (前2世紀頃)
巻き毛の頭髪と、豊かなあごひげ。頭飾りのオリーヴの枝。地中海の風が渡ってきそうだ。
『王妃の像』 花崗閃緑岩 高さ150cm (プトレマイオス朝時代 紀元前3世紀頃)
プトレマイオス朝時代の王妃の像の多くは、肩掛けを右胸の上でこのように結んでいるそうだ。解説にある通り、アフロディテとイメージが重なり、しばしうっとり眺める。海から上がり、身体に張りついた濡れ衣を思わせる流れるような襞。文字通りこの像は、水を滴らせながら海底から引き揚げられた。
ヘラクレイオン
ヘラクレス神殿があった場所。エジプト名では「トーニス」と呼ばれていた。エジプトの重要な玄関口の一つであり、神殿にはエジプトのアメン神が祀られ、プトレマイオス朝時代には重要な儀式が行われていたと推測される。
左 『プトレマイオス朝のファラオの巨像』 赤色花崗岩 高さ500cm (プトレマイオス朝時代)
右 『プトレマイオス朝の王妃の巨像』 赤色花崗岩 高さ490cm (プトレマイオス朝時代)
『豊饒神ハピの巨像』 赤色花崗岩 540cm (前4世紀~プトレマイオス朝時代初期)
それぞれ約5mあるこの3体が、伝統的なエジプト芸術の様式に沿い、左足を前へ踏み出したポーズで横に一列に並んで屹立する様は圧巻。漆黒の幕を背景に照明で浮き上がる巨像たちの、赤色花崗岩の色がまた美しかった。
ファラオの巨像の頭部が引き揚げられた際の写真を見れば、その大きさに改めて驚く。
『プトレマイオス3世の黄金の銘板』 金 (プトレマイオス朝時代) 部分
5cm x 10cm、厚み8mmの小さなものだが、角度を変えて見ると文字が点刻されているのがわかる。儀式での奉納品とともに埋められた記念版で、この5行半のギリシャ語の文章にはプトレマイオス王が競技場をヘラクレスに捧げたことが記されているという。海洋性堆積物のわずか20cm下に埋まっていたそうだ。
ネクタネボ1世のステラ(石碑) 花崗閃緑岩 高さ195cm (第30王朝 ネクタネボ1世の治世1年 前378年)
この石碑により、ヘロドトスやヘレニズム時代の地理学者によって言及されていた、所在不明の「トーニス」という町が、実は「ヘラクレイオン」のエジプト名であったことが判明。整然と刻まれたヒエログリフの繊細な彫り、上部の装飾性など、息を飲むほど美しかった。
アレキサンドリア
紀元前331年にアレクサンドロス大王によって建設された、プトレマイオス朝の都が置かれた都市。大図書館、ムセイオン(博物館)、「ファロスの灯台」(世界の七不思議の一つ)が建っていたことでも知られる。ヘレニズム文化圏の芸術・経済の中心地であり、クレオパトラ7世の悲劇でも知られる。
『ハヤブサの頭部を持つスフィンクス』 花崗閃緑岩 (前8~前7世紀(?) )
ホルス神の化身で、ファラオの守護神。人間の耳を持ち、鳥と人間のハイブリッド的な造形が不思議な魅力を放つ。プトレマイオス朝以来、古代エジプトの神々がギリシャ・ローマ神話の神々と同一視されるようになり、天の神であるこのホルスはギリシャ神話のアポロンにあたる。
『カエサリオン像の頭部』 花崗閃緑岩 (前1世紀頃)
クレオパトラ7世とユリウス・カエサルとの間に生まれた息子。目元がギリシャ彫刻を思わせ、への字に曲がった口元が特徴的。この像が置かれた一角でクレオパトラ7世の生涯を紹介する映像も流れていた。
本編とは別に、15分のバーチャル体験シアターやちょっとした参加型アトラクションなどがあったが、個人的にちょこっとテンションが上がったのが、センター・サークル内の「古代エジプトの香り体験」のコーナー。12種類ある香りの中に「乳香」があるではないか。ご存じ、西洋画の主題『東方三博士の礼拝』で、聖母に抱かれた幼児キリストに三博士が差し出す贈り物が「黄金」「没薬」、そして「乳香」である。この「乳香」とはどんな香りなのだろうと長年思っていた。樹脂であることも初めて知り、ドキドキしながら鼻を近づけたそれは、想像以上に柔らかい芳香であった。念願成就。
以上、本当にほんの一部の画像しか載せていないが、大小取り混ぜた膨大な展示品の数々及び各種映像を観ていったのに加え、上記のシアター鑑賞や香りのコーナーの列に並んだ時間なども加えると、3時間近くを費やした。楽しい展覧会だった。
昨日で終わってしまったが、観に行った記録として残しておこうと思う。
初めて行くパシフィコ横浜。入口でもらった見開きガイドMAPの体裁が”すわ、テーマパーク?”という感じだったが、展示されているのは紛れもなくエジプトの歴史遺物であって、エジプト・マニアでもなんでもない私にも、非常にわかりやすく楽しめる構成になっていた。
とりあえず公式サイトから本展の趣旨を引用しておく:
2000年ほど前にクレオパトラの宮殿があったといわれる、エジプト第2の都市アレクサンドリア。「海のエジプト展」は、この地中海に面した街の海底遺跡から発掘された至宝を紹介する国際巡回展です。約5メートルのファラオの彫像や、ヒエログリフが刻まれたステラ(石碑)、スフィンクスや女神などの石像、金や宝石で彩られたアクセサリー、王の横顔が彫られたコインなど、約490点の作品すべてを日本初公開します。紀元前700年から後800年まで、古代エジプトの「末期王朝」から「プトレマイオス朝」、さらには「ギリシア」「ローマ」時代へとつながる1500年間の歴史をたどる展覧会です。
紀元前7000年頃に始まったエジプト文明のその長い歴史の中で、今回スポットライトが当たっているのは紀元前7世紀以降の終盤のところ。アレクサンドロス大王、クレオパトラ7世などが登場し、ローマやギリシャの香りが漂ってくる、個人的には比較的取っつきやすい時代である。
横浜に来るまでにベルリンやパリなどヨーロッパの数都市を巡回し、200万人を動員したそうである。5メートルもある彫像3体を含め、各種石像などの重量級のものからコインなど細々したものまで、よくこの極東の島まで運んできたものだと思うが、それどころの話ではない。これらは天変地異で海底の奥底に水没した三つの古代都市、カノープス、ヘラクレイオン、アレクサンドリアの遺物、すなわち海底から引き揚げられた発掘品。
私にとってアレクサンドリア以外は初耳のこの三都市だが、地図を見るとアレクサンドリアから北東の位置にカノープス、更にその東にヘラクレイオンがある。カノープス、ヘラクレイオンは水没してしまい、アレクサンドリアの海底遺物と共にずっと謎に包まれていたところをフランス人の海洋考古学者フランク・ゴディオ氏が1992年から調査を開始。地形探査による海底地図作りから始まり、15年をかけて三都市の大小様々な遺物を発見、引き揚げ作業を敢行。
一言で引き揚げ作業といっても、並大抵の仕事ではない。海底が粘土層である上に貝殻、砂、泥など様々な沈殿物が厚く堆積する中、巨大なバキューム装置で泥や海藻などを除去していきながら、丁寧に掘り起こしていく。引き揚げ前に現場写真を撮り、スケッチし、採寸し、記録を取る。ヒエログリフが刻まれた石碑などが出た日には、船上で作った大きなシリコン製シートを持って海に入り、表面に張りつけて型取り。これらの作業を全て、酸素ボンベを担いで海底で行うのである。
船上や陸地に引き挙げたら今度は真水に浸して塩抜きし、不純物を細心の注意を持って除去するなど、保存や修復のための多くの作業が待っている。とてつもない知力、精神力、体力、士気の高さ。
展示はシンプルに都市ごとに区分けされているだけだったが(見やすかった)、随所に3分ほどに編集された、それぞれの展示物の発掘シーンが映像で流れていて、思わず見入ってしまった。大きな石像の頭部が海底から出ている様子や、丁寧に泥や海藻をホースで吸い取っているうちに、暗い海底でもなお黄金色に輝くコインが姿を現す様子はスリリング。
ついでにこの壮大なプロジェクトを牽引したゴディオ氏の経歴である。大学で数学を学んだ後、フランス政府の財政顧問として働いていたが、37歳の時に1年間の休暇を取り、かねてから興味があった海洋考古学の本を読んで過ごす。そこから海洋考古学の世界へ入り、エジプトでこの成果を上げることに。かっこいい人生ですね。
前置きが長くなったが、このへんで印象に残った展示物をごく一部だが挙げておきたい:
カノープス
プトレマイオス朝の時代には「セラピス神」(エジプトの、死後の世界を司るオリシス神と聖牛アピスが融合して作られた神)が祀られる「セラピウム」という聖域があった。エジプトと地中海を結ぶ要所でもあり、奇跡の治癒力や商売の場を求めて様々な地域から大勢の人が訪れた。祭りや宴会も催され、巡礼地であると同時に享楽の都でもあった。
『セラピス神像の頭部』 大理石 高さ59cm (前2世紀頃)
巻き毛の頭髪と、豊かなあごひげ。頭飾りのオリーヴの枝。地中海の風が渡ってきそうだ。
『王妃の像』 花崗閃緑岩 高さ150cm (プトレマイオス朝時代 紀元前3世紀頃)
プトレマイオス朝時代の王妃の像の多くは、肩掛けを右胸の上でこのように結んでいるそうだ。解説にある通り、アフロディテとイメージが重なり、しばしうっとり眺める。海から上がり、身体に張りついた濡れ衣を思わせる流れるような襞。文字通りこの像は、水を滴らせながら海底から引き揚げられた。
ヘラクレイオン
ヘラクレス神殿があった場所。エジプト名では「トーニス」と呼ばれていた。エジプトの重要な玄関口の一つであり、神殿にはエジプトのアメン神が祀られ、プトレマイオス朝時代には重要な儀式が行われていたと推測される。
左 『プトレマイオス朝のファラオの巨像』 赤色花崗岩 高さ500cm (プトレマイオス朝時代)
右 『プトレマイオス朝の王妃の巨像』 赤色花崗岩 高さ490cm (プトレマイオス朝時代)
『豊饒神ハピの巨像』 赤色花崗岩 540cm (前4世紀~プトレマイオス朝時代初期)
それぞれ約5mあるこの3体が、伝統的なエジプト芸術の様式に沿い、左足を前へ踏み出したポーズで横に一列に並んで屹立する様は圧巻。漆黒の幕を背景に照明で浮き上がる巨像たちの、赤色花崗岩の色がまた美しかった。
ファラオの巨像の頭部が引き揚げられた際の写真を見れば、その大きさに改めて驚く。
『プトレマイオス3世の黄金の銘板』 金 (プトレマイオス朝時代) 部分
5cm x 10cm、厚み8mmの小さなものだが、角度を変えて見ると文字が点刻されているのがわかる。儀式での奉納品とともに埋められた記念版で、この5行半のギリシャ語の文章にはプトレマイオス王が競技場をヘラクレスに捧げたことが記されているという。海洋性堆積物のわずか20cm下に埋まっていたそうだ。
ネクタネボ1世のステラ(石碑) 花崗閃緑岩 高さ195cm (第30王朝 ネクタネボ1世の治世1年 前378年)
この石碑により、ヘロドトスやヘレニズム時代の地理学者によって言及されていた、所在不明の「トーニス」という町が、実は「ヘラクレイオン」のエジプト名であったことが判明。整然と刻まれたヒエログリフの繊細な彫り、上部の装飾性など、息を飲むほど美しかった。
アレキサンドリア
紀元前331年にアレクサンドロス大王によって建設された、プトレマイオス朝の都が置かれた都市。大図書館、ムセイオン(博物館)、「ファロスの灯台」(世界の七不思議の一つ)が建っていたことでも知られる。ヘレニズム文化圏の芸術・経済の中心地であり、クレオパトラ7世の悲劇でも知られる。
『ハヤブサの頭部を持つスフィンクス』 花崗閃緑岩 (前8~前7世紀(?) )
ホルス神の化身で、ファラオの守護神。人間の耳を持ち、鳥と人間のハイブリッド的な造形が不思議な魅力を放つ。プトレマイオス朝以来、古代エジプトの神々がギリシャ・ローマ神話の神々と同一視されるようになり、天の神であるこのホルスはギリシャ神話のアポロンにあたる。
『カエサリオン像の頭部』 花崗閃緑岩 (前1世紀頃)
クレオパトラ7世とユリウス・カエサルとの間に生まれた息子。目元がギリシャ彫刻を思わせ、への字に曲がった口元が特徴的。この像が置かれた一角でクレオパトラ7世の生涯を紹介する映像も流れていた。
本編とは別に、15分のバーチャル体験シアターやちょっとした参加型アトラクションなどがあったが、個人的にちょこっとテンションが上がったのが、センター・サークル内の「古代エジプトの香り体験」のコーナー。12種類ある香りの中に「乳香」があるではないか。ご存じ、西洋画の主題『東方三博士の礼拝』で、聖母に抱かれた幼児キリストに三博士が差し出す贈り物が「黄金」「没薬」、そして「乳香」である。この「乳香」とはどんな香りなのだろうと長年思っていた。樹脂であることも初めて知り、ドキドキしながら鼻を近づけたそれは、想像以上に柔らかい芳香であった。念願成就。
以上、本当にほんの一部の画像しか載せていないが、大小取り混ぜた膨大な展示品の数々及び各種映像を観ていったのに加え、上記のシアター鑑賞や香りのコーナーの列に並んだ時間なども加えると、3時間近くを費やした。楽しい展覧会だった。