Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

この国の不幸

2006-03-21 00:32:18 | ひとから学ぶ
 「情報過多の中の不幸」でハンセン病療養所に保存されていた強制人工中絶の胎児や、生後に殺害された新生児の遺体標本について触れた。同様のことが、信濃毎日新聞3月20日朝刊の記事にあって、テレビ報道とは違ってもう少し詳しい内容が書かれている。「命の尊厳への「踏み絵」」という伊波敏男氏の記事によれば、厚生労働省は各地にある国立ハンセン病療養所あてに文書を出したということがわかる。テレビ報道というのは、あっという間に流れてしまって、聞き間違いが多い。そんなことを思うとテレビ報道というのはBGMのように聞いていると、いいかげんなことしか頭に残っていないということもままありうるということがわかる。それはともかくとして、「胎児標本」を本年度中に償却、埋葬するといい、身元が明らかな胎児については、遺族が希望すれば存在を確認する期間を償却前一ヶ月程度設けるものだという。テレビ報道を見たときも思ったが、新聞記事を読んで、さらなる厚生労働省の非人道的対応(もともと人と認識していなかったのではないか)に怒りを覚える。ここの大きな問題は、身元が明らかな胎児があるのなら、なぜ直接遺族に対して文書ではなく、口頭で伝えないのか、ということである。元来、どうあれ身元が明らかなのに長期にわたり胎児標本として保存されたということにも驚く。

 この国の役人も含めて、多くの公務員も同じなのが、「自分がやったことではないんだから、自分には責任がない」という意識だ。いや、公務員という言い方は失礼かもしれない。公務員に限らずだれでもそういう意識はある。しかし、これほど悪いことをやっても悪いという意識をもてない人が増えた背景には、役人の振る舞いがあるといっても間違いではない。もちろん政治家も、そして代議員制度で当選してきた多くの議員も含めてすべてである。

 114体の胎児標本のうち、57体は1924-56年のもので、詳細はわからないが、記事から読み取るとこれらについては身元を現すなんらかの表示があるのだろう。また、29体は妊娠8ヶ月以降のものといわれる。まもなく生まれるという間際に殺された胎児が標本として残っていることは本当に驚きである。
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