創作 15歳の姉や(お手伝いさん)

2024年08月15日 11時27分03秒 | 創作欄
沼田一郎は小学校へ入ってから初めて引け目を感じた。
一郎は東京・大田区田園調布本町の桜坂の下にあった三井精機の宿舍に住んでいた。
親子4人が6畳一間で生活をしていたのだ。
学校の帰りに学友の1人が「家に来いよ」誘ってくれた。
高い木塀に囲まれた家で、まず門の大きさに目を丸くした。
浅野の門札も大きかった。
門の脇の木戸を潜ると木立に囲まれた西洋館と2階建の和風の住宅があったのだ。
西洋館は学友の浅野賢治君の祖父母の住まいであり、和風の建物の玄関の呼び鈴を押すと
お下げ頭のお手伝いさんが賢治君を出迎えた。。
「坊ちゃん、お帰りなさい。お母様はお買い物でお出かけですよ」と笑顔がまだ幼い。
「どこまで、行ったの?」
「渋谷までと奥様はおっしゃってました」
お母様、奥様と呼ばれている人は一郎の周辺には居なかった。
「お腹すいたな。何かない?」
「羊羹、最中、甘納豆、カステラなどがあります」
「どれか出して。一郎君、僕の部屋は2階だよ。上がって」
一郎は薄汚れた運動靴を脱ぎ裸足で絨毯を踏みしめた。
その奇妙な感触をまず味わった。
「あの人は誰なの?」
「姉やだよ」
一時期、姉や(お手伝いさん)たちが学友たちの送り迎えてしている時期があったが、ある日、父兄会で問題視されその習わしは禁止された。
無論、自動車での送り迎えも禁止となった。
レースのカーテンが風に揺れ、部屋に金木犀の香りが漂った。
昭和25年の秋のことで、金木犀の香りの季節になると一郎は15歳の姉やが運んで来たお茶と初めて食べたカステラのことが思い出された。
想うに姉やが可憐に映じたのは絣のモンペ姿であったからかもしれない。



















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