岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・社会・歴史について考える

「自由が丘ライブ:報告」(柴田友理・岡崎雅文)

2013年09月10日 23時59分59秒 | 短歌の周辺
「木霊のかくれんぼ」ライブ 於)Cache cache d'Art

 「木霊のかくれんぼ」のライブを聞くのは、僕にとっては2度目だった。前回の日吉のライブでは、声がやたら大きくて、叫んでいる様だった。このブログの記事にもそう書いた。僕はそれを聞いて、「思い切り叫ぶがいい」と、彼らにアドバイスした。「そのうちに強弱の付け方が分かる」と思ったからだ。運転免許場の話もした。「ブレーキが遅いのは、アクセルを思い切り踏んで充分に加速しないからだ。」と言われた経験も彼らに話した。かれら「木霊のかくれんぼ」には、何よりも、強弱を付けるのが課題でと思ったからだ。

 ところが今回のライブでは、一つの進展があった。それは「強弱が付いたこと」「曲の選択をしたこと」「オリジナル曲を発表したこと」だった。

 強弱がついたのは、肉声だったからのようだった。「マイクの使い方の工夫」が新たな課題だと思った。「曲の選択の基準は」かれらが、自分たちに相応しくないと感じたものを削ったそうだった。「オリジナル曲の発表」とともに、かれらがオリジナリティの発見につとめた結果だろう。

 とにかく、日吉のライブにはなかったものが多くあった。「強弱が付くと、歌詞が聞き取りやすいし、心にも沁みる」そう彼らに言った。

 会場の画廊は、ヴォーカルの柴田友理が「朗読会」をやった会場だった。画廊のオーナーとの話。「芸術というのは、人間を描く事ですね」。音楽も、詩や短歌もそれは共通だと改めて認識した。ゲーム感覚ではいかんのだ。

 日吉のライブハウスのオーナーも駆けつけていて、音楽的なアドバイスをしていた。若い二人、ギターの岡崎雅文、ヴォーカルの柴田友理のふたりにとっては、一回一回のライブが修行の場なのだろう。
 
 10月に再び、日吉でライブがある。そこでは如何なる進展がみられるのだろうか。楽しみである。

 画廊のオーナーは、天童大人プロデュースの「朗読会」の会場の提供者でもある。僕が「短歌で『朗読プロジェクト』に参加すると告げると、いたく喜んでくれて、自家製のスイーツをお土産にくれた。


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