32 戦後日本の文化状況 -10-
■まとめと考察
⑵ 「報道メディア」の描き方 4/4
1 「ラジオ・テレビ放送」の描き方
●全体として、《テレビ放送が始まり、社会に大きな影響を及ぼし続けた(続けている)》ことを描いている。 → 〇 育鵬社、東京書籍、帝国書院、清水書院。
●上記について描いていない。 → △ 自由社、教育出版、日本文教、学び舎。
●「…高度経済成長期は、テレビの時代でした。」という”おおげさな”表現は妥当でなく、中学生に誤解を与える可能性がある。 → △ 東京書籍。
※高度経済成長期を直接体験した(ほぼ60歳以上の)あなたは、「高度経済成長期は、〇〇の時代でした。」という文において、〇〇に何を入れますか? たぶん、人によりさまざまな事柄があげられると思います。69歳の私は、「新しいものが次々に現れた」という言葉を入れます。
私の記憶では、テレビに”釘付け”になったのは、まず子供、次に「専業主婦」だったと思います。多くの「労働者(※主に男)」は、《一日10時間以上働き、休みは日曜だけの「勤勉な働きバチ」(※良い意味で)》であって、”浮かれたテレビ”を観る余裕もなく、また、そのような「女子供の娯楽」を観るような精神状態にもなかったような気がしますが…
東京書籍のような”偏った表現”は、歴史書には適当ではないでしょう。
2 「その他の報道マスメディア」の描き方
●新聞、雑誌、インターネットなどのメディアの興隆を描いている。 → 〇 育鵬社、東京書籍、帝国書院、清水書院。
●上記について描いていない。 → △ 自由社、教育出版、日本文教、学び舎。
※高度経済成長期以後は、「情報の時代」とも言われてきた。重要な歴史事象(要素)だろう。
3 「全体的状況・社会的影響」の描き方
●全体として、《マスメディアが、社会に大きな影響を及ぼし続けた(続けている)》ことを描いている。 → 〇 育鵬社、東京書籍、帝国書院、教育出版、清水書院。
●上記について描いていない。 → △ 自由社、日本文教、学び舎。
●東京書籍の「…テレビの映像や音声を通じて…国民の考えが均質化していきました。」という表現は、妥当ではない。 → △ 東京書籍。
※娯楽面ではそうだったようだが、政治や思想面においては、テレビ報道は明らかに「分裂」を”あおる”ものだった(今でも)。実際、基本国策でさえ異にする2大政党(自民党と社会党)に分裂していたのが史実。ちなみに、(18歳から26歳まで東京に住み、「理想的共産主義思想」に共感していた私でさえ、)社会党とは「何でも反対する政党」、つまり、日本の将来について何の責任も持とうとしない”反日の政党”という記憶しかない。
●《占領期の「民主化政策」時代》について、まちがった事実を描いている。 → ✖ 帝国書院。
※1 占領期は「言論の自由が回復」どころか、GHQによる過酷な言論統制と弾圧が行われた。その後も「自主規制」は続いた(ている?)ようだ。
※2 戦後日本人が「(真剣に)平和の意味を考えるように」なったことについて、その多くは、《GHQによる「偏った情報」や「民主化政策」》に因るものではなかったとしか思えない。つらかった戦争の体験がそうさせたのだと思う。
「GHQによる「民主化政策」や ”洗脳工作” にのせられたのは、”あまり賢くない人々”と、”戦後利得にありつこうとするさもしげな日本人” だったように思う。
~次回から、⑶各文化の状況~
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著者:松永正紀 教育評論家 /h22年度 唐津市・玄海町:小中学校校長会長》※記事の不備等に関するお願い…《ブログ「やおよろずの神々の棲む国で」の記事》が原典。他に2つのサイトに同時に投稿中。不備等の後日修正は原典のみで実施中ですが、事情により原典ブログではコメント機能を止めています。ブログの内容に疑問がある場合は、投稿中の2つのサイト<AまたはB >へのコメントで教えてください。