悠々time・・・はなしの海     

大学院であまり役に立ちそうもない勉強をしたり、陶芸、歌舞伎・能、カメラ、ときどき八ヶ岳で畑仕事、60代最後半です。

坂田藤十郎襲名披露(その四、「伽羅先代萩」御殿の場・政岡)

2006-01-16 19:01:25 | 歌舞伎・能

<芝居の見所>

「芝居の構成」

(「御殿」と「床下」)

伽羅先代萩の通し狂言としては、「花水橋」「竹の間」「御殿(ごてん)」「床下」
「対決」「刃傷」とあるが、今回は「御殿」と「床下」の二つとなっている。「御殿」
では一部、舞台の造りを変え、鶴千代君を隠すための部屋を設けたことが新し
い趣向である。これは新藤十郎の意向であろうか。

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(「竹の間」は沖の井、八汐の活躍の場、ただし今回は上演しない)

事前の知識がないままだと、「御殿」の前の「花水橋」と「竹の間」が抜けて
いるので、なぜ、幼君鶴千代君を忠義の乳人(めのと・乳母)一人と、同輩の
局(つぼね)二人、それに腰元たち、つまり女たちだけで守護するのか、他に
誰もいないのか、鶴千代君の父親の殿様はどうなったのか、という疑問が起
こる。しかも、誰がお家乗っ取りの張本人なのか、ということもわからない。
もっとも、“藤(とお)さま~”ということだけで観劇に来ていらっしゃる方がた
にとってはどうでもいいことかもしれないが・・・。

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「花水橋」では、吉原通いの放蕩の挙句に刺客に襲われた殿様が隠居させら
れることが分かる。

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陰謀の張本人、執権仁木弾正(にっきだんじょう)の妹、八汐(やしお)が見舞
いと称して参上し、奸計を持って政岡を失脚させようとする場面(「竹の間」)
では、同役の沖の井、松島の才覚によって政岡が救われる。沖の井、松島に
とっては重要な活躍の場があるのだが、沖の井の中村魁春、松島の扇雀、
今回は残念。この「竹の間」は「御殿」に続く先代萩の中心的な場面である。

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今回は、次の「御殿」から始まるので、幼君が毒殺されるかもしれないという
政岡が持つ切羽詰った緊迫感と悲壮感は、舞台の中と義太夫語りから察知
するほかない。勿論、この段階では、この御殿の床下に忠臣荒獅子男之助
(中村吉右衛門)が潜んでいることも分からない。


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(「政岡」の飯(まま)炊き)

陰謀によって毒入りのご飯を食べさせられないようにとの警戒感から、部屋
の中で政岡が自らご飯を焚いて鶴千代君と子千松に食べさせるのだが陰謀
渦巻く切羽詰った状況の中で、腹をすかしてじィ~と待っている健気な二人
の表情(実は我慢し切れなくてそっと立って見に来るのだが)と、ご飯が炊き
上がるまでの長い時間、政岡と子供たちとのやり取りが見所だが、この場面
は歌舞伎を観る人に、芸に対する見識がないと退屈する。

ご飯を炊く動作の中で、今回、藤十郎は大名家が普通行う茶道の作法によ
る飯(まま)炊きではなく、器の中に水を注ぎ、自分の手を器の中に入れて、
くるくる回しながら米を研ぐ仕草に変えた。お腹をすかして待っている子供た
ちのために一生懸命研いでいる姿と、その場の緊迫した状況が伝わりよかっ
た。

これは義太夫狂言の当初のやり方であろうか。いずれにしても、新藤十郎の
意向であろうし、大阪歌舞伎の原点に戻ったものだろうが、技倆と風格が
なければ出来ない重い芸だ。





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(鶴千代君と千松の子役二人)

二人とも実に見事な演技であった。ことに、初舞台の「虎之介」演じる千松は
出色の出来であった。父親扇雀は、ハラハラしていたようだが、千松の出番が
長丁場であるだけでなく、千松の役回しも重要であり、殺害されてから舞台の
上で長時間じっと動かないようにしているだけでも大変である。掛け値なしに
上出来であった。本人は、テレビのインタビューなどで、歌舞伎が楽しくて
仕方ない、と言っていた。本当に将来が楽しみである。

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(沖の井)

政岡と同役の局、沖の井(中村魁春)と松島(中村扇雀)は政岡を擁護する
気持ちが伝わってきて、この二人と政岡の間合いもぴったり合い、とてもいい
出来だった。魁春は沖の井役を経験済みだが、それは父親歌右衛門の政岡
のときであり、今回は近松門左衛門に心酔する新藤十郎流の政岡に対する
ことになるので、新鮮な気持ちで沖の井を演じたものと思われる。
 「政岡をなさる方はいつも大先輩なのでそれがちょっとたいへんな
  ところでもあります」(魁春談)

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(松島)
 「横で息子(虎之介ー千松役)の芝居を見てなきゃならないと思う
  と胃が痛い。いっそのこと八汐の方がいい」(扇雀談)
  (傍でハラハラ見ているよりは、千松を刺殺する役だが八汐
   なら一緒に芝居をやれるのでハラハラしないですむ、と言
   う意味か。)

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(栄御前)

片岡秀太郎の栄御前は、足利本家の管領、山名宗全の妻であるが、執
権仁木弾正の悪巧みに組し、毒入りの菓子を鶴千代君に持ってくる。こ
の栄御前が、千松を刺殺されても、涙ひとつ流さずに泰然自若としている
政岡の態度を見て、自分たちと同じ一味と錯覚し、よくやったと一人合点
して一味の連判状を置いてゆく。このときの一瞬の政岡との位置の入れ
替わりは見事で、逆に政岡の味方かと勘違いするほどのさわやかさであ
った。秀太郎は、片岡仁左衛門の兄で、上方を代表する女形である。芝
居の巧みさでは定評があるが、政岡との息も合っていた。64歳で円熟
期にある。





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<政岡の芸の独壇場>

(千松殺害の場)
普通の演出では、下のモノクロ写真のように、政岡が鶴千代君を庇って
いるが、今回、藤十郎風では、鶴千代君を政岡が隣の部屋へ入れて襖
を閉じ、その部屋の柱に左手をかけて、さり気なく、しかし強固に防御す
る姿勢をとる。この場には、栄御前、八汐、沖の井、松島と沢山いるが
政岡の、全く動かないこの姿勢が難しい。蓄積された芸がなければ出
来ない演技だ。

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今回の政岡は、鶴千代君を部屋に隠くし、
入り口の柱に手を掛ける。



(参考)
下は昭和63年12月、国立劇場の場面
政岡(6代目歌右衛門)、八汐(河原崎権十郎)


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(一人残った政岡と子千松の死骸)
初めて一人の母親に戻った政岡が、目の前に横たわる子千松の死骸を
抱いて嘆き悲しむ姿(クドキ)は、先の、千松が刺し殺されようとしている
にもかかわらず、じっと耐えている場面と同様、政岡の見せ場である。
この場面は浄瑠璃と一体になって激しく心を揺さぶるところである。

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<歌舞伎界の頂点>

上方の演出と言うよりは、近松の気持ちに近づけた芝居と演技をするこ
とによって、新坂田藤十郎の磨きぬかれた円熟の和事の技を披露した
ものと思われる。近松門左衛門に最も近いと言われる新坂田藤十郎に
近松の原点に返った和事の演技と、それ踏まえたうえでの新しい演技
についても研究し、披露してもらいたいものである。

新坂田藤十郎(75歳)は、梅幸、歌右衛門亡き後、長老雀右衛門も
85歳で頑張っているが、芝居をやると言う意味では体力的には限界
に近い。いまだ元気な藤十郎は歌舞伎界の一つの頂点に立ちつつある
と言える。



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(了)

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