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草むしりしながら

読書・料理・野菜つくりなど日々の想いをしたためます

草むしり作「ヨモちゃんと僕」後12

2019-09-25 05:41:49 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」後12

(夏)タケ爺さん①
 
 杉林を抜け柵で囲われた畑の脇を通り、山の麓の墓地の前を横切り、小さな神社の裏手に出ました。台風はとっくに過ぎ去り、雲が気ぜわしそうに流れて行きます。
「また来年連れにくるから」
 台風はそう言い残して去っていきました。 鳥居の横の御手洗鉢の底に溜まった水を飲み、神社の床下に潜り込んでぼくは目をつぶりました。
 目が覚めたときは夕方でした。丸一日寝ていたのでしょうか。それとも何日も寝ていたのでしょうか。眠った時が夕方で目が覚めたのも夕方だったのは分かりました。でもここがどこなのか、帰り道がどこなのかは、全く分かりませんでした。

 目をつぶってお母さんのことを考えると、帰り道が分かるかも知れません。でもぼくは目をつぶりませんでした。ぼくは決めました。もう帰らないと。でも心配しないで、ぼくはいつか風に乗って南の国にいきます、そして象と一緒に暮らします。

 神社の石段を下りていくと、古い家の並んだ小さな商店街に出ました。通りに軒を連ねた家は、どこもシャッターを降ろしています。人影のない通りを、時折車が走りぬけて行くだけです。

 一軒だけ開いた店の中で、タケ爺さんは自転車のパンクを直していました。学校帰りの中学生が、作業をする爺さんの手元を覗き込んでいます。爺さんは水を張った四角い容器の中に自転車のチューブを浸けて、穴の空いた所を探しています。
「ここだな」
 パンクした箇所が見つかったようです。水の中からチューブを取り出しました。持ち上げたチューブからパタポタと水が滴り落ちています。

「あっ、水だ」
 物陰に隠れてようすを伺っていたぼくは、チューブから垂れる水滴を見たとたん、ふらふらと水の入った容器に近づいて行きました
「なんだ、お前。そんな水飲むと、腹こわすぞ」
 少し濁ってゴムの匂いのした水を、ぼくは夢中で飲み始めました。
「今、手が離せないンだよ。兄ちゃん悪いが、新しい水に替えてやってくれ」 
「うん、いいよ。それにしてもこの猫、尻尾フサフサだね」
 兄ちゃんは新しい水をぼくに汲んでくれました。ぼくは夢中になって水を飲みました。
「後で母さんが修理代届けるって。どうもありがとうございました」
 兄ちゃんは自転車をこいで帰っていきました。

「おい、腹が減って死にそうだって顔してンな」
 お爺さんに言われて、ぼくは自分のお腹が空いているのにやっと気がつきました。
「うん、死にそう」
「ちょと、待っていろよ」
 お爺さんは店の奥に入って行くと、すぐに何か手に持って戻って来ました。ぼくはそれが何の匂なのかすぐに分かりました。
「なんだ、嫌いなのか」
 食べようか食べまいか、煮干しを前にして考え込んでしまいました。でもすぐにそんな迷いは吹き飛んでしまいました。だって煮干しの匂いを嗅いだとたんに、お腹がキュルキュル鳴り、口の中は唾であふれかえってしまったからです。
 ぼくはバリバリと音を立てて煮干しを食べました。お腹の中のちょっと苦い所が、とてもおいしと思いました。

「そうかいうまかったかい。捨て猫かお前。それともどこかに行く途中なのかい」
「さぁ、どっちだったかなぁ」
「ここに居たければ居ればいいさ。年寄り一人で退屈していた所だ。ちょうどネズミが増えて困っていたところだ。お前がいるだけでも助かるよ。それにしてもお前、尻尾がフサフサだなぁ」

 お爺さんの後について家の中に入ったとたん、ぼくの鼻の頭はムズムズとしてきました。
「近い」
 無性に鼻の頭を掻きたくなるのを我慢して、ぼくは階段を上っていきました。
「なんだ、二階に上がるのか。二階なんかしばらく上がってないから、埃がすごいぞ」
お爺さんの声が遠くに聞こえ、鼻の頭がますます痒くなってきました。
「今だ」
 ぼくは尻尾を大きく膨らますと、階段から飛び降りました。ふわりと体が浮き、静かにネズミの上に降りていきました。

 また来年台風が来るまでの間、この家でお世話になろうかな。おや、また鼻の頭が痒くなってきました。明日までにネズミ、あと二匹はいけそうです。


2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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こんにちは、 (takezii)
2019-10-01 13:20:47
後編、まだまだ続きそうですね。
なにやら ふんわりしたudokuukakuさん宅の暮らしを彷彿させるような物語のような気がしています。
現実と童話とアニメが重なった映像が浮かんでくるようです。
タケ爺、
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takeziiさん。コメントありがとうございます。 (ukakuudoku)
2019-10-01 17:35:03
 この作品は四年くらい前に書いたのですが、不思議なことに最後に出て来るお爺さんは、タケ爺さんでした。やっぱり縁があったんですね。
 以前台風の日に、アスファルトの上で雨に打たれて死にかけていた子猫を拾いました。子猫は尻尾がフサフサで、ラッキーと名前を付けました。
 困ったことに先住猫のハナコは、ラッキーがあまり好きでは無く。しばらくはラッキーが近づくと怒ってばかりいました。ハナコの方が家を出て行くのではないかと。当時はハナコの心配ばかりしていました。
 ところが翌年の台風の日に、ラッキーが突然いなくなってしまい、それきり帰って来ませんでした。近所の人が家から1キロくらい先にある大銀杏の木の下に落ちていたと言って、ラッキーのしていた黄色い首輪を持ってきてくれました。
 当時はハナコの心配ばかりして、ラッキーのことなど何も考えていませんでした。この物語りはラッキーへの詫び状です。
 カテゴリーの「猫自慢」の中に、当時に事をいろいろ書いています。よかった読んで下さい。
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