選挙ブログ

選挙を中心に政治の話題を取り上げていきます

04参院選~福井 

2004-01-17 | 富山・石川・福井
=自民= 
 
 山崎は大野市議・県議・参院議員と政治家の階段を上ってきた。
 福井県土改連会長として地域の公共事業に細かい目配りをし、20万票を越す得票を得てきた。
 自治体や職場ごとに自前の後援会をもっているのが強みだ。


【訪朝】
 
 山崎は、日朝首脳会談に臨む小泉首相に同行して北朝鮮入り。
 政府専用機の予備機で拉致被害者の子供5人とともに帰国した。

 その中に小浜市の拉致被害者の子供3人が含まれていた。
 山崎陣営は、訪朝が選挙にプラスに作用すると期待していた。
 しかし、訪朝の評価について国内の世論は割れた。
 10人の安否不明者などについて進展がなかったためだ。
 しかし、評価が批判を上回り、トータルとして、プラスに作用した。

【知事選】

 県内にくまなく築き上げた支持基盤をもとに知事の座をめざし、立候補を表明。
 しかし、西川一誠知事との間で保守層が分裂し、共倒れになることを恐れた森喜朗前首相ら自民党幹部の説得工作で、立候補を取りやめた。
 結局、次期参院選で三選をめざすことになった。
 
【自民党県議団】

 足元の福井自民の動きは鈍かった。
 原因は、03衆院選の党公認候補問題に端を発した執行部と反執行部の対立だ。
 これに若手の長老支配への反発もからみ、30人の自民会派が3分裂した。

 参院選での山崎支持の姿勢は変わらないものの、23人の県議が属する反執行部の「新政会」は、県連と別の山崎選対を構えた。

=民主=

 民主党公認候補は、ラジオ司会者五十川真季子。
 鈴木宏治県議、堀川秀樹・福井市議が中心となって活動する。
 福井県内の徒歩縦断で、有権者にアピールする。

【無党派】

 民主党は、03衆院選で福井2区の若泉征三を比例区北陸信越ブロックで復活当選させたが、3小選挙区は自民の独占を許した。
 全国的に進んだ二大政党制への流れから福井は取り残された。
 無党派層を十分に取り込めなかったのが原因だ。

 堀川市議は知り合いの五十川に白羽の矢を立て立候補を要請していた。
 候補者擁立委員会も五十川氏の擁立を決めた。
 鈴木県議と堀川は労組を前面に出さず、ボランティア主体の陣営をつくった。

 五十川は政党・労組色が薄め、無党派層への浸透を狙った。


【労組依存からの脱却】

 連合依存からの脱却を最も強く打ち出したのが、鈴木であった。
 労組出身の元県議の擁立が持ち上がったが、鈴木は激しく反発した。
 03知事選で約20万票をとって惜敗した高木文堂との話し合いがまとまらず、候補者選びは難航していた。

 五十川の後援会の初会合、集まったのは五十川の仕事仲間や高校時代の同級生たちだった。
 そこに、北陸入りしていた岡田克也も顔を出した。

 福井市内であった五十川の事務所開きで、連合福井の馬場修一会長は壇上で五十川と握手を交わした。
 基盤が脆弱な県内の民主党はまだ連合に頼らざるを得ない現実がある。

 民主党候補は、落選したが98参院選で11万票、01参院選で小沢喜久子が10万票を集めた。
 いずれも国政選挙初挑戦で、それぞれ公示の半月前・2カ月半前に擁立された。 得票は、連合福井の力によるところが大きかった。
 五十川は連合傘下の27産別、8地域協議会へのあいさつ回りに、過去の民主党候補と同程度の時間を割いた。
 福田修治・県連幹事長は「無党派層へのアピールは、連合票を固めてから」と連携を強調する。

=中間情勢=

 山崎が五十川を引き離し、安定した戦いぶり。
 山崎は、自民支持層の9割を固める。
 課題の女性票対策でも50代以上を中心に浸透。
 自営業者層や農林漁業者層などで強みを発揮している。

 五十川は民主支持層の9割を固め、無党派層の支持ではリードする。
 女性候補をアピールするが、主婦層への浸透度は低い。

=開票結果=

当選 山崎 正昭   219  自・現
落選 五十川真季子 147  民・新
落選 宇野 邦弘   24   共・新  (千)


【福井】 山崎 580  五十川 418


【敦賀】 山崎 142  五十川 146


【武生】 山崎 167  五十川 147


【小浜】 山崎  98  五十川  64


【大野】 山崎 133  五十川  58


【鯖江】 山崎 162  五十川 123


【坂井】 山崎 236  五十川 161