<因果の花>(花伝第七別紙口伝より)
別紙口伝の中で説く「能」の「道理」は、現代の我々も納得させられ
るものであるが、中には現代の「処世術」として大いに勉強になる
言葉が多い。
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この男時・女時(おどき・めどき)とは、一切の勝負に、定めて、一方
色めきて、よき時分になる事あり。これを男時と心得べし。
勝負の物数(ものかず)久しければ、両方へ移り替り移り替りすべし。
ある物に云はく、「勝負神(しょうぶじん)とて、勝つ神・負くる神、勝負
の座敷を、定めて守らせ給ふべし」。弓矢の道に宗と秘する事なり。
敵方の申楽(さるがく)よく出で来たらば、勝神(しょうじん)あなたにまし
ますと心得て、まず恐れをなすべし。
これ、時の間の因果の二神にてましませば、両方へ移り替り移り替りて、
また我が方の時分になると思はん時に、頼みたる能をすべし。
これすなはち、座敷の内の因果なり。かへすがへす、疎(おろそ)かに
思ふべからず。信あれば徳あるべし。
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この男時・女時というものは、全ての勝負事について、一方の調子 が上向いて形勢が良くなる事があるものだ。これを男時と理解する
ことだ。勝負の回数が多くて時間が長引く場合は、この男時は、敵
と味方の両方に、行ったり来たりを繰り返すものなのだ。
ある書に、「勝負神といって、勝つ神と負ける神があり、勝負事の場
で、必ず成り行きを見ているものなのだ」とある。これは、武道では、
第一の秘事となっている。もし相手の能の出来栄えがよかったなら
ば、「今、勝神があちらにいらしゃる」と心得て、まず恐れ慎むべき
である。
しかし、この二神(勝神・負神)は、少しの間の運勢を支配なさる神
様でいらっしゃるから、両方へ行ったり来たりされるはずで、また勝
神が自分の側に移ってこられる時分だと思う時に、自信のある能を
演じるがよい。
こうした現象が、演能の場合の因果関係なのだ。くれぐれも、この
道理を無視してはならない。「信じていれば必ず功徳がある」という
諺のとおりなのだ。
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<処世訓>
---また、こんなことも説いている(原文省略)---
たとえば、三日間にわたって三度の演能があるような場合には、
最初の一日目などは、効果の大きい演目は残して無難にこなし
て、三日間の内で一番大切と思われる日に、良い曲で、得意の
能を、精魂込めて演じることだ。
同じ一日の間でも、競演している最中に、もし女時にぶつかって
しまったような時には、その女時の間は、効果的な演技はしまっ
ておき、相手の男時が女時に移りかける頃に、自信のある能を
選び技量を集中させて、生き生きと演ずることだ。その頃、丁度
こちらの方に男時が戻ってくる頃になるのだ。
ここで、能の出来映えが良かったら、当日、とっておきの最良の
能を演じることである。
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人間には、仕事であれ、勉強であれ、或いは、私的なことであれ、
必ず波がある。そんなときの、処世の仕方が現代でも十分通用す
る訓話である。
能を観るときも、この言葉を頭に入れて鑑賞すると、その能役者の
今の在り様が分かるかもしれない。
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