捕手が「守りにおける監督の分身である」

2016年07月28日 06時35分21秒 | 社会・文化・政治・経済
生涯一捕手―。
私にとって、座右の銘の一つになっている。
1977年秋、南海の兼任監督を解任された。
幸運にも、ロッテなどから、選手としての獲得オファーがあった。
一方で「監督まで務めた男が・・・」と、潔い引き際を求める外野からの声も聞こえた。
「もう少し、捕手をきわめてみたいと思っているんです」率直に明かした評論家の草柳大蔵さん(故人)は教えてくださった。
「『生涯一書生』とい言葉もありますからね」
生涯勉強を重ね、一つの道をきわめる。
「生涯一書生」は、作家の吉川英治も好んで使った言葉だという。
なるほどと思った。
「それなら私は『生涯一捕手』ですね」
なぜ、“生涯一打者”ではいけなかったのだろう。
南海を去った1977年までに、通算で2813本のヒットと、645本の本塁打を記録していた。
「生涯一捕手」と口にしたのは、捕手が「守りにおける監督の分身である」ことに気づいていたからである。
野球は「筋書きのないドラマ」といわれるが、捕手は指で脚本を書く。
書き誤れば、筋書きが変わり、筋書きがなくなることもある。
チームの野球博士、研究熱心な勉強家であり、投球論、打撃論、投手心理、打者心理などの知識に長じてくれば、野球に対する目の付け所が必ず変わる。
これが「生涯一捕手」を目指した理由である。
野村克也さん
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