風がだんだん強くなり、雨も激しくなって来た。水路や田畑を見にいかないようにと、防災無線が伝えている。畑のことが気になるのだが、家でじっとしていなければ危ない。
父はたいそう子煩悩な人だった。幼いころ私と姉は寝る前にはいつも父に、昔ばなしを聞かせてくれとせがんでいた。すると父は「長いのがいいか、短いのがいいか」と聞くのだ。そんなもの長いのがいいのに決まっている。だから長いおはなしってせがむのだが……。
「よしよし分かった、長いから途中で寝てしまうな」というと、咳払いを一つして話し始めるのだ。「天からお爺さんが、長い、長い、長い、長い、とーっても長い糸を垂れた」と。
私はこの話は父が考えたのだと思っていた。ところが「ゲゲゲの女房」という朝ドラの初回だったと思う。孫たちがお婆さんに昔ばなしをせがむ場面があった。長いはなしがいいという孫たちに、お婆さんが「天からお婆さんが長い、長い、長い、長い、長―い、糸を垂れた」と話したのだ。有名な話なのだろうか。
それから長いはなしの後は、昔ばなしを一つしてくれた。父の十八番は「吉四六(きっちょむ)さん」だった。吉四六さんは大分の民話で、おへまさんという奥さんがいる。父の話はそのおへまさんの愚痴から始まるのだ。
田植えの時期になったのに、いつまでも代掻きをしない吉四六さんにおへまさんが愚痴る。「他所の家はもう田植えが終わったのに、あんたが代掻きをしないから田植えができない」と。そこで吉四六さん白装束に身を包み、水を張った田んぼに梯子を立て、これから天に昇ると村人を集めた。
「吉四六さんの天昇り、危ない、危ない。止めておけ」吉四六さんが梯子を一段昇る度に、村人たちは歌いながらグルグルと田んぼの中を踊って回るのだ。そして梯子のてっぺんまで昇った吉四六さん「そんなに皆が止めるのなら、仕方がないから止めてやろう」と天昇りを止めて下に降りてしまった。
翌日村人が踊って回ったおかげで、すっかり代掻きが終わった田んぼで、吉四六さんとおへまさんは田植えをしたと、さ。こんな感じだった。子供心におへまさんは母に似ていると思っていた。本家「吉四六さん」のおへまさんの方は、もっとのほほんとしているのだが。
ほかにもまだあるが、一番怖かったのは「茨木童子」だ。渡辺綱に切り落とされた片腕を、老婆に化けた鬼が取り戻しに来る話だ。いつまでも寝ないでいると「茨木童子がくるぞ」とよく言われた。すると本当にすりガラスの向こうに茨木童子がいるようで、慌てて目を瞑るのだった。
「ピピリとマウイ」は父にオリジナルだろうか。ピピリとマウイの兄弟が亀に乗って、銀河を冒険する話だ。ピピリとマウイが寝ている所に、亀が迎えに来るところから話が始まる。銀河の中を私は姉と一緒に、亀に乗って飛んでいる夢をいつも見ていた。
我が家は兼業農家で、父は昼間の勤めの傍ら農作業もしていた。まだ手作業の時代で、牛で田んぼを耕していた。本当は疲れていただろうに、毎晩おはなしをしてくれた。
父にはなしをせがんだあの頃、私は父が本当に好きだったのだ。それが大きくなるにしたがってだんだんと煙たくなり、会話もあまりしなくなった。
「あなたのことが好きだった。あなたの娘でよかったと」今ならば、仏壇の中の父の写真に言える。
父はたいそう子煩悩な人だった。幼いころ私と姉は寝る前にはいつも父に、昔ばなしを聞かせてくれとせがんでいた。すると父は「長いのがいいか、短いのがいいか」と聞くのだ。そんなもの長いのがいいのに決まっている。だから長いおはなしってせがむのだが……。
「よしよし分かった、長いから途中で寝てしまうな」というと、咳払いを一つして話し始めるのだ。「天からお爺さんが、長い、長い、長い、長い、とーっても長い糸を垂れた」と。
私はこの話は父が考えたのだと思っていた。ところが「ゲゲゲの女房」という朝ドラの初回だったと思う。孫たちがお婆さんに昔ばなしをせがむ場面があった。長いはなしがいいという孫たちに、お婆さんが「天からお婆さんが長い、長い、長い、長い、長―い、糸を垂れた」と話したのだ。有名な話なのだろうか。
それから長いはなしの後は、昔ばなしを一つしてくれた。父の十八番は「吉四六(きっちょむ)さん」だった。吉四六さんは大分の民話で、おへまさんという奥さんがいる。父の話はそのおへまさんの愚痴から始まるのだ。
田植えの時期になったのに、いつまでも代掻きをしない吉四六さんにおへまさんが愚痴る。「他所の家はもう田植えが終わったのに、あんたが代掻きをしないから田植えができない」と。そこで吉四六さん白装束に身を包み、水を張った田んぼに梯子を立て、これから天に昇ると村人を集めた。
「吉四六さんの天昇り、危ない、危ない。止めておけ」吉四六さんが梯子を一段昇る度に、村人たちは歌いながらグルグルと田んぼの中を踊って回るのだ。そして梯子のてっぺんまで昇った吉四六さん「そんなに皆が止めるのなら、仕方がないから止めてやろう」と天昇りを止めて下に降りてしまった。
翌日村人が踊って回ったおかげで、すっかり代掻きが終わった田んぼで、吉四六さんとおへまさんは田植えをしたと、さ。こんな感じだった。子供心におへまさんは母に似ていると思っていた。本家「吉四六さん」のおへまさんの方は、もっとのほほんとしているのだが。
ほかにもまだあるが、一番怖かったのは「茨木童子」だ。渡辺綱に切り落とされた片腕を、老婆に化けた鬼が取り戻しに来る話だ。いつまでも寝ないでいると「茨木童子がくるぞ」とよく言われた。すると本当にすりガラスの向こうに茨木童子がいるようで、慌てて目を瞑るのだった。
「ピピリとマウイ」は父にオリジナルだろうか。ピピリとマウイの兄弟が亀に乗って、銀河を冒険する話だ。ピピリとマウイが寝ている所に、亀が迎えに来るところから話が始まる。銀河の中を私は姉と一緒に、亀に乗って飛んでいる夢をいつも見ていた。
我が家は兼業農家で、父は昼間の勤めの傍ら農作業もしていた。まだ手作業の時代で、牛で田んぼを耕していた。本当は疲れていただろうに、毎晩おはなしをしてくれた。
父にはなしをせがんだあの頃、私は父が本当に好きだったのだ。それが大きくなるにしたがってだんだんと煙たくなり、会話もあまりしなくなった。
「あなたのことが好きだった。あなたの娘でよかったと」今ならば、仏壇の中の父の写真に言える。