友愛労働歴史館の解説員便り

当館は2009年8月で一時休館いたしました。しかし資料の収集・研究、PR活動等は継続します。再開は2012年8月1日!

「日本労働会館物語」第2回

2010-03-16 15:30:46 | Weblog
            「日本労働会館物語」連載第2回
<友愛会館と三田会館、日本労働会館>
 今回から「日本労働会館物語」の正式スタートですが、最初にお断りしておくことは現在、「日本労働会館」という建物がある訳ではありません。日本労働会館とは、財団法人日本労働会館(昭和6年認可)の略称であり、また戦前、この地にあった総同盟本部会館(旧ユニテリアン教会・惟一館)をさす言葉なのです。
 友愛会(後の総同盟)誕生の場所であり、日本労働運動発祥の地とされる東京都港区芝2-20-12(旧三田四国町2-6)には現在、友愛会館とホテル三田会館が建っています(解体工事中)。その前身は明治27年に建設されたユニテリアン教会・惟一館(設計:ジョサイア・コンドル)で、後に総同盟が買収して本部会館となりましたが、昭和20年5月の空襲で消失しています。
 友愛会館は株式会社友愛会館が運営しており、JAM・印刷労連・交通労連・建設連合・UIゼンセン同盟東京都支部など労働組合が入居し、また政策研究フォーラム・核禁会議・ユーアイネットなどの友誼団体も入居していました(何れも現在、興和三田ビルに移転中)。友愛会館はまた、貸し会議室の運営も行っており、1階と9階の会議室は労働組合関係者以外の一般企業等にも利用され、親しまれていました。
 一方、安価な料金で泊まれ、交通至便のビジネスホテルとして知られていたのが三田会館で、運営母体は社団法人日本労働会館です。戦前の日本は労働組合非合法であり、土地や建物を所有することができませんでした。そこで惟一館を買収した総同盟が土地、建物を所有するために設立したのが財団法人日本労働会館でした。
 ところでなぜ営利を目的とする株式会社・友愛会館と、公益を追求する社団法人・日本労働会館という二本立ての経営が行われてきたのか、今でははっきりしません。しかし、友愛会館も三田会館も、その役員は何れもJAMを中心とする労働組合出身者が占めていますので、実態は同じようなものといえます。経営上の問題から営利事業と公益事業を使い分けてきたのでしょう。
 さて本連載の「日本労働会館物語」は、以上の経緯から戦前の日本労働会館(総同盟本部会館)や(財)日本労働会館の物語であり、同時にそのゆかりの人々の物語でもあります。また、前身であるユニテリアン教会・惟一館から日本の社会運動や労働運動が誕生してきたことを考えると、この「物語」は同時に「惟一館物語」であり、さらに「日本社会運動物語」、「日本労働運動物語」の一面を持つことにもなります。(連載第2回終り)
                                   以上