tyokutaka

タイトルは、私の名前の音読みで、小さい頃、ある方が見事に間違って発音したところからいただきました。

うす味の地域

2005年05月15日 23時08分34秒 | Weblog
夕食のメニューはすき焼きだった。「いいじゃん」という返事が返ってきそうだ。確かに。食べはじめの頃はいいが、食べるにつれ時間が経過し、煮詰まってくる。最後の方になると煮詰まって、とても食べられた味ではない。醤油に日本酒、砂糖を入れる訳だから、煮詰まった味は、とても形容できた物ではない。食べていて、本当に体に悪いものを入れているという感覚になっていく。同じ鍋物でも、水炊きの方がずっといい。時間が経つにつれ、豆腐などはスが空いてくるが、味が大きく変わるものではない。何時間経っても、味はほとんど変わらない。

こちら関西は、うす味の文化を持つ。私自身、薄味が好きで、何にでも醤油をかけるのが嫌いだ。この感覚を維持すれば、安物の豆腐でさえ味を感じることが出来る。ただし、本当にうまいものとの区別がつくがどうかは、また別の話だが。豆腐に味があることに、今ひとつピンとこない人もいるかも知れない。かくいう私も昔はそうだった。

京都の豆腐は、相対的にうまいらしい。それを当て込んで南禅寺という寺の周囲には「湯豆腐」をメインにした料理屋が軒を連ねる。私も友人と歩いたときは、よく客引きに誘われた。その前に安いざるそばを食べたのが幸いしたが。

昔、父がここで湯豆腐を食べたことがある。支払いをすませて出てきた答えは、対して普通の豆腐と変わりなく、あれだけの金を出せば、家で風呂桶一杯に湯豆腐が食べられたということ。
ということは南禅寺界隈の湯豆腐屋は風評(社会学的には「記号」か?)だけで商売をやっているということになる。そんなもんだろう。この話を聞いてから、京都の名物豆腐に関する私の疑惑は始まった。

大学院に入学してしばらく、京都の嵯峨野で合宿形式で研究会をしようと誘われた。これに誘われた帰り、豆腐屋に連れて行かれた。豆腐屋と言っても工場みたいなところで、店舗など無く、ただ出来たものをあのプラスチックの容器に入れてくれるだけ。売ってくれる人も、なんか作業服だ。
この種の買い物が得意でもなかったし(豆腐などみんな同じだと思った)、本当に「おいしい」豆腐の味などわからなかったから、半信半疑で一丁買ってみた。家に帰って、醤油をかけて食べたとき、本当に失敗したと思った。というより、自分の経験の浅さを思い知った。本当に味が濃く、うまいのである。

そのあと、学会で香川へ行った時、醤油豆を買ったが、これは大失敗だった。私が買う食べ物系の土産はたいてい今ひとつだ。しかし、紀南地域で調査を行った時に買った「浜峰の干物」は骨まで食べられる逸品だった。後年、「どっちの料理ショー」でも取り上げられていた。

でも、あの嵯峨野の豆腐屋がどこにあったのか、いまだにわからない

最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (あさ@逃避日記)
2005-05-16 09:24:31
嵯峨野の豆腐は当たり外れがあって難しいですね。

特に森〇は過去の名前で商売をしている気がします。富雄にも支店がある「近藤豆腐店」も悪くないですが、最近感心したのは、山中湖で食べた豆腐です。カルト的な豆腐店があって、旨かったです。
返信する
外国産より国産 (tyokutaka)
2005-05-16 22:41:29
コメントありがとうございます。



豆腐は大豆の産地で決まるみたいですね。

いつも食べる生協の豆腐は外国産の大豆みたいですが、こないだ、町内を車で販売に来た豆腐屋の豆腐は国産大豆を使用し、取り出したときに型崩れもなく、味がはっきりしていました。
返信する