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草むしりしながら

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草むしり作「ヨモちゃんと僕」後6

2019-09-25 05:48:00 | 草むしり作「ヨモちゃんと僕」
草むしり作「ヨモちゃんと僕」後6
(夏)ネコは何かを我慢している⑥

 夏の夜明けは早く、朝もやの中から足音が近づいて来ました。足音を聞きつけて、ヨモちゃんが軽トラックの運転席の屋根の上から飛び降りてきました。ネズミはもうくわえてはいません。
「えっ、ヨモちゃん。お父さんにあげるって言っていたけど、もしかして軽トラの屋根の上に置いて来たの。そんなところに置いたら、お父さんいつまでたっても気がつかないよ」
 ぼくはヨモちゃんに忠告しようと思ったのですが、新聞配達のおじさんの姿が見えたので、そのままコンテナの後ろに隠れてしまいました。相変わらずぼくはビビリ虫のままです。

「子供の時に人間にいじめられて、よっぽど怖い思いをしたようだな。かわいそうに」
 お父さんはぼくが隠れるたびに、そう言います。この家を訪ねてくる人は優しくって、ぼくを保健所に連れて行く人なんていません。それは分かっているのですが、どうしても誰かが来ると隠れてしまうのです。ユミコとトキオが来たらどうしようか。どこかに隠れていようかなって、今から心配しています。

 新聞はこの春からおじさんが配達をするようになりました。それまでは中学生のお兄さんが自転車で配達をしていたのですが、高校生になったのを機に新聞配達を止めてしまったのです。おじさんは定年退職したばかりで、運動のために歩いて新聞の配達をしています。 
 ヨモちゃんはおじさんの足元に駆け寄り、ゴロリと仰向けになって寝ころびました。そして背中を地面にこすりつけながらクネクネと体を動かしています。顔を横に向け前脚でこすりながら、おじさんの方にチラリと視線を投げかけます。

 出ましたヨモちゃんのラブリー攻撃。ヨモちゃんのこの攻撃を受けると大概の人は嬉しそうな顔をします。おじさんもヨモちゃんのラブリー攻撃に撃沈された模様です。
「お前は、なんて可愛いンだ」
 おじさんはしばらくヨモちゃんと遊んでいました。
「今日も暑くなりそうだな」
 明るくなった空を見上げてポツリと呟くと、おじさんは残りの新聞の配達に行きました。

 薄暗かった庭もいつの間にか明るくなってきましたが。ヨモちゃんは勝手口の前でお母さんが起きてくるのを待っています。ぼくはまだコンテナの上に登ったままです。
「うん」
 鼻の頭が無性に痒くなりました。ネズミが近くにいるようです。ここで掻いてしまってはおしまいです。必死になって我慢をしているのですが、もう限界のようです。後ろ足を持ち上げてそっと鼻の頭に近づけようとした時でした。スコップの陰にネズミの姿がチラリと見えました。

 ネズミはあたりの様子をうかがいながら、ジャガイモに近づいてきました。コンテナの上のぼくには気づいていないようです。しかし困った、コンテナの上からではネズミの所までは遠すぎます。かといって下に降りてしまえば、すぐに気づかれてしまいそうです。頼みの綱のヨモちゃんは勝手口の前で、トロンとした目をして座ったままです。ネズミがジャイモを齧り始めました。

「今だ」
 ぼくは尻尾を思い切り膨らまして飛び上がり、天井すれすれのところで、脚を思い切り横に開きました。すると体はふわりと浮かんで、そのまま静かにネズミの上に落ちていきました。
「やった」
 着地と同時に前脚でネズミを抑え込みました。とうとうネズを捕ることができました。

「あんたの尻尾って、飾りじゃないのね」
 いつの間にかヨモちゃんが戸口の前に立っていました。相変らず仏頂面をして皮肉めいたことを言ってくれます。素直に「やったね、よかったね」って言ってくれればいいものを、「尻尾が飾りじゃない」なんて。そこがまたヨモちゃんらしいって言えば言えるのだけど。

「あと少しってところで鼻の頭掻くンだもの、ネズミが逃げるはずよ。死にそうなくらい痒いですって、ちゃんちゃらおかしいわ。私なんか鼻がムズムズしてクシャミをしたくてたまらなくなるのよ。でも必死でこらえているのよ。あんたクシャミが出るのを堪えたことある」
「ううん、ない」
「でしょうね。それこそ死んじゃうくらい苦しいのよ。ネコはね、みんな何かを我慢して必死でネズミを捕っているのよ」
「えっ、そうなの。知らなかった」
「何が知らなかったよ。バッカじゃぁないの」
 ヨモちゃんは呆れて、納屋から出て行きました。

「フーンそうなンだ、みんな何かしら我慢しているンだ」
 ぼくはネズミを捕る時には、二度と鼻の頭を掻かないようにしようと決心しました。でもヨモちゃんだってぼくのこと馬鹿にする割には、少し抜けています。お父さんにあげるネズミを、軽トラの運転席の屋根の上に乗せるなんて。あんな所に置いたらお父さんはいつまでたっても気がつかないと思います。だからぼくは、このネズミをお父さんがすぐに分かるところに置いておこうと思います。

 お母さんが起きてきました。ヨモちゃんが勝手口に走って行きました。
「お母さん、開けて」
「ヨモギお帰り、フサオ知らない」
「もうじき帰って来るよ」
「そう、じゃぁご飯、先に食べようか」
 勝手口のドアをぼくのために少し開けたままにして、お母さんはヨモちゃんと一緒に台所に消えて行きました。
「お父さんはここならすぐに分かるよ」
 ぼくはネズミをくわえて離れの縁側に走って行きました。
                                                                                                       
 家の中に入ると、台所ではヨモちゃんが煮干しを食べています。お皿から煮干しだけ取り出して、床の上でバリバリと噛んでいます。煮干しを食べているヨモちゃんの顔と、ネズミを狙って物陰に潜んでいた顔が重なり合って見えます。

「お帰りフサオ、ずっと外に居たの」
 お母さんはぼくにカリカリを出してくれました。
「うわ、なんだ、こんなところに」
 離れの縁側からお父さんの声が聞こえました。お父さんがネズミに気がついたようです。離れの縁側は庭木の陰になり、ひんやりとしています。本格的に夏になった頃から、お父さんは毎朝ここで新聞を読むようになりました。
 新聞を取りに行こうとして、踏み石の上の下駄を履こうとしたのでしょう。ぼくは今しがた獲ったばかりのネズミを、下駄の上に置いておきました。お父さんがすぐに気がつくように。

「うわ、なにこれ。くれるの」
 お母さんの声がしました。きっと部屋の空気を入れ替えよとして窓を開けたのでしょう。窓の下にはヨモちゃんからのネズミと、ぼくからのカナブンが並べて置かれているはずです。
「お母さん、気がついてくれたンだ」
 ぼくは嬉しくなってお皿の中のカリカリを頬張りました。つけっ放しのテレビでは天気予報が始まりました。天気図が画面いっぱいに写し出され、台風がもうじきやってくると言っています。


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