l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人

2009-09-25 | アート鑑賞
東京オペラシティアートギャラリー 2009年7月18日-9月27日



数度しか実作品を拝見したことはないが(私が初めて鴻池さんの作品に出会ったのは、2007年秋に開催された川口市アートギャラリー・アトリアでのグループ展、「物語の真っ只中」展だった)、私にとって鴻池朋子さんは卓越した画力の人、というイメージが強い。だから今回の個展も襖絵が一番の楽しみではあったが、作家さんご本人のお話を含め、数々のメディアで紹介される本展の趣旨を見聞きするうちに、別の次元で期待感が高まっていった。

「展覧会を観る行為を地中への旅に見立てた展覧会」という、大きなギャラリーを丸ごとインスタレーション作品にしてしまったような展覧会。あのオオカミやらナイフやら、恐らくまだ私の知らない諸々のモティーフが溢れる鴻池ワールドが全開され、すごい空間になっていそうだ。

チケットを購入し、入り口へ向かおうとすると、前方に立つ「地中へ 0km」という道しるべが目に入る。

そう、この展覧会の構成は地球の深度に合わせて章立てされている。[上部マントル]に始まり、[下部マントル]、[外核]、[内核]へ。各部屋の出口には幕が下がっており、作品を観終えたらそれを自分で押し開け、次の深度へと歩を進めていく。最後は地球の中心まで到達し、そしてまた地上へ還ってくる(はずだ)。

それともう一つ、インタートラベラーとは、「異なる世界を相互に往還し、境界をまたぐ人を指す、作家による造語」だそうで、作品では赤いシューズを履いた子供の下半身で表わされている。

では、この旅で心に残った作品を記しておきたい:

『隠れマウンテン―襖絵』 (2008)

4枚組のパネルに描かれた襖絵。182cmx544cm。富士山のような三角形の山に、人間の目、鼻、口が描かれている。パッチリした釣り目を覗きこむと、その瞳に山が映り込んでいた。まるで山が己の姿を宿しているように。山肌に走るのは神経細胞のようにも見える。顔の真ん中で襖は左右に開かれていて、その向こうに次の展示物が姿を現す。

絵本『みみお』原画 (2001)
『バージニア―束縛と解放の飛行』 (2007)
『ミミオ―冬の最後の日』 (1998)

椅子がグルリと渦巻きのように並べられ、その上にケースに入った『みみお』の原画が置かれている(ざっと数えたら38点あった)。『みみお』は鴻池さんのアニメーション作品に登場する、顔のないクリーチャー。解説によると、単に顔が描けないままに描き進めてこうなったそうだ。ふわふわとしたたんぽぽの種、松ぼっくり、植物類など、鴻池さんの鉛筆画はやっぱり上手だなぁ、と見入る。

同じ部屋にこのみみおの5分ほどのDVD作品、『ミミオ―冬の最後の日』 (1998)も流されていた。なんだか朴訥とした味わいがあり、昔の白黒のミッキーマウスのアニメを想起した。

頭上には、大きな立体作品、『バージニア―束縛と解放の飛行』が吊るされている。羽の生えた昆虫のように見えるが、鹿の角やインタートラベラーの2本足が生えている。

幕を押し開け、[下部マントル]へ。

『第4章 帰還―シリウスの曳航』 (2004)
『第3章 遭難』 (2005)
『第2章 巨人』 (2005)
『第1章』 (2006)

それぞれ220x630cmある大型の平面作品。四角い部屋の赤い壁の四方に1枚ずつかかり、部屋の真ん中には大きな白いユリが活けられている。この4作は特に関連性があるわけではなく、まず第4章が描き上げられ、続いて1年半の間に第3章、第2章、そして第1章と描き上げられたそうだ。どの作品にも、この作家さん独特のファンタジー・ワールドが展開する。鴻池さんの大胆かつ流れるように動的な画面構成と繊細な筆触、色彩が冴え渡る。やっぱり上手いなぁ、と展示室、いや、[下部マントル]をぐるぐる。ここに入った時は他に数人旅人がいたのに、我に返ったら私一人になっていた。さ、幕をくぐって[外核]へ。

『シラ ― 谷の者 山の者』 (2009)

それぞれ4枚のパネルから成る、3組の襖絵にコの字型に取り囲まれる。待ってました!

入って左手の一組目には、人間の足が生えた黒いアゲハ蝶が集っている。中央では三美神のごとく3人(羽)が円陣になっていたり、左端にはしゃがんで横顔を見せるものもあり。足は筋肉の解剖図を思わせるが、やはり羽の美しい描写に目が行き、幻想的な雰囲気に包まれる。全体的な蝶の配置のバランスも美しい。

正面に対峙するは、中央にドカンと鎮座する髑髏。歯の隙間から金粉を左右にゴーッと吐き出している。左上に惑星がポッカリ。宇宙的な画空間。

 部分

右手には、チラシ4枚に渡って分割で紹介されているオオカミの群れ。こちらは後ろ足2本だけ人間の足になっている。全部で6匹描かれているが、皆大きな口を開けて咆哮している。様々なポーズをとるオオカミたちのフォルム、体毛の緻密な描写が見事。記憶がおぼろげだが、解説パネルに「二つ足で見えない時は四足になってみろ」という言葉があった。このオオカミたちはやはり私たちの化身なのだろうか。

襖絵を十分堪能したあと更に歩を進めると、2007年に初見で魅了された『梵書―World of Wonder』(2007)が。本のページを開くと大洪水の水が大暴れ。ボートは宙を飛び、木々やオオカミは波に飲み込まれ。どうしたらこのような豊かな想像力が生まれるのでしょうか。



その後も澁澤龍彦の本の挿絵など平面作品が通路に連なり、それを覗きながら進んでいくと、さあ、いよいよ地球の中心へ。

『赤ん坊』 (2009)

大きな正方形の部屋に入ると、手すりが巡らされた自分の立ち位置より一段下になっている床の真ん中に、ミラーボールのような巨大な赤ん坊の頭部(310x170x234cm)。鏡の小さな断片を全面に貼り付けられたその頭部は、照明を浴びてゆっくり回転し、壁に銀河のような反射を放つ。壁の上を渦巻きのように回転していくその反射光に包まれているうちに、回転しているのは赤ん坊の頭部ではなく、自分であるような錯覚に陥る。私はすっかり酔ってしまい、赤ん坊や壁から目を離し、手すりにつかまってしばらく下の床を凝視して酔いを覚ました。この展示室の中に警備員さんが立っているので、千鳥足で出口に向かうのは恥ずかしい。「地球の中心で創造と破壊のうぶ声を上げながら回転する赤ん坊」に三半規管を破壊されてしまった。

『後ろの部屋』 (2009)

よたりながら『赤ん坊』の部屋から出て呼吸を整える間もなく、今度は目の前に10体ほどの、狼の全身の毛皮が天井からぶら下がっている。結構低い位置まで下がっていて、その間を縫うように通り抜けないと次に進めない。ふらつく頭にこの目の前の光景は現実味が薄く感じられる。入口で「動物の毛にアレルギーをお持ちの方は受付にお申し出下さい」とあったのは、このことだったらしい。ま、特に問題なくすり抜けたが。

ところで以前から私は鴻池作品を観る度に、小学生の頃行った自然史・郷土史系の博物館の展示物の雰囲気を思うことがあった。絶滅した動物をはく製のように再現したものや、狩りや火を起こす原始人たちの生活を再現したものなどが並ぶ、ちょっとカビ臭いような空間。そんな私には、このオオカミたちの作品は出会うべくして出会ったのだという気がした。

ここを出れば、再び地上の光の下へ。また現実の世界に戻ってしまった。でも「神話と遊べる人」とは、つまるところどこにいようと自分の感性と遊べる人なのだ、きっと。

出口に向かって歩いていると、横のベンチにインタートラベラーがちょこんと座っていた。これは写真撮影可なのだが、若い夫婦が赤ちゃんをインタートラベラーの横に座らせて楽しそうに撮影を行っていたので、このあと待ち合わせのあった私は諦めてそのまま去った。

今週末(9月27日)までなので、ご覧になりたい方はお見逃しなく!

尚、このあとインタートラベラーは鹿児島へ旅を続けるそうです。

インタートラベラー霧島編 「12匹の詩人」展
2009年10月9日(金)~12月6日(日)
鹿児島県霧島アートの森



このチラシでは、インタートラベラーは「孤高の旅人」風。