寺さんの【伝えたい話・残したい話】

新聞記事、出来事などから伝えたい話、残したい話を綴っていきます。
(過去掲載分は「付録」の「話・話」を開いて下さい)

(第3155話) 腕を組み

2021年06月14日 | 出来事

 “その病院の駐車場は、緩やかな坂でありながら、角張った石ころがあちこち顔を出していました。「父さん、慌てずにゆっくり降りようね。上手、上手」「母さんもゆっくりでいいよ。オーケー、オーケー、さあ出発」
 主人は先日、卒寿を迎えたばかり。私も立派な後期高齢者です。今、集中するのは足元のみ。車から降りた通りは石ころなし。ヤレヤレ。ふと気づいたんです。運転して連れてきてくれた娘の腕が、主人の腕にしっかり組まれていることに。でぶっちょと少々細めの二人。何だか不思議なものを見ているようで、私は当惑しきりです。でも、すんなりいい感じで風景に溶け込んでいます。「しっかりついてこなあかんよ」とは娘の声。五十年ほど前、ぜんそくで苦しんだ娘。何のてらいもなく素直に身を任せている夫。今ではどこでも見かけるような風景ですが、何でしょうか。
 男子厨房に入らず、男女席を同じゅうせすの時代を生き、加えて大変な照れ屋で不器用な人なんです。家の中ではともかくも、明るいお日さまの下でのこと。快癒を目指す通院での大発見でした。診療後は、楽しい食事をいただき、幸せな一日を送りました。ありがとう。”(5月21に付け中日新聞)

 岐阜県羽島市の岡崎さん(女・86)の投稿文です。娘さんがお父さんの腕をしっかり握り、誘導していく。お母さんはその風景を感慨を持って眺めておられる。昔には考えもつかなかった風景なのだろう。老いた父親を娘がかばう、いい風景である。何歳かとみればもう90歳である。当然でもあろう。
 そしてこの風景はボクに訪れるだろうか。やはり今のボクには想像もできない。そんなことができる雰囲気にはない、と今は思っている。でも老いたらどうなのだろう。その時の状況であろう。命までとは言わないが、体の状況は一瞬にして変わる。特に転倒し骨折でもしようなら、もう寝たきりか車椅子にもなる。こんな話は毎日のように身近に聞く。その時に岡崎さんの風景を体験できれば、本当に幸運だろう。まずは少しでも長く自立歩行ができること、そしてそれがかなわくなった時にはこの風景をボクも密かに願いたい。


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