和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

古書目録とKさん。

2024-01-14 | 短文紹介
ちくま文庫「出久根達郎の古本屋小説集」(2023年11月発行)を買う。
パラリとめくれば、
古本屋の主人が、売上ゼロとにらめっこして、
古書目録をつくり地方に発送する場面がある。
はい。印象深いので引用。

「主人は思案の末、古書在庫目録を作って、地方の客に送ることにした。
 地元の特定客だけを当てにしていては、細る一方である。
 古本屋が近辺にない地方の人たちを顧客にしよう、と考えた。
 資金が乏しいので、手書きでコピー印刷することにした。
 40ページの小冊子を作った。

 雑誌の愛読者欄を見て、本を好みそうな人を摘出した。
 古書目録『書宴』第一号は昭和56年8月6日に出来あがった。」(p57)

「主人の手作り古書目録『書宴』は、号を追うごとに大変評判になった。
 品物が安価であること、掘り出しが多いこと、の他に、
 目録の記述そのものが面白いとほめられた。
 本の一冊一冊に、主人が解説を施したのである。
 ・・・楽しみながらの無駄口講釈である。 」(p61)

さてっと、ここいらまでは事実のような気がするのですが、
『Kさん』の場面は、すこしフィクションを交えているかも。
ノンフィクションかフィクションか。その箇所を丁寧に引用。

「Kさん、という客がいた。目録の創刊号以来のお得意だが、
 毎号、熱心に注文を下さるのだけれど、大抵ほかの客と
 目当ての品がぶつかってしまい、先着順の受けつけゆえ、
 運悪く後れを取る。・・・・

 しばらくしてKさんからの注文が絶えた。目録は送り続けたが、
 そろそろ中止の潮時かも、と考えていた矢先、
 Kさんの息子と名のる若者が訪ねてきた。
 Kさんは四国の、奥深くに在住の方である。

 むすこさんは東京に用事があって出てきたのであった。・・・
 父親に頼まれたのである。・・父に託された、と里芋のように
 丸いトロロ芋を下さった。袋に詰めて重いのをわざわざぶら下げて
 きたのである。・・・・

 これでは目録の郵送をやめるわけにいかない。
 しかしその後もKさんからは、一度も注文がなかった。・・・」(p63)

 このあとに、主人公は、Kさんの死を知らされます。

「『 父はベッドで『書宴』を読むのが唯一の楽しみでした。
  書宴が送られてこなくなるのを、極度に恐れていたんです。
  ならば毎回注文を出せばよいものを・・妙な父親でしてね。・・
 
  でも父は喜んでいました。
  『書宴』が最後まで父の枕頭の書でありました。・・  』

 ・・・古書目録は、Kさんにはむしろ『本』だったのだ。 」(p64)


さてっと、ちくま文庫の解説は、南陀楼綾繁さん。解説の題は、
『古本屋のことはぜんぶ出久根さんに教わった』とあります。
最後に、その解説から、この箇所を引用。

「出久根さんは『書宴』という古書目録を発行していたが、
 そこに載せた文章が編集者の高沢皓司氏の目に留まり、
 それが『古本綺譚』にまとまった。

『 高沢さんは、
【  古本屋の親父の身辺雑記、と人には言いふらして下さいよ。
   小説集、と絶対に口をすべらせてはいけませんよ。
   無名の人間の小説集は売れませんからね     】
 と釘をさした。私は口外しないと約束した』(「親父たち」)

 その嘘に見事に引っかかった私(南陀楼さん)は、
 かなり後まで『古書綺譚』はエッセイ集だと信じていたのだ。」(p408~409) 

 

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