寺さんの【伝えたい話・残したい話】

新聞記事、出来事などから伝えたい話、残したい話を綴っていきます。
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(第3247話) 弱が強に

2021年12月19日 | 意見

 “今年の日本シリーズは、熱い。おもしろすぎる。ヤクルトもオリックスも前年まで二年連続の最下位チームだったのに、一転、手に汗にぎる熱戦、躍動、感動の戦いを繰り広げている。両チームとも選手がすべて入れ替わったわけでもないのに、なぜこれほど強くなったのか。その原因究明は専門家にお任せするとして、私が驚くのは、集団の力は個々の力の総和ではないという原理を結果としてみせてくれたことだ。
 明治の初め、福沢諭吉は「集団の力」についてこんな例え話で説明している(文明諭之概略)。臆病者でも三人集まれば臆病ではなくなることがある。この場合の「勇気」というのは、一人一人の勇気の合計ではなく「三人の間に生ずる勇気」なのだ、と。人と人との関係、組み合わせの仕方によって集団の力が変わってくることを化学変化にも比している。カセイソーダと塩酸は個別では劇薬だが、合成すれば食塩となって「日用に供すべし」。逆に、無害な二つの物質が合成によって劇薬となる場合もある。”(後略)(11月27日付け中日新聞)

 「風来語(かぜきたりてかたる)」という欄から編集者の文です。二年連続の最下位チーム同士で日本シリーズを闘う。学生野球のように毎年選手が大きく替わる訳でもなく、一人の選手に大きく負っている訳でもないプロチームである。本当にこんなことが生じるのだ。そしてどの試合も接戦であった。
 そしてこの編集者の文である。集団の力である。集団であるから大きな力となる。それが良い方向に向かえばいいが、悪い方向に向かったら大変である。日本人は「右向け右」と言ったたら、皆が一斉にそちらを見てしまう。個々の判断、状況はもうそっちのけである。それが世界大戦でもあったろう。近くで言えば、このコロナ禍でもあった。少し違う言葉や行動を取ればもうやり玉である。それだけに怖い。
 この日本シリーズに勇気を与えられた人は多かろう。人生、いつ逆転するかも知れない。今恵まれない人は諦めてならない。最善を尽くすのみである。逆に、今恵まれている人はいつ苦境に陥るかも知れない。驕ることなく、謙虚に、感謝を忘れず。今のボクは後者である。


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