みちのくの放浪子

九州人の東北紀行

終焉を迎える「メーデー」

2018年05月01日 | 俳句日記


今朝の空気は、何の抵抗もなく肺の奥に
入込み、また大気の中に帰って行った。
衣類を脱ぎ捨てて、その中を浮遊したく
なるような気分であった。

近頃、画像の様なカラフルな蝶をよく見
かけるようになった。
蝶類の季は二つに分かれる。
紋白蝶等の小型は春、アゲハ等は夏だ。

それぞれに季節の風情を醸す。
役割を終えれば主客を変えていく。
人の世も然りで、お釈迦様は正しい教え
でも、こだわってはいけないと仰った。

今日は「メーデー」、春の季語である。
初老の男女が数人旗竿を持ち、連れ立っ
てバスに乗り込んできた。
イベントに参加するのであろう。

昭和30〜40年代のメーデーは凄まじく
、組合の内ゲバで死傷者迄出していた。
労働者の権利を人質にした政治闘争だっ
たのだから仕方がない。

その起こりは。国際コミンテルンの策動
に依る大正デモクラシーにまで遡る。
大正9年、東京都電が大規模なストを起
したのを契機としてメーデーが始まる。

それ以来、ずっと革命勢力のビックイベ
ントだったのである。
それが証拠に、70年安保の終焉とともに
ただの仲良しイベント広場になった。

それでも当時の野党党首は、集票の場と
して熱弁をふるっていたが、こともあろ
うに、今年はご招待もなかった。
野党は、連合からも見放された。

〈メーデーの 日の雨音の 幽けしや〉放浪子 季語・メーデー(春)

5月1日〔火〕曇りのち雨
結論から言うと、もうメーデーの役割り
は遥か彼方に去った。
本文に書いたように本家本元のソビエト
が崩壊し、中共も帝国主義的覇権国家に
成り下がっている。

日本に労働三法が成立した時点で、その
役割は終わっていたのである。
一部の野党議員が未だに叫ぶ労働者の権
利を守るなんて題目は、労働貴族と議員
の自己保身の何物でもない。

お金の流れは根本的に変わった。
もはや労も使もなく、企業利益の最大化
へ向けて共闘しなければならない国際環
境となっている。

闘いに敗れれば、異文化の中で、個人が
淘汰されるばかりだ。
国はそうならないように、必死で外交を
やっている。

いっそ、5月1日を「勤労感謝の日」にし
て、労使と国が労働の成果(GDP)を祝う国民の日にしたらどうかと思う。
さすれば、ゴールデンウイークの前半と
後半がつながる。

11月23日はというと、日本版の「感謝祭」
である「新嘗祭」を周知すればいい。
諸外国にも分かりやすい。