泉田 裕彦 34万5千 自・公=推薦 旧自由=支持
多賀 秀敏 29万9千 民・社・連合=推薦
小林 一三 19万9千(保守系)=元新津市長
宮越 馨 11万0千(保守系)=前上越市長
川俣 幸雄 4万6千 共産=推薦
伊藤 雄二 4万2千
知事選は自民・公明推薦、民主・旧自由党系が支援した泉田裕彦が勝利した。
投票率は53・88%で過去二番目の低さ。
出口調査によると、自民が苦手とする無党派層でも3割から得票した。
地域的にみると地元・加茂市など県央で他候補を圧倒。県内市町村の七割弱に当たる六十七市町村でトップで、郡部では多賀氏に四万票以上の差を付けた。
最も存在感を示したのは、県議会最大会派の自民ではなく、民主の県連代表代行・渡辺秀央参院議員だった。
平山知事の与党のうち自民・公明は泉田、民主・社民は多賀秀敏を担いだ。
泉田・多賀どちらが当選しても平山時代の体制は終焉を迎える形だった。
無党派層が多いとされる新潟市での街頭演説は、菊田真紀子衆院議員、森裕子参院議員の民主党旧自由系が主導。
選挙戦最終盤では渡辺秀央が自民県連幹部に運動の指示を出す場面もあった。
自民党も一枚岩にはほど遠かった。
田中直紀参院議員・桜井新参院議員が泉田支援に動くことはなかった。
また、自民党の一部が小林を擁立するなど、こちらも足並みが乱れた。
民主・社民・連合新潟は多賀を擁立し、「新潟方式」で非自民県政を目指した。
多賀は他候補に比べ実質的な選挙活動のスタートは早く、テレビコメンテーターを務め、知名度は高かった。
そのため、客観的に見れば多賀優勢は動かないとの見方が大勢であった。
しかし、民主は旧自由系の分裂により党本部の推薦が出ず、国政選挙のような「自民対非自民共闘」の構図を浸透させることができなかった。
多賀 秀敏 29万9千 民・社・連合=推薦
小林 一三 19万9千(保守系)=元新津市長
宮越 馨 11万0千(保守系)=前上越市長
川俣 幸雄 4万6千 共産=推薦
伊藤 雄二 4万2千
知事選は自民・公明推薦、民主・旧自由党系が支援した泉田裕彦が勝利した。
投票率は53・88%で過去二番目の低さ。
出口調査によると、自民が苦手とする無党派層でも3割から得票した。
地域的にみると地元・加茂市など県央で他候補を圧倒。県内市町村の七割弱に当たる六十七市町村でトップで、郡部では多賀氏に四万票以上の差を付けた。
最も存在感を示したのは、県議会最大会派の自民ではなく、民主の県連代表代行・渡辺秀央参院議員だった。
平山知事の与党のうち自民・公明は泉田、民主・社民は多賀秀敏を担いだ。
泉田・多賀どちらが当選しても平山時代の体制は終焉を迎える形だった。
無党派層が多いとされる新潟市での街頭演説は、菊田真紀子衆院議員、森裕子参院議員の民主党旧自由系が主導。
選挙戦最終盤では渡辺秀央が自民県連幹部に運動の指示を出す場面もあった。
自民党も一枚岩にはほど遠かった。
田中直紀参院議員・桜井新参院議員が泉田支援に動くことはなかった。
また、自民党の一部が小林を擁立するなど、こちらも足並みが乱れた。
民主・社民・連合新潟は多賀を擁立し、「新潟方式」で非自民県政を目指した。
多賀は他候補に比べ実質的な選挙活動のスタートは早く、テレビコメンテーターを務め、知名度は高かった。
そのため、客観的に見れば多賀優勢は動かないとの見方が大勢であった。
しかし、民主は旧自由系の分裂により党本部の推薦が出ず、国政選挙のような「自民対非自民共闘」の構図を浸透させることができなかった。