権力闘争のマナー

自民党総裁選の話題が花盛りだが、けさの朝日新聞に面白いエピソードが紹介されていた。１９９９年の総裁選。再選を目指していた小渕恵三首相に加藤紘一、山崎拓両氏が挑戦した時の話だ。

小渕氏優勢のなか、加藤氏は「この総裁選をさわやかな政策討論会にしたい」と話していた。これに対して、小渕氏が「冗談ではない。総裁選は常に権力闘争だ」と、珍しく語気を荒らげて話すのを聞いたことがある。
　
総裁選後、小渕氏は人事で加藤、山崎両氏には耳を貸さなかった。それどころか、加藤氏のライバルだった河野洋平氏を外相に起用して対抗意識をむき出しにした。当時は「やはり権力闘争だ」と実感したものだ。
（星浩編集委員「闘争？討論会？総裁選『熱い喧嘩』見たいが…」8月29日朝刊）

選挙後、人事の相談をしようと電話してきた加藤氏に、小渕首相は「あなたは私を追い落とそうとしたじゃないか」と言い放ったという話は有名である。

この話を聞いた時は、「いつもニコニコ」のイメージで知られた小渕首相の「隠された一面」を見た気がしたものだが、冷静に考えれば小渕氏のお怒りはもっともだ。

現職の総理総裁が「続投したい」と手を挙げているのである。その選挙に対抗馬として立候補することの意味を、加藤氏はあまり理解していなかったようだ。

加藤、山崎両氏は焦っていたと思う。「経世会支配」と共に戦ってきた同志・小泉純一郎氏は、これに先立つ95年、98年の総裁選に立候補し、着実に総裁候補としての認知度を固めつつあった。

「ＹＫＫ」と称された盟友関係では、加藤氏が長男、山崎氏が次男、小泉氏は三男役と目されていた。「自民党のプリンス」「総理の椅子に最も近い男」といわれた加藤氏が、機が熟するのを待っている間に、失うもののない三男坊は着実に歩みを進めていたのである。

その小泉氏の初陣は95年の総裁選。橋本龍太郎氏以外に立候補の動きがなかったところへ、勝つ見込みもなく手を挙げたのが小泉氏だった。結果は予想通りの敗退。しかし小泉氏の心意気を買った橋本氏は、小泉氏を入閣させた。

正々堂々と論争し、勝負がついたらトップを支える。加藤氏のいう「さわやかな政策論争」の姿がそこにはあった。小泉氏を厚遇した橋本首相のような「懐の広さ」を、加藤氏は小渕首相に期待していたのかもしれない。

しかし、加藤氏は大きな「違い」を見落としていた。小泉氏が手を挙げた95年総裁選と、加藤氏が臨んだ99年総裁選の相違点。それは「現職候補の有無」である。

ここに小泉氏が初めて出馬した95年総裁選以降の、立候補者を並べてみた。★印は現職総裁である。

1995年 橋本龍太郎 小泉純一郎
1997年 ★橋本龍太郎 (無投票再選)
1998年 小渕恵三 梶山静六 小泉純一郎
1999年 ★小渕恵三 加藤紘一 山崎拓
2000年 森喜朗 (無投票)
2001年 小泉純一郎 橋本龍太郎 麻生太郎
2001年 ★小泉純一郎 (無投票再選)
2003年 ★小泉純一郎 亀井静香 藤井孝男 高村正彦

こうして見れば、小泉氏が「数打てば当たる」とばかりに毎回立候補していたわけでなく、その出馬には一定の法則があったことが分かる。それは

「現職総裁が続投に意欲を示している場合は、立候補しない」

という流儀である。
中曽根後の日本の政権は、短命が続いた。私的な都合や思惑で、国家のトップがたらい回し（禅譲と呼ばれる）されたり、引きずり降ろされたりする姿を、小泉氏はしばしば批判してきた。

長期政権でしか日本経済は安定しない。その信念から、彼は「政権を私物化する勢力」に反抗してきた。と同時に、自らの権力欲のために党総裁を引きずり降ろすような行為を批判し、彼自身も総裁選で現職と争うことはしなかった。

国民に不人気だった森政権を支え、森喜朗首相に「辞めるな」と言い続けた。「森降ろし」を画策する経世会に対して「自分たちで担いでおいて何を今さら」と強く反発し、一方で加藤、山崎両氏の起こした党内クーデター（加藤の乱）にも手を貸さなかった。

民主党内で続く身内の闘争に関して、小泉首相はよく苦言を呈した。「こらえ性がない。すぐに党首を変えてしまう。少しは支えようという気持ちがないと」と。

彼の言動にはさまざまな批判があるが、少なくとも「自分たちで担いだリーダーを軽々しく引きずり降ろすべきでない」という一点においては、一貫している。

現職首相に反旗を翻すなら、それだけの覚悟が必要だ。小渕首相に歯向かった加藤氏や山崎氏、小泉首相に対抗した藤井氏や高村氏に、そこまでの覚悟があっただろうか。（ちなみに01年総裁選で戦った麻生氏を、小泉首相は政調会長、総務相、外相と重用している）

「首相になるチャンス」など、実際はそう多くない。一つの政権が長く続けば、それだけ他の「首相候補」が首相になるチャンスは失われていく。それは仕方のないことだが、我慢のできない政治家は案外多い。

5年半続いた小泉政権は、それだけ多くのチャンスを他の政治家から奪い去った。かつて盟友と呼ばれた加藤氏や山崎氏は、いつの時点かで「禅譲」を期待したかもしれない。しかし、小泉首相にそのつもりは最初からなかった。その意味において、彼は間違いなく「非情の宰相」だった。〔了〕