ここ数日大雨の心配ばかりしていて、今日が七夕なのをすっかり忘れていた。昼間ちょっと晴れたものの、夕方からまた雨になった。それでも雨が止み太陽の光が差しただけでも嬉しい。
溢れそうな勢いで流れる川を見ながら、ふと天上の川を思う。恋する二人を阻むように、天の川の水も溢れているのだろうか。来年こそは織姫様が彦星君に逢えますように。星に願いを……。
今と違って子供の頃には、年中行事を旧暦で行うことが多かった。旧正月はお餅をつき、旧盆には墓参りに行き、七夕は八月の夏休みの間だった
「見て、見て」姉が里芋の葉っぱを大切そうに両手で抱えて帰って来た。八月のある朝、私たち姉妹は七夕飾りを作っていた。風船の次は騙し船、次は兜で最後は折り鶴。一枚の折り紙を折っては開き折っては開いて、なんどでも使っていた時代だった。その年の七夕、初めて紙テープや折り紙を買ってもらって嬉しかったのをよく覚えている。
折り紙を細く切ったり張ったり、私は夢中になって七夕飾りを作っていた。「お芋の葉っぱに溜まった露で墨をすり、短冊に願いごとを書くと字が上手になるよ」、母が言った。すると姉は折り紙を折る手を止めて、すぐに外に走って行った。私は何のことだが分からず、折り紙を折り続けていた。しばらくすると、姉が里芋の葉っぱに露を入れて帰って来た。
姉の差し出した葉っぱの上には、丸い水球がコロコロと転がっている。転がる度にそれは銀色に輝いている。不思議な光景だった。銀色に光る球体の中に、迷宮が広がっているようだった。耳を澄ますと、ゴボゴボとくぐもった水音が聞こえて来そうだ。手をふれると迷宮の中に入れそうで、そっと手をのばしたのだが……。
「ダメ」姉は差し出した私の手を払いのけると、そのまま硯に露を流し込んだ。露はただの水になって、硯の上にサラサラと落ちていった。なんだ、つまらん。ただの水じゃないか。いっぺんに興味が消え失せ、私はまた七夕飾り作りに没頭した。
あの時、短冊に何て書いたのだろうか。何にも覚えていない。昨日見た夢の続きを考えていたのだろうか。それとも露の中に入り込み、迷宮の世界をさまよっていたのかも知れない。