Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

現代の道祖神①

2008-04-26 12:19:06 | 民俗学



「現代道祖神建立の背景」より

 下伊那郡高森町吉田の主要地方道飯島飯田線沿いの赤羽という地籍に「金比羅大権現 秋葉山大権現」碑が中央に、そして両側に甲子塔などいくつかの石碑が並んでいる一角がある。その石碑群の中に写真の双体像が真新しい姿を見せている。双体像の上には「報徳」の文字が見え、背面には「敬愛」という文字が目立つ。背面の建立年月日は「平成十八年三月吉日」、建立者は「宮島喜芳 みさを」とある。2年ほど前に建立されたものであるが、つい先日建てられたように輝いている。そんな輝きのせいで、県道に対して面と向かって建っている石碑ではないが、すぐにわたしの目に入った。宮島さんはこの石碑群の建つ土地を所有される方で、背後に広がる梨園を経営されている。ちょうどその果樹園で作業をされている際に話しを聞こうとして、作業の手を休めさせてしまったわけであるが、快くいろいろ話しをしてくださった。

 双体像の上に刻まれた「報徳」の精神が今の時代に欠けているということを口にされ、日々食べるだけの暮らしで満足できないこの現代の経済主義に対して、苦言を呈す。しかし、そんな苦言とは裏腹に、温和な表情は、聞く側の心に重たさをまったく与えさせない温和な雰囲気がある。そんな生き方を目指したいと思っているわたしには、共感が湧く。

 「報徳」といえば、今ではあまり語られもしなくなった二宮尊徳の世界である。伊那谷、ことに下伊那地域では報徳社の集りというものが盛んに行われた。今でも妻の実家の地域では、そんな集まりが定期的に開かれている。かつてほど「報徳」の精神を高めようということはないかもしれないが、今では死語にもなりつつある「報徳」が、実は今の時代には必要なのかもしれない。

 そんな「報徳」を願う宮島さんが建てられた双体像を、わたしは第一印象で道祖神ととらえた。ところがよく見ると神像は2人とも女性のように見える。男女神には見えない。しかし、宮島さんに道祖神という先入観でうかがうと、けしてそれを否定されなかった。宮島さんにとってはこの双対像は道祖神なのである。そして、道祖神の信仰について聞くと、「それは道しるべ」だという。このあたりにはあまり道祖神がないようで、今までにもこの地域で祀る道祖神はなかったようである。もちろんこの道祖神も講中で祀られたものではない。ほかの秋葉山大権現などは講中で祀ったもので、現在庚申講は行われていないが、かつての旗竿などを保存されているという。「なぜ造ったのですか」と問うと、後世まで記念として残るものを建てたかったという。道祖神信仰の希薄な地域に建立された現代の道祖神、それは長年連れ添われてきた夫婦が、常に果樹園で働かれてきた姿を映しているようである。

 撮影 2008.4.13

 

続く

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