人間は未知の領域には、謙虚であるべきだ。
被爆者問題は、科学や医学の限界を人間に突き付けているのである。
核兵器は悪魔の兵器であるが、その悪魔性や非人道性が真には理解されていない。
救済地域の線引きなど、元来できないはであるが、国・行政・司法という非人間性とも言うべき物差しは、どこまでも責任を回避に終始するのである。
被害者への過小評価がそれを如実に物語っている。
<当事者意識>が完全に欠落しているのだから、人は非人間的にも陥るのである。
被害者が現存しているのに、頭から否定している。
それは、人間の<傲慢>でさえある。
それは公害問題にも共通している。
「疑わしき被爆被害者」を、何時までも切り捨てるのであろうか?
国が定めた地域など、そもそも間違っているのである。
原爆の被害は、全くの<未知の領域>であり、現行の<人間の尺度>などでは到底及ぶはずもないのだ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます