山川草一郎ブログ

保守系無党派・山川草一郎の時事評論です。主に日本外交論、二大政党制論、メディア論などを扱ってます。

社民党の消滅と「新しい階級」

2003年11月24日 | 政局ウォッチ
9日投開票の衆院選で大幅に議席を減らした社民党。その責任を取る形で土井たか子党首が辞任した。土井氏自身、選挙区を自民党候補に譲り渡し、比例選での復活当選で議員バッジを何とか守る有様だった。

そもそも土井氏は、自身の分身とまで言われた元秘書の逮捕の時点で責任を取って辞めるべきだった、というのが市井の大多数の意見だ。確かに、衆院議長まで務めた政治家がスキャンダルで公職を辞するのは耐え難い屈辱だったに違いない。それに比べ「選挙で負けた責任を取る」という辞任理由は何とも潔く耳に響く。

しかし、有権者の多くは「駄目なものは駄目」が口癖だった土井氏が、スキャンダルに頬被りして党首の座に居座り続ける姿に失望したに違いない。今般選挙での議席減は、まったく別次元で「土井党首の責任」だった。酷な言い方をすれば、土井氏はメンツのために党を犠牲にしたのだ。

★マルクスレーニン主義の終焉

自民党の亀井静香元政調会長は、社民党の退潮を「根っこのマルクス・レーニン主義が腐っちゃったんだから当然」と言い切った。「村山内閣のときに正しい方向に舵を切ったのに、土井さんが元に戻したちゃった」とも。かつて政権党への復帰のため、社会党委員長を首相に担ぐ「奇策」を考えた人だけに、皮肉のこもった「弔辞」だった。

そもそも、社民党の前身である「日本社会党」自体が昭和とともに歴史的役割を終えたのだ。1980年代を通じて日本社会は急速に「中産階級」化を進め、「資本VS労働」の階級闘争を机上の論争、国際政治理論にのみ残して事実上解消してしまった。「労働」側の政治主体である社会党も存在意義を薄めた。

ベルリンの壁が崩壊したのは1989年。同じ年、国内では土井たか子氏が女性初の党首として、社会党委員長に就任。同年の参院選で「マドンナブーム」と呼ばれる大勝を収めた。参院選の最大の争点は「消費税」だったが、土井氏は「消費税反対」を明確に主張し、主婦とサラリーマンの味方という清新なイメージを有権者に植え付けるのに成功した。

★進歩派論壇と「無党派層」

80年代末から90年代初頭にかけての、ごく短い時期は戦後日本の「進歩的論壇」が最後の花を咲かせた瞬間だった。久米弘氏の「ニュースステーション」の放送開始が85年。2年後には筑紫哲也氏の「NEWS23」が始まった。

彼らの登場は「おたかさん」ブームと機を一にしていた。視聴率を左右する都市の主婦やサラリーマンにターゲットを絞り、新しい時代の「オピニオンリーダー」として、政治意識は高いが「労働」サイドへの帰属意識を持たない新たな社会集団を統合していった。

のちに「無党派層」と呼ばれる、この新たな社会集団は当初、土井氏率いるニュー社会党に「都市生活者の代弁者」役を期待した。「消費税反対」の明確な主張はその期待に答えるのに十分だった。しかし、土井社会党の実態は、相も変わらず労働組合の指令の下にある組織政党であり、そのことに無党派の人々が気付くまでに、そう時間はかからなかった。

土井氏は歴史的使命を終えつつあった政党の党首として、一時的に国民の望む幻を見せただけだった。その意味で彼女は、現在彼女自身が「パフォーマンスだけ」と批判する小泉純一郎首相と、なんら変わらなかったのである。

無党派層は「烏合の衆」ではない。「無知な大衆」でもない。彼らはむしろ、久米、筑紫両氏らの啓発によって「自我」を得た、新しい階級である。彼らが無党派である理由は、真に支持すべき政党、帰属意識を感じられる政党がいまだ未成立な社会の現状によるものだ。

一時は社会党に期待したものの、「湾岸戦争」や「朝鮮半島危機」などの国際秩序の変動を経験し、この新しい階級は「反戦」や「日米安保反対」に固執する社会党に違和感を感じはじめた。さらに少子高齢化という身近な危機が、「消費税反対」という社会党のお題目から説得力を奪い去った。

彼らの政治的共感は、自民党幹事長として「政治改革」を唱えていた小沢一郎氏や、サラリーマン層を強く意識する「日本新党」を旗揚げしたばかりの細川護煕氏へと移りつつあった。

★10年目の目覚め

93年の細川政権樹立は、この傾向を決定付けた。これにより、無党派と呼ばれた国民の7割を占める「声なき多数」の人々は、ついに心から支持すべき政治勢力を得るはずだった。そのためには政権与党となった8党1会派が、彼ら新しい階級を代表する政党として結束する必要があったが、与党の中核をなしていた社会党はその歴史的選択を誤り、村山富市委員長の首相就任と引き換えに自民党の政権復帰に手を貸したのだった。

社会党の去った新興勢力内では、特定宗教団体に支配された公明党の存在が際立ち、もはや、新しい階級が帰属意識を持ち得る新党への可能性は閉ざされてしまった。新しい階級として目覚めたはずの無党派層は、この後10年にわたり「無関心層」として、深い眠りにつく―。

民主党の台頭は、新しい階級にとって、細川政権以来の「代弁者」の登場である。今般の衆院選での議席増は自民党に対峙する「無党派」党の成立を印象付けた。

もはや無党派層は無党派層ではない。民主党が次回衆院選で政権を獲得し、4年間以上にわたり与党としての実績を積めば、「無党派」と呼ばれた新しい階級は、「民主党支持層」と呼ばれることになるだろう。

2大政党制は、巨大政党が2つあれば成り立つものではない。それぞれの政党を支持し、帰属意識を感じる有権者が存在して初めて成立するものなのだ。

社会党のニューリーダーとして、新しい階級の支持を得た土井氏は、80年代後半に参院で首相に指名されるなど絶頂を極めた。現在、民主党を率いる菅直人代表も、かつて参院で首相に指名されたことがある。ふたりとも、新しい階級を「市民」という概念でとらえ、巧みにその心をつかんだ。

菅氏が今回衆院選の結果に慢心を抱き、新しい階級のニーズを読み誤らないことを期待したい。10年の眠りから覚めたサイレントマジョリティーを、再び無関心の檻に閉じ込めないために。 (了)


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