山川草一郎ブログ

保守系無党派・山川草一郎の時事評論です。主に日本外交論、二大政党制論、メディア論などを扱ってます。

首相の失言を深読みする

2006年06月29日 | 政局ウォッチ
少し前の話になるが、森喜朗前首相が民放のテレビ番組に出演し、首相時代の自らの「失言」について、こんな趣旨の弁明をしていた。「自分は『無党派層は寝てろ』なんて言ったんじゃない。『そうはいかないから、しっかりやらないといけない』と言ったんだ。それをマスコミが悪意をもって一部だけ取り出して報道した」

何度も聞いた理屈なので、おそらく周囲から疑問を差し挟まれたことはないのだろうが、正直に言って、私にはこの弁明が弁明になっているのか、よく分からない。

問題の発言があったのは森首相のもとで迎えた2000年夏の衆院選時。ちょうど終盤戦に差し掛かった頃、地方遊説で訪れた某所で、森首相は冗談めかしてこう発言した。

「無党派層が『関心ない』と言って寝ててくれたらいいが、そうもいかない」

発言の趣旨は、確かに森氏のいうように「そうはいかないのだから、気を引き締めて最後の最後まで頑張ってほしい」ということだったのだろう。

しかし、不人気だった首相のこの発言は、テレビやスポーツ新聞で「無党派層は寝てて、首相が発言」などと大見出しで報じられ、かえって無党派層の選挙への関心を高める結果になった。

「内向け」の発言が「外部」に伝わり、予想外の結果をもたらす。それは「神の国」発言にみられるような、森氏独特の軽口がもたらした舌禍の典型例でもあった。

この森発言は、自民党内部から「なんで、わざわざ寝た子(=無党派層)を起こすようなことを言うのか」と批判を浴びた。そのたびに森氏は「いや、言いたかったのは後段の『そうはいかないから気を引き締めて』の部分なのだ」と釈明した。

この釈明も釈明になってはいないのだが、少なくとも「身内」に対する言い訳としては成立していたように思う。ただし、その理屈は「外向け」にはまったく通用しない代物である。

後段で「そうはいかない」と否定しようが、「無党派層が寝ててくれればいい」と一国の首相が願い、実際にそう発言した事実は消えない。政府は選挙のたびに「投票に行きましょう」と呼び掛けている。その政府を代表する立場の人間が、投票率の低下を期待するような発言をしたのだから、問題になるのは当然だろう。

「無党派層が『関心ない』と言って寝ててくれればいいが云々」を「無党派層は寝てて」に短縮したマスコミ報道に森氏は不満を感じているようだ。確かに「寝ててくれればいいが」と「寝ててくれ」では重点の置き場が違うが、両者の発言の前提として「寝ててほしい」という首相の本音、願望があることは紛れもない事実だろう。であるなら、いずれも問題発言であることに変わりはない。

そんなことを考えていたら、最近改めて取り上げられる機会が増えている「もう一つの失言」のことが気になり始めた。今年9月で退陣する小泉純一郎首相の「公約破りは大したことではない」発言である。

もっとも森氏と違って、小泉首相はこの発言が「不適切」だったことを認めて陳謝しており、今は言い訳をしていない。つまり「失言」であることが確定してしまった失言なわけだ。

しかし、「エンゼルあつみの永田町観察日記」によると、その小泉氏も発言当時は「マスコミ得意の、一部だけ抜き取り、ワンフレーズだな。全体の流れを見てよ。公約は大事だ」と釈明し、自身の失言を否定していたようだ(2003年1月31日号 ホントに「大したことない」の?首相の暴言に国会が揺れた)。

そこで、改めて正確な発言を確認しようと、インターネットを探してみた。ヤフーで「小泉」「公約」「大したことない」を検索すると900件以上がヒットする。当然ながら大半が批判的な引用なのだが、読み進めるうちに、その中の首相の発言内容がそれぞれ微妙に違っていることに気が付いた。主なものを拾ってみよう。

◇岡田克也民主党代表(05年1月)
 小泉総理はかつて30兆円に関し、「大きな約束を守るためには、この程度の約束は守れなくても大したことない」と答弁されました。

◇枝野幸男民主党衆院議員(04年4月)
 総理の公約軽視は今に始まったものではありませんが、これほど堂々と公約を破ったことについて、どういう責任をとるんでしょうか。またしても、大したことないと開き直るのでしょうか。

◇枝野幸男民主党政調会長(03年)
 公約破りを「大したことない」と公言し、国民を破滅に追い込もうとする小泉総理である。このような内閣に貴重な国民の税金の使い道を決める資格はない。

◇鈴木寛民主党参院議員(06年2月)
 小泉総理自身が、公約を破ろうが大したことないと公言して以来、日本中の至る所で約束違反、ルール違反が横行し、専門職のモラル崩壊が起こっています。

◇小川敏夫民主党参院議員(05年1月)
 総理は、就任早々、国債の発行は三十兆円を限度とするというふうに公約しましたが、すぐにそれは公約なんぞ大したことないと言ってこれをほごにして、毎年三十六兆円前後の国債を発行しておると。

◇玄葉光一郎民主党衆院議員(03年10月)
 小泉さんは、公約は大したことない、こう言っちゃったわけですね。だけれども、公約というのは重いんでしょう。

◇北川正恭早稲田大大学院教授(04年8月言論NPOメールマガジンVol.93)
 民主主義の権化者たる内閣総理大臣が「公約を破っても大したことない」と言ったときに、総理も総理だけど、国民もマスコミも怒らなかったではないか。この程度だった。


ちなみに、前掲の「エンゼルあつみの永田町観察日記」は、首相の発言を 「もっと大きなことを処理するためには、この程度の約束は守られなくても大したことはない」と引用している。私が記憶していた発言の趣旨もこれに近い。

実際の発言は、当時の国会議事録(03年1月23日衆院予算委員会)に記録されていた。それによると、質問者の菅直人民主党代表(当時)と小泉首相とのやりとりは次の通り。

○菅(直)委員
 いいですか。総理は、首相になる前後の中で、国民の皆さんに対して三つの公約をされております。首相に就任したら、八月十五日に、いかなる批判があろうとも必ず参拝する。二つ目には、財政健全化の第一歩として、国債発行を三十兆円以下に抑える。三つ目には、ペイオフについて、予定どおりペイオフ解禁を実施します。この三つの約束を国民にされました。
 総理、この三つの約束の中で、一つでも守れた約束がありますか。

○小泉内閣総理大臣
 誤解していただきたくないんですが、私は、確かにこれは約束はいたしました。しかし、私の最大の国民に対する約束は行財政改革ですから、そういう改革の中でこういうことを言ったのも事実であります。
 靖国神社に対しては、八月十五日に行けなかったのは残念でありますが、それぞれ中国、韓国の立場も考えて、十三日に参拝いたしました。これは、昨年もことしも参拝しましたけれども、菅さんは、靖国神社参拝すらいかぬというんでしょう。そこら辺は、菅さんと私とは全く違います。
 私は、靖国神社は、総理大臣である小泉純一郎が参拝して悪いと思っていません。しかし、菅さんは、靖国神社、いつでも参拝しちゃいかぬと思うのは菅さんでしょう。そこが私はわかりません。
 また、国債発行枠三十兆円以内。これはなんですか、菅さんが幹事長のとき、民主党は三十兆円枠を法律で縛れと言ったんですよ。私は、これは、経済は生き物だ、状況を見て、大胆かつ柔軟に対応する必要があるから、法律で縛る必要はないと言ったんですよ。それで、状況を見て、大胆かつ柔軟に考えて、発行枠三十兆円以下に抑えるというのをやったんだ。だから、これは、菅さんが、それじゃ、三十兆円以下に守らなきゃいかぬという法律を出した、そのとおりやったらどうなったかという議論をしなきゃいけないんだ。
 これはペイオフの、もう一つ何だっけ……(菅(直)委員「ペイオフ」と呼ぶ)ペイオフね。これは、金融改革をいかに円滑に実施するか。ペイオフ延期と実際の金融改革とどっちが大事か。金融改革を円滑に実施する方が大事だという観点から、これは延期するのが妥当であると、むしろ促進するためにやった措置であります。

○菅(直)委員
 いいですか、相変わらずはぐらかしていますね。私の意見は幾らでも言いますけれども、私のような意見だけじゃない人もたくさんあるんです。総理にこのことをそのままやってくれと望んでいる人もあるんです。靖国神社にこのとおり参拝してほしいと望んだ人もいるんです。多分、そういう人は、こういう約束をされたから自民党総裁選で総理のことを応援したんじゃないですか。私は応援していませんけれどもね、当たり前ですが。自民党員じゃありませんから。
 国債発行額についても、また、民主党がどう言ったこう言った、いや、それはちゃんと答えましょう。しかし、最初に言い出したのは総理自身じゃないですか。総理は国民に対して約束したんじゃないですか。民主党に対して約束したんじゃないですよ。ペイオフもそうです。この三つとも約束が守られていないという意味ですね、今の答弁は。

○小泉内閣総理大臣
 今の言うとおりならば、確かに、そのとおりにはやっていないということになれば約束は守られていない。
 しかし、もっと大きなことを考えなきゃいけない、総理大臣として。その大きな問題を処理するためには、この程度の約束を守れなかったというのは大したことではない。(発言する者あり)

○藤井委員長
 御静粛に願います。ちょっと待ってください。活発な議論は結構でございますが、御静粛にお聞きいただきたいと思います。菅君。

○菅(直)委員
 よく国民の皆さんにはわかっていただけたと思いますね、今の答弁で。
 この程度という話ですよ。つまり、総理大臣になる、あるいは自民党総裁になる、そのときの選挙で言うことは、この程度の約束は後になったら幾らでもほごにしてもいいんですよということをみずから認められた。国会での答弁も、この程度の答弁で後で縛られることはない。これから何を聞いても、総理が言うことはこの程度だというふうに皆さん聞くでしょうね。私もそうしましょう。


今読み返しても、首相の国会答弁としては余りに乱暴だし、明らかに不用意な発言だ。おそらくは菅氏の挑発に乗せられて、思わず「本音」を口にしてしまったのではないか。

ただ、よく読むと、首相の発言が正確には「この程度の約束を守れなかったというのは大したことではない」であることが分かる。このセンテンスを深読みすると、首相が「大したことない」と言っている対象については、2つの解釈が成り立つのではないか。すなわち―

(1)「この程度の約束」を守れなかったのは大したことではない。

(2)この程度の「約束を守れなかったこと」は大したことではない。

この2説を、首相の意図を想像で補いつつ言い換えると、次のようになる。

(1)そもそも「国債30兆円枠」という公約そのものが優先順位の低い公約であり、その程度の公約を実現できなかったからといって、大した問題ではない。

(2)「国債30兆円枠」という公約を掲げたが、実際には経済情勢に鑑み、数兆円オーバーを許した。厳密には公約違反かもしれないが、数兆円レベルの違反は、公約の趣旨から言って大した問題ではない。

両者の違いはつまり、「大したことない」と言っている対象が「公約」または「公約違反」なのか、あるいは公約違反の「度合」なのか、ということになろう。

「この程度の約束」か、「この程度の、約束を守れなかったこと」か。発言自体があいまいなため、小泉首相が意図したのがどちらだったのかは、分からない。むしろ素直に聞けば、「この程度の約束」と取るのが自然だろう。菅氏もそう受け取って議論を進めているようだ。

いずれにしても、国会での首相答弁にふさわしい発言内容ではなく、首相にとっても、いたずらに野党に追及材料を与えるだけの不用意な発言だったことは間違いない。「大した違いではない」と言われれば、それまでの話ではある。〔了〕


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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2010-06-15 15:27:55
こういう記録が残ってると便利ですね。
もちろん民主党へのブーメランとしてですが。
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