乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

一月 前半月を振り返って 思う

2009-01-18 | 乱鳥徒然 Rancho's room.

 (写真は平城京近くの民家 1月14日)

 

 

 一月十八日

 気がつくと 新たな年を迎えて 半月が過ぎる。

 一年の1/24 を終えた事になる。

 

 今年は前年度よりも有意義に過ごそうと、心に誓ったのは、昨日のことのようにも感じる。

 折り返し地点も過ぎた今、月日が流れるのは思いのほか 早いものだと、痛感。

 

 この半月、私はいかように過ごしたかと反省する。

 こういった定期的な振り返りの機会を、今年は持ちたい。

 

 まず、本はこれまでに十一冊は読めた。

 冊数を記録することが目的ではないが、自分の興味のある分野を、まずまずは 楽しめたのではないかと感じる。

 

 芝居・映画関係は とりあえず初春歌舞伎の昼の部と映画一本を観ることができた。

 後半は歌舞伎夜の部を楽しむ予定である。

 ただ、最近は時間がなく、テレビで歌舞伎チャンネルやシアターテレビジョン、映画なども見ることができないであるのが、非常に残念。

 

 一月前半は比較的多く出かけることができた。

 斑鳩、信貴山、平城京、京都、姫路、王子動物園、浮世絵、歌舞伎、宝恵駕篭、映画、某教室など、結構楽しむことができた。

 ただ歌舞伎は三人(夫、娘)と平城京の一人を除いては、全て どちらかの子どもと出かけている。

 もう少し自分だけの時間を持ちたいとも感じる。

 そういった点で、読書は適している。

 読み始めると、自分の時間が満喫できる。

 また、読み終わった後は 夫婦の会話、親子の会話、友人との会話(主に電話)が弾み、一石二鳥である。

 今年はこの楽しい時間を充実させ、もっと有効な生き方を考えたいと せつに願う。

 

 さて一月の前半よりは日が短いが、十九日から三十一日の間、どのように過ごそうかと考えるのも楽しいものである。

 できるだけ、自分にとって満足のいく時間を楽しみたい。

 愛する人達や或いは自分だけで歩みたい。

 自分なりに有意義に過ごしたいものである。

 さぁて 後半・・・少しはテレビを観る時間を作ろうか・・・そんなささやかな予定を立ててほくそ笑む自分が愛おしい。

 

 最後になりましたが、私乱鳥は 皆さまのご活躍を心より楽しみにしております。

 今後とも、どうぞよろしくおねがいいたします。

 

 写真は一月十四日。

 先日一人で参りました、平城京近くの民家です。

 雨雪が降り、強風。

 とても寒い日を肌身に感じて、楽しんで参った次第です。

 

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唐草文様 『均整唐草文軒平瓦』   姫路城にて

2009-01-18 | 美術・文様・展示物

 

   唐草文様

  『均整唐草文軒平瓦』   姫路城にて

 

 

 images  images  images  images

 

 先日 娘と姫路城に行った。

 姫路城では興味深い物がいくつもあった。

 その一つとして興味をひかれた物の中に、唐草文様の瓦があった。

 唐草文様について以前から何度も取り上げているが、植物文様の一つ。

 西の文化の影響をもろに受けていると考えると、心は弾む。

 

 images  (A)

 (A)の瓦を見つけたときには、目を疑った。

 私は何も知らなかったので、姫路城や黒田氏とのキリシタンとの関係を知らずにいた。

 (A)を見ると真ん中に十字架が顕著に記されている・・・と思った。

 

 ところが、説明を読んでみると、やはり私と同様に考えられている人もいるらしいが、関係は考えなくて良いような事も書かれていた。  (B)

 (B)

 

 images  images  images  images

 

 (B)説明の均整唐草文軒平瓦(きんせいからくさもんのきひらがわら)は日本の瓦の代表的な物の一つとも言える。

 瓦当厚5.5㎝位の物も多い。

 こういった瓦は姫路城に限らず、京都の 『教王護国寺跡」』(東寺・京都府京都市)にも残されている。

 こちらの瓦は 姫路の十字架ではなく、ハート状の飾りを中心に左右対称にして巻き草状の唐草が伸びている。

 つまり均整唐草文軒平瓦とは、中心とした文様から左右に唐草文様が延びているのが特徴。

 

 images  images  images  images

 

 姫路城は『姥ケ石』がきっかけとなり、城の石垣を積み上げることができた。

『姥ケ石』とは、なんとドラマ性を感じる名前だろう・・・。

 うっとりとする。

  (C)

 

 そして 黒田孝高は一時キリシタンの洗礼を受けシメオンと名乗り、自らが姫路城改築に一役かった。

 場内にはこのことを後世に残すための 一枚の十字架の瓦が今も残されている。

 姫路城を近世城郭にした池田輝政はこの十字架瓦を黙認し、今に残されると行った重要性を感じる。

 日本全国に多くの城はあるがキリシタン禁制の時代を経て、十字架の瓦が残るのは姫路城とのこと。

 そんな背景の中で、 images  (A)の十字架文様は一体何なのか・・・。

 本当にキリシタンとは無関係なのか?

 そう思うと、(B)を手放しに信じる事はできない私である。

 確信は持てないが、何かに関連性を求めたいという、ド素人一主婦の希望的観測。

 全くの無関係とするには、私には参考文献と知識を持ち合わせてはいない。

  どなたかご存じの方がいらっしゃいましたら、どのようなことでもお教えいただけましたら嬉しいです。

 

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コメント (6)
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