高島俊男著「座右の名文」(文春新書)が魅力です。
「好きです」と、本・人を語り始める鮮やかさ、すばらしさ。
こりゃ紹介するにこしたことはないでしょう。
「ぼくは内藤湖南がすきです。頭のいい人であり、学問ができる人であり、また書いたものはみなおもしろい」(p88)
「ぼくは津田左右吉が大すきです。すきということでは斎藤茂吉と双璧といえる。ただこの二人、性格がまるでちがう」(p135)
「元来ぼくは、柳田國男の文章とはあまり相性がよくない。しかし、『遠野物語』だけは別だ。近代文語文の最もすぐれた文章であり、卓越した文学作品であると思っている。手もとには、なんべんも読みかえしてぼろぼろになった『遠野物語』がある」(p159)
こうして柳田國男の『遠野物語』をとりあげたかと思えば、寺田寅彦では「この人の書いたものはどれを読んでもおもしろい」(p191)とあります。「もし、日本の文学者のなかでだれが一番すきか、と問われたら、ウームとしばし考えて『斎藤茂吉』とこたえるでしょうね、多分。茂吉のなにがすきなのか、といえば、その人物がすきなのである」(p199)
さてさて、この新書の核は「まえがき」にあり。
この10㌻ほどの「まえがき」を、丁寧に読めばそれでOK。
その「核」を種として、育った新書。桃栗は三年ですが、この新書は三年半。
いきさつを知りたい方は「あとがき」に詳細が語られております。
ことほどさように、「まえがき」「あとがき」がしめる位置の確かさ。
その確かさに、楽しさが充満している醍醐味があるのです。
それを、ちょびちょびと削っては紹介するのがもったいない。
勿体ないけれども、ここで終らせるにはしのびない。
ということで「まえがき」のエッセンス、
これだけは、ひとりひとりが読んでのお楽しみ。
ということにしておきます。
新井白石についてでは「『西洋紀聞』という本がある。白石がのこした多くの書物のなかでも最もおもしろい、感動的なものだ」(p24)
本居宣長の最後では「もちろんぼくも、宣長の思想に共鳴するものではない。しかし『玉勝間』という書物、これは・・宣長が年をとって、学問が熟して、まことにおだやかな、常識的な、たいがいのところは筋のとおったことが書いてあって、たいへんにおもしろい。そのへんが、ぼくはすきなのである」(p58)
この新井白石・本居宣長の二人は、つながっていっしょに読んでみると興味深いのでした。
また森鴎外を語るのに向田邦子の文からはじめております。ここの家族との接し方が夏目漱石の家庭への伏線になっておりました。幸田露伴の箇所はまるで高島俊男ご自身を解剖してゆくような雰囲気がただよいます。
そういえば「あとがき」は、「この本は、ぼくにとって初めての、しゃべってつくった本である」とはじまっておりました。そこにこんな箇所がありました。
「2004年いっぱい、ぼくが東京へ行くたびに五反田のアパートへ来てもらって、二人を相手に、しゃべりにしゃべった。録音はどんどんたまったが、これがどうにも文章にまとまるしろものではなかったらしい。たとえば露伴についてしゃべるとなると、話を聞いてくれる人がいるのをいいことに、露伴に関することならなんでもかんでも、とりとめもなく野放図にしゃべったからである。・・録音は、しゃべるにかけたと同じだけの時間をかけて聞くよりしょうがない。そのしゃべりの内容は、脈絡なく、あっちへとんだりこっちへとんだりである。・・結局一年あまりしゃべって、録音の山ができて、計画は挫折してしまった。しばらくはそれっきりになっていた・・・」(p220)
今回はこれくらいにしておきます。
というか、この魅力ある新書の紹介は、ここで挫折。
「好きです」と、本・人を語り始める鮮やかさ、すばらしさ。
こりゃ紹介するにこしたことはないでしょう。
「ぼくは内藤湖南がすきです。頭のいい人であり、学問ができる人であり、また書いたものはみなおもしろい」(p88)
「ぼくは津田左右吉が大すきです。すきということでは斎藤茂吉と双璧といえる。ただこの二人、性格がまるでちがう」(p135)
「元来ぼくは、柳田國男の文章とはあまり相性がよくない。しかし、『遠野物語』だけは別だ。近代文語文の最もすぐれた文章であり、卓越した文学作品であると思っている。手もとには、なんべんも読みかえしてぼろぼろになった『遠野物語』がある」(p159)
こうして柳田國男の『遠野物語』をとりあげたかと思えば、寺田寅彦では「この人の書いたものはどれを読んでもおもしろい」(p191)とあります。「もし、日本の文学者のなかでだれが一番すきか、と問われたら、ウームとしばし考えて『斎藤茂吉』とこたえるでしょうね、多分。茂吉のなにがすきなのか、といえば、その人物がすきなのである」(p199)
さてさて、この新書の核は「まえがき」にあり。
この10㌻ほどの「まえがき」を、丁寧に読めばそれでOK。
その「核」を種として、育った新書。桃栗は三年ですが、この新書は三年半。
いきさつを知りたい方は「あとがき」に詳細が語られております。
ことほどさように、「まえがき」「あとがき」がしめる位置の確かさ。
その確かさに、楽しさが充満している醍醐味があるのです。
それを、ちょびちょびと削っては紹介するのがもったいない。
勿体ないけれども、ここで終らせるにはしのびない。
ということで「まえがき」のエッセンス、
これだけは、ひとりひとりが読んでのお楽しみ。
ということにしておきます。
新井白石についてでは「『西洋紀聞』という本がある。白石がのこした多くの書物のなかでも最もおもしろい、感動的なものだ」(p24)
本居宣長の最後では「もちろんぼくも、宣長の思想に共鳴するものではない。しかし『玉勝間』という書物、これは・・宣長が年をとって、学問が熟して、まことにおだやかな、常識的な、たいがいのところは筋のとおったことが書いてあって、たいへんにおもしろい。そのへんが、ぼくはすきなのである」(p58)
この新井白石・本居宣長の二人は、つながっていっしょに読んでみると興味深いのでした。
また森鴎外を語るのに向田邦子の文からはじめております。ここの家族との接し方が夏目漱石の家庭への伏線になっておりました。幸田露伴の箇所はまるで高島俊男ご自身を解剖してゆくような雰囲気がただよいます。
そういえば「あとがき」は、「この本は、ぼくにとって初めての、しゃべってつくった本である」とはじまっておりました。そこにこんな箇所がありました。
「2004年いっぱい、ぼくが東京へ行くたびに五反田のアパートへ来てもらって、二人を相手に、しゃべりにしゃべった。録音はどんどんたまったが、これがどうにも文章にまとまるしろものではなかったらしい。たとえば露伴についてしゃべるとなると、話を聞いてくれる人がいるのをいいことに、露伴に関することならなんでもかんでも、とりとめもなく野放図にしゃべったからである。・・録音は、しゃべるにかけたと同じだけの時間をかけて聞くよりしょうがない。そのしゃべりの内容は、脈絡なく、あっちへとんだりこっちへとんだりである。・・結局一年あまりしゃべって、録音の山ができて、計画は挫折してしまった。しばらくはそれっきりになっていた・・・」(p220)
今回はこれくらいにしておきます。
というか、この魅力ある新書の紹介は、ここで挫折。