goo blog サービス終了のお知らせ 

漢詩を楽しもう

tiandaoの自由訳漢詩

ティェンタオの自由訳漢詩 杜牧63ー67

2011年09月11日 | Weblog
 杜牧ー63
     山行                山行

  遠上寒山石径斜   遠く寒山(かんざん)に上れば  石径(せきけい)斜めなり
  白雲生処有人家   白雲(はくうん)生ずる処  人家(じんか)有り
  停車坐愛楓林晩   車を停(とど)めて坐(そぞ)ろに愛す  楓林(ふうりん)の晩(くれ)
  霜葉紅於二月花   霜葉(そうよう)は  二月の花よりも紅(くれない)なり

  ⊂訳⊃
          はるか寒山に登ると   石畳の径が斜めにつづく

          白雲の湧いている辺に  人家があった

          車を停めて  楓林の暮れゆくさまに見とれていると

          霜葉は二月の花よりも  紅だった


 ⊂ものがたり⊃ 「山行」(さんこう)は有名な詩ですが、制昨年不明です。「白雲生ずる処 人家有り」は隠者の存在を示唆するもので、この時期の作品にふさわしいと思います。「楓」は江南のいたるところに自生していますが、日本の「かえで」とは違う落葉高木です。春の盛りの二月に花を咲かせますが、二月に咲く花よりも秋の紅葉のほうが美しいと、杜牧はくれないの林にみとれています。

 杜牧ー64
   送李群玉赴挙         李群玉の 挙に赴くを送る

  故人別来面如雪   故人(こじん)   別来(べつらい)  面(おも)は雪の如し
  一榻払雲秋影中   一榻(いっとう)  雲を払う  秋影(しゅうえい)の中(うち)
  玉白花紅三百首   玉白(ぎょくはく)花紅(かこう)  三百首
  五陵誰唱与春風   五陵(ごりょう)  誰か唱いて  春風(しゅんぷう)に与(む)かう

  ⊂訳⊃
          一別来君と会えば  雪のような清らかさ

          秋の郷試に合格し  めでたく一榻の待遇をえた

          玉白花紅   詩経のような見事な詩

          春風のなか  都でだれが唱うのか


 ⊂ものがたり⊃ 杜牧の詩名を慕って、遠くから訪ねてくる若い詩人もいました。詩題の「李群玉」(りぐんぎょく)は澧州(れいしゅう:湖南省澧陽県)の出身といいますから、秋の郷挙に合格し、春に都で行われる貢挙の本試験を受けるために上京する途中、杜牧を訪ねてきたのでしょう。
 李群玉はこのとき二十歳代の末で、杜牧より七歳ほど若かったようです。「別来」と言っているのは、杜牧が最初に宣州に勤務したときに交流があり、再来したものと思われます。「三百首」は『詩経』の詩数で、『詩経』のような見事な詩が「五陵」(都)で理解されればいいのだがと、才能のある若い詩人を励ましています。

 杜牧ー65
    念昔遊 其一         昔遊を念う  其の一

  十載飄然縄検外   十載(じっさい)   飄然(ひょうぜん)たり  縄検(じょうけん)の外(そと)
  前自献自為酬   前(そんぜん)  自ら献(けん)じ  自ら酬(しゅう)を為(な)す
  秋山春雨閑吟処   秋山(しゅうざん) 春雨(しゅんう)  閑吟(かんぎん)の処(ところ)
  倚遍江南寺寺楼   倚(よ)りて遍(あまね)し  江南  寺寺(じじ)の楼(ろう)

  ⊂訳⊃
          気ままに過ごした十年間  自由の日々が懐かしい

          酒壷を引き寄せ   ひとりで飲んだこともある

          秋の山よ  春雨よ  暇にまかせて詩を吟じ

          江南の寺  高楼を  訪ねつくして果てもない


 ⊂ものがたり⊃ 冒頭の「十載」は一回目の江南勤務のことで、杜牧は気ままに過ごした若い日々を懐かしみながら、暇にまかせて各地の寺をめぐり歩きます。「秋山 春雨 閑吟の処」と、どの寺も秋の風情は深く、詩興のつきることはありません。

 杜牧ー66
   寄題宣州開元寺         宣州の開元寺に寄題す

  松寺曾同一鶴棲   松寺(しょうじ)   曾(かつ)て一鶴(いっかく)と同(とも)に棲む
  夜深台殿月高低   夜深(よふ)けて  台殿(だいでん)  月に高低(こうてい)す
  何人為倚東楼柱   何人(なんびと)か為に倚(よ)らん  東楼(とうろう)の柱
  正是千山雪漲渓   正(まさ)に是(こ)れ  千山  雪  渓(けい)に漲(みなぎ)る

  ⊂訳⊃
          松林  緑の寺で  鶴と暮らしたこともある

          夜更けて月は    仏閣の甍を照らし出す

          東楼の柱の陰に  もたれているのは何者か

          山には雪が降りしきり  眼下の谷を埋めつくす


 ⊂ものがたり⊃ 杜牧は冬の夜更けに開元寺を訪れたこともありました。詩題に「寄題」とありますので、詩は後に送って寺院の壁に書きつけてもらったものです。それにしても「為に倚らん 東楼の柱」の人物は誰でしょうか。隠者とも思われますが、何者かと杜牧は自分自身に問いかけ、みずからを励ましているようにも見えます。千山に雪は降り、眼下の谷川は雪に埋めつくされています。この叙景には、杜牧の悲痛な想いが込められているように思います。

 杜牧ー67
   宣州送裴坦判官往舒州    宣州にて裴坦判官の舒州に往くを送る
   時牧欲赴官帰京         時に牧 官に赴き京に帰らんと欲す

  日暖泥融雪半銷   日暖かく泥融けて  雪半ば銷(き)え
  行人芳草馬声驕   行人(こうじん)  芳草(ほうそう)  馬声(ばせい)驕(おご)る
  九華山路雲遮寺   九華(きゅうか)の山路  雲  寺を遮(おお)い
  清弋江村柳払橋   清弋(せいよく)の江村  柳  橋を払(はら)う
  君意如鴻高的的   君が意は鴻(おおとり)の如く 高く的的(てきてき)たり
  我心懸旆正揺揺   我が心は旆(はた)を懸(か)くるがごとく  正に揺揺(ようよう)たり
  同来不得同帰去   同(とも)に来たりて  同に帰り去るを得ず
  故国逢春一寂寥   故国にて春に逢(あ)うとも  一(いつ)に寂寥(せきりょう)たらん

  ⊂訳⊃
          陽ざしを受け  凍土はゆるみ雪も半ばは消えている
          春草は萌えて  旅人の馬はいななく
          九華山の路に 寺は雲に覆われ
          清弋江の辺り  橋に柳は垂れている
          君のこころは  鴻のように高く飛び
          わたしの心は  旗のようにゆれ動く
          共に赴任して来たが  いっしょに帰れない
          長安の春に逢っても  寂しい思いがするだろう


 ⊂ものがたり⊃ その年の冬も深まったころ、杜牧は左補闕・史館修撰に任命されます。左補闕(従七品上)は門下省に属し、皇帝を諷諌し、大臣を糾察する役目です。杜牧の父親もこの職に就いたことがあります。ただし、杜牧は史館修撰を兼務しています。史館は中書省集賢殿書院に属し、国史の編纂に当たるのが役目です。修撰はその属官ですが、弘文館と同様、史館には固有の品階がありません。だから杜牧の本務は史館修撰の方で、左補闕は寄禄官であったかもしれません。
 杜牧が帰京の命令を受けたころ、同僚の裴坦(はいたん)は舒州(安徽省潜山県)に出張することになっていました。明けて正月、裴坦の出発に際して送別の宴が開かれ、杜牧は裴坦に詩を贈りました。杜牧も都に帰ることが決まっており、裴坦が出張先から帰るのを待つことなく都へ発つ予定でしたので、留別の詩でもあります。
 舒州(じょしゅう)への道は、清弋江(せいよくこう)を西へ渡って、南陵(なんりょう)から九華山の麓を通ります。九華山の寺は杜牧も訪ねたことがあり、よく知っている道です。杜牧は「同に来たりて 同に帰り去るを得ず」と裴坦も都への転任を期待していただろうと思い、友の心情を気遣っています。

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。