ついに壬生

2010-05-09 20:56:21 | Weblog
 行きの小走りと三条大橋経由で、烏丸に戻った時点でけっこう疲れていた。あと一駅、とがんばらないほうがよかったのか。(次回は絶対一日乗車券を使おう。。。)
 今日は重い荷物をもって移動したこともあって、少し腰が痛かった。そんな疲れを感じながら、これだけ歩いていたらそれがふつうなのだ、とふと気がつく。不思議なことに昨日の高野山の疲れはまったくといっていいほどないのだ。二万五千余歩も歩いているのに(しかも雨の中標高800メートルのところを)足も腰も痛くないのはどうしたことか。今回はナイキタカオで歩いたが、それは高尾山から八王子駅まで行くのと歩数的にもほぼ同じ条件で、その場合足が曲がらなくなるくらい痛む。「高野山にいると疲れない」と休憩所で一緒になったおばちゃんが言っていたが、本当なのかも。
 最後はもう意地というか、この目で壬生を見てやる、という気概というか。その一念で前に進み続けるのみ。

 京阪電車の四条大宮駅を過ぎ、「壬生寺左折」の看板を見た時はドキドキした(笑)。この角を曲がったところに、新撰組がいた。キャーキャーキャー! ……結局ミーハーなんですよね。
 角を曲がって京阪線の踏切を渡って古い家並みと白壁の通りを目にした途端、急に懐かしさがこみあげてきた。以前行った美濃や木曽宿の古い街並(道幅も広くない)と似ているからなのか。もしかして前世ではここら辺に住んでいたのかな? とまたも宗教の壁を越えた発想が頭に浮かぶ。
 今日もコーヒーを持って来ていて(毎日水筒もって出かけてて、ホント遠足ですね☆笑)、イメージでは鴨川沿いか壬生の辺りで一服……だったのだが、鴨川沿いは小走りに抜けたし、こちらはどうかというと八木邸は閉まっていて、「隊士の腰掛け石」に座っていても追い払われた(二重に柵をかけるらしい)。もうかなりくたくただし喉も渇いていたが仕方がない。そのまま新徳寺と壬生寺を外から見学、光縁寺を目指すも迷ってしまい、地図を見たらさっき懐かしさとミーハーさで気を失いそうになった辺りに旧前川邸があったことを発見、もう一度戻ることに。
 ほんと、地図で見ると全然大した距離じゃないのに歩くとそれなりにあるのが京都の不思議なところかもしれない。

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