山川草一郎ブログ

保守系無党派・山川草一郎の時事評論です。主に日本外交論、二大政党制論、メディア論などを扱ってます。

「大連立」騒動の火元 

2005年12月20日 | 政局ウォッチ
「小泉首相が民主党の前原代表に大連立を持ち掛けていた」というニュースが、このところ永田町の最大の関心事になっているようだ。現実的に考えて、衆院で過半数を超えている与党が最大野党と連立を組むという構想は、いささか真実味に欠ける。そこで「首相の真意は何か」「公明党へのけん制球だ」「民主党分裂を誘うクセ球では」といったウワサが飛び交うことになる。

「大連立の打診」が明らかになったのは前原代表が米国を訪問中のこと。この外遊で前原氏は、集団的自衛権行使や中国脅威論などをぶち、中国政府と党内の顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまった。

そんな事情もあり、「大連立打診を受けたこと自体が、自民党との対立軸を打ち出せていない証拠」として、反前原派による攻撃材料の一つにされてしまった。だからなのか、何となく一連の騒ぎで得をしたのは小泉首相で、前原執行部には失点となったようにみられている。本当にそうだろうか。

そもそも「大連立打診」報道の火元はどこだったのか。ヤフーニュースで検索する限り、自民・民主の大連立を最初に報じたのは、12月8日午前2時9分最終更新の共同電である。内容は次の通り。

 小泉純一郎首相が今年9月下旬ごろ、自身に極めて近い人物を通じて自民、民主両党の「大連立」の可能性を民主党の前原誠司代表にひそかに打診していたことが7日、明らかになった。前原氏が即座に断ったため首相の大連立構想は「幻」に終わったが、衆院選で圧勝し、与党が衆院で3分の2を超える勢力を獲得したにもかかわらず、民主党に連立を持ち掛けた首相の「真意」をめぐって、与野党に大きな波紋を広げるのは必至だ。
 関係筋によると、この人物が首相の意向を踏まえて前原氏と会談。構造改革推進へ強力な体制づくりや将来の憲法改正も視野に、首相が民主党との連立を望んでいることを説明したという。
 これに対して、前原氏は政権交代可能な2大政党制の確立が必要との立場から、自民党との連立に応じる考えがないことを伝えた。

深夜の配信は「特ダネ」の明かしだ。競争社に知られては翌日の紙面に同じ内容のニュースが載る。契約新聞社に記事を独占させるため、ネット配信を各新聞社の締め切り後にするのは当然の判断だろう。

共同通信の記者に特ダネをもたらした「関係筋」とは誰なのか。深読みすると、最後の一段落が妙に引っ掛かる。直前の「関係筋によると…」で始まる段落は、「…という」で終わっている。関係筋から聞いた伝聞情報だからだろう。

しかし、最後の一文は「これに対して、前原氏は…ことを伝えた」と言い切っている。ということは、記者は前原氏に確認を取ったのか。確認を取ったのなら、最後の段落は次のように書いてもよかったのではないか。

「前原氏は取材に対し、打診の事実を認めた上で『政権交代可能な2大政党制の確立が必要との立場から、自民党との連立に応じる考えがないことを伝えた』と話している」

実際問題、このニュースが流れた当時、前原氏は米国にいた。東京にいる政治部の記者が確認を取るのは難しかったのかもしれない。ただ、もし記者が前原氏に同行して米国にいたとしたら、どうだろうか。本人への直接確認は可能だだろう。

確認を取ってから本国に連絡し、記事が配信されたのが日本時間の午前2時。昼夜反対の米国東部では、ちょうど昼過ぎごろだろうか。

せっかく確認した内容を、なぜ一次情報でなく伝聞のような形で記事にしたのか。もったいないことをしたものだ。あるいは、記者には前原氏への接触を伏せなければならない事情でもあったのだろうか。

共同電の翌日、各社は一斉に「大連立」情報を追い掛けた。同じくヤフーニュースの検索でたどってみよう。毎日新聞は8日午後12時に、「<前原民主代表>「大連立」の可能性99.99%ない」という記事を配信している。

 訪米中の民主党の前原代表は7日午前、「小泉首相が9月下旬、側近を通じて前原氏に自民、民主両党の『大連立』を打診し、前原氏が断った」という共同通信の報道について「関知していない。連立の可能性は99.99%ない。我々は選挙によって政権交代を実現したいという考えに全く変わりはない」と語った。

同じ頃、ロイターは東京発で「前原執行部なら小泉内閣の閣僚でも不思議はない=大連立報道で首相」と打電した。

 [東京 8日 ロイター] 小泉首相は、民主党の前原代表に大連立を持ちかけたと報道されていることについて、民主党の中にも自民党に近い考え方の人がたくさんいるとしたうえで、今の前原執行部なら小泉内閣で閣僚になっても不思議はない、などと話していたことを認めた。官邸内で記者団に語った。
 小泉首相は、民主党側に大連立を持ちかけたのかと聞かれ、「いやそういうことではない」と否定しながらも「民主党の中にも自民党に近い考え方の人がたくさんいる。構造改革に賛成してくれる人ならどなたでも歓迎する、協力するという話はしていた」と述べた。
 しかし、前原氏が代表就任後にあいさつをした際、「今の前原執行部だったら小泉内閣の閣僚になっても不思議はない。協力できるという話はした」と認めたが、「それが大連立ということにはならない」と語った。

毎日の記事では、前原氏は共同の報道について「関知しない」とコメントしている。「関知しない」とはずいぶん古めかしい言い方だが、大雑把に言うと、記者から「こんな記事が流れてますけど」と聞かれた前原氏が「おれ、知らないよ」と答えたということだろう。

前原氏が関知しないのが「打診があった事実」なのか、それとも「共同通信の報道」なのか、記事だけでは判然としない。記事によると、前原氏は毎日の取材に対して連立の可能性を否定し、その理由として「政権交代の使命」を挙げている。共同の「関係筋」が明かしたのと同じ理由である。

ところで、12月13日付の日本経済新聞には、「首相『大連立』与野党揺さぶる 改憲にらみ公明けん制? 民主の党内情勢にも影響」という記事が掲載されている。

 首相は9月に前原氏が代表に就任した直後から秋波を送ってきた。その一つがウシオ電機の牛尾治朗会長を通じた打診だ。「『憲法改正とか、いろいろな改革があるから一緒にやろうと前原さんに伝えてくれ』。そう首相に頼まれたぞ」。牛尾氏は就任あいさつに訪れた前原氏にこう伝えた。
 牛尾氏は松下政経塾の相談役。前原氏は「教え子」だ。経済財政諮問会議の議員として首相に近い人物の伝言だけに、前原氏は「大連立の打診」と受け止め、「真剣に考えます」と答えた。

私が調べた限り、12月20日現在で「首相のメッセンジャー」を特定しているのは、日経のこの記事だけだ。記事から分かるのは、牛尾氏(おそらく共同電のいう「首相自身に極めて近い人物」)は、前原氏との会話で「連立」とは言っていないことである。このことはロイター電に出てくる、「いやそういうことではない」以下の小泉首相の説明と合致する。

だとすれば、首相からの伝言を「大連立のことだな」と受け止めたのは、あくまで前原氏自身だということになる。ならば、共同通信の記者に「首相が前原氏に大連立を打診したことがあった」と明かした人物は誰か。

前原氏からこの話を聞いた人物か、そうでなければ前原氏本人と考えるのが妥当だろう。

おそらく、小泉首相は民主党との連立政権樹立までは想定してはいなかったのではないか。実際、「憲法改正のための大連立」などを喧伝しているのは、山崎拓氏や武部勤氏ら首相周辺の人々であり、首相本人は一度も口にしていない。

一方で、首相は就任あいさつに訪れた前原氏に「あなたなら、いつでも小泉内閣に入れる」と冗談めかして語っている。これは本音だろう。牛尾氏が伝えた首相のメッセージも、そうした過去の発言に沿った内容でしかなく、前原氏が「大連立か」と受け取ったのは、山崎、武部両氏らの発言が念頭にあったための「早とちり」だった可能性が高い。

私は、共同通信の記者に「首相から大連立を打診された」と漏らした「関係筋」は、前原氏本人だろうと推測している。しゃべった相手は、同行の番記者か、政治部出身で親交のある特派員か、といったところだろう。

前原氏本人から聞いた話だから、前原氏に真偽を確認する必要はないし、情報源が悟られないように前原氏との接触は伏せるに違いない。「前原氏は拒否した」という事実だけが伝聞調でないのも、合点がいく。

一方、前原氏が他社の記者に「関知しない」と答えたのは、「しゃべったのは、おれじゃないよ」という意味だったのではないか。首相の伝言を「大連立の打診」と思っていた前原氏にとっては、「重大な極秘情報」を漏らした後ろめたさや、首相への配慮もあったに違いない。

「首相、大連立を打診」の情報は幻だったが、その後の現実政治に影響を与え始めている。東アジア首脳会議出席中の小泉首相のコメントを伝えた次の記事では、首相の「大連立」に対するスタンスが微妙に変化しているのが分かる。

 【クアラルンプール12日共同】小泉純一郎首相は12日夜、クアラルンプールで同行記者団と懇談し、民主党との「大連立」構想について「できるかどうかは情勢による。わたしの任期の前か後か予測できない」と述べ、来年9月までの自民党総裁任期中に民主党と大連立を組むことに含みを持たせた。
 首相は「民主党内にも前原(誠司代表)降ろしの動きがあるようだから、前原氏がどう出るか分からない」と指摘した。(共同通信) - 12月12日20時45分更新

自民、民主両党は来年9月、同時期に党首選挙を実施する予定だ。党内基盤の弱い前原氏にとって「自民党と組むかもしれない」という可能性は、党内左派勢力をけん制するための、有力な武器となるだろう。小泉首相にとっても、事情は同じだ。

可能性は「0.01%」でも残しておいた方がいい。民主党大会を控え、ざわつき始めていた党内に、「大連立」報道は一石を投じたはずだ。その火元が前原氏本人だったとしたら…。前原誠司という政治家は、なかなかどうして“策士”かもしれない。〔了〕



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3 コメント

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前原さんに期待 (さくら)
2005-12-21 17:36:42
TBありがとうございます。

わたしは前原さんは「ポスト小泉」候補だとおもっています。ただ、いまの民主党では、大連立を組んでも、政権を取っても、党内抵抗勢力がいて改革が後退してしまう。そう考えると、やっぱり来年の自民党総裁選候補として20人連れて離党されるのがいいんじゃないかなあと思っています。小泉チルドレンも次の選挙で淘汰されるでしょうから、民主党の改革派が来てくれた形での政界再編がいいと思っています。



「そんなこといって、さくらは自民党政権が続かせることしか考えてないんだろう」と言われそうですが、自民党が続いてくれればそりゃ嬉しいですけど、自民党が続いて国が滅んだら意味がないわけです。党じゃなくて、日本がよくなることは改革路線の継続だと思っているので、「大連立」より「前原総裁候補」を提唱しています



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再編待望論 (山川草一郎)
2005-12-21 19:37:04
さくらさん、コメントありがとうございます。最近は松下政経塾出身の人たちが小泉自民党から出馬するケースが増えてますから、前原氏も今だったら自民党候補だったかもしれませんね。昔は自民党に空きがなかったですから。



実は私も安倍晋三氏よりは、前原氏の方が思想的に共感する部分が多いです。「前原氏が20人連れて離党して、自民党総裁選に立候補」というのは非常に魅力的な政界再編構想に思えます。願わくば、同時に平成研、宏池会の皆さんが大挙して民主党に移籍していただくと、政界図は今よりずっとすっきりするでしょう。



小泉首相が想定しているのも、そういう形での再編劇ではないでしょうか。(前原氏は「大連立の打診」と受け止めたようですが)



もちろん、自民党内で「大連立」を言っている人たちも、その後のガラガラポンを期待しているのでしょうから、手段の違いこそあれ、目指している方向性は首相と変わらないのかもしれません。



次の選挙で民主党が政権をとっても、しばらくすれば思想的な対立(左派と右派の主導権争い)から政界再編が起きるでしょう。



このようなグループに再編されるのが一番自然かもしれません。↓



A)前原誠司・中川秀直・鳩山由紀夫・長島昭久

B)加藤紘一・菅直人・福田康夫・横路孝弘・谷垣禎一

C)小沢一郎・亀井静香・綿貫民輔・平沼赳夫



安倍氏はAとCの中間ぐらいでしょうか。麻生太郎氏はどこだろう。



私自身は、自民党に特段の思い入れはないので、「民主党が次の選挙で政権をとって、前原首相のもとで政界再編」というシナリオも捨てがたいのですが。

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Unknown (けん)
2005-12-23 02:51:48
公明党を排除した自民党と民主党の大連立賛成、公明党は政教分離違反!自民党の改憲案は公明党の政教分離違憲性を薄めるためだ!
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