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大学院であまり役に立ちそうもない勉強をしたり、陶芸、歌舞伎・能、カメラ、ときどき八ヶ岳で畑仕事、60代最後半です。

坂田藤十郎襲名披露(その二、「伽羅先代萩」由来)

2006-01-11 17:57:18 | 歌舞伎・能

<演出に独自色>

襲名披露で新坂田藤十郎が上演する狂言三題のうち、「夕霧名残の正月」は初代
坂田藤十郎が生涯18回も演じたという当り芸、次の「曽根崎心中」は中村鴈治郎
(新・藤十郎)の当り芸で、右に出るものはいない。そこで、今回は、三番目の狂言
「伽羅先代萩」をとりあげてみたい。

「伽羅先代萩」は「めいぼくせんだいはぎ」と読ませるが、今回、筋立てと舞台装置
に手を加えて独自の演出による狂言を作り上げた。殺された息子を思う母親の悲し
みの心情と、激しい浄瑠璃が一体となった音曲劇は本狂言最大の見せ場である。
新藤十郎としては、これが最も円熟した芸とみた。また、最後の、短時間ではある
が、床下の荒事も見どころであり、見事な演出である。また他にも、難しい役どころ
で、意外、といっては役者に失礼だが、緊迫した場面を盛り上げるすばらしい演技
が幾つも見られた。

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<「伽羅先代萩」の作品成立順序>

伽羅先代萩は、仙台伊達藩のお家騒動をもとに作られた作品だが、現在上演され
ている作品は明治に入ってから完成されたものと言われており、当初の作品はその
成立順序が少し異なっている。

◇当初の作品
当初、仙台藩伊達家のお家騒動ものとして「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」
と「伊達競阿国戯場(だてくらべおくにかぶき)」が歌舞伎のために書かれたのであ
るが、その後、この二作品は同名の「浄瑠璃」に書き直された。つまり、歌舞伎用に
作られた作品が、歌舞伎から浄瑠璃に逆流した、という意味で異なっているのだが、
更にその後、浄瑠璃の作品が歌舞伎の作品に影響を与えて改訂され、改訂された
作品が歌舞伎で上演されるという経緯を辿ってきているのである。

◇普通の流れ
普通、江戸時代の歌舞伎の脚本は、大まかに言うと人形浄瑠璃(「文楽」)のため
に作られた作品を歌舞伎にアレンジしたものを「義太夫狂言」といい、最初から歌
舞伎上演を目的にした作品を「純歌舞伎」と云っている。この他に「舞踊」と明治以
降に作られた「新歌舞伎」がある。

 <参考>
  「能」とともに中世芸能の一つである「狂言」は、歌舞伎の世界では、
  「こしらえ事」「虚偽の出来事」を指す一般語から転じて「作品」又は
  「演目」という意味で使われている。
 
  「義太夫」は、竹本義太夫が語る義太夫節の人形浄瑠璃(語り物の
   音曲)が一世を風靡したため、浄瑠璃の語り手は他にも沢山いるが、
   いつしか人形浄瑠璃のことを義太夫というようになったもので、歌舞
   伎で義太夫狂言といえば、人形浄瑠璃のために作られた作品を歌
   舞伎のためにアレンジした作品、という意味で使われている。

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◇現在上演されている作品→歌舞伎と浄瑠璃の統合

更に特筆されることは、歌舞伎の二作品と同名の浄瑠璃二作品を合わせた四作
品を接合して一部改訂したものが、「伽羅先代萩」という題名で通し上演されてい
るのである。したがって、幕によって、純歌舞伎のセリフ劇であったり、息子を殺さ
れた政岡の悲しみの場面では、今回、義太夫狂言仕立ての音曲劇であったり、
床下の場面は荒事あり、と複雑で融通性のある歌舞伎狂言として確立したもので
ある。

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  |下の錦絵は、執権仁木弾正の妹八汐によって、幼君
  |鶴千代君の命を救った千松(乳母政岡の息子)が殺
  |される御殿の場面と、その後の場面、床下の荒事 
  |(仁木弾正と忠臣荒獅子男之助の戦いの場)を一枚
  |の絵に描いたもの。                 


     

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<題名の由来>

歌舞伎の外題(名題)のつけ方は、なかなかユニークなものが多い。特に「伽羅」
を「めいぼく」と読ませるのは、説明されないと分からない。加えて、当時は騒動
のような作品を実名で演じることを禁じられていたため、題名も名前も脚色せざる
をえなかったのである。


◇「伽羅」
放蕩のかどで隠居を命じられた伊達藩主綱宗が吉原に通った時に履いていた下
駄が銘木(めいぼく)、きゃら(伽羅)の下駄であった、という俗説から、
「伽羅」を「めいぼく」と読ませたという。

◇「先代萩」
伊達家の先代藩主の「遺愛の萩」を、作者奈河亀輔(ながわかめすけ)の脚本の
中で「先代萩」と名づける設定があることと、「先代」は「仙台」に通じること
から先代藩主の名物「萩」をつけて「先代萩」といえば、題材が仙台伊達家のお家
騒動であることを暗示しているのである。


歌舞伎ではお家乗っ取りの悪人は仁木弾正となっているが、実は、原田甲斐のこ
とであり、藩主足利頼兼は伊達綱宗のことである。


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(了)

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