カンボジアの遺跡は 広大で その遺跡群の周囲は
バライ(池)があり 木々が茂り 虫が鳴く
そこを 息子たちは 歩き 虫をみつけ 蛙を捕る。
遺跡の石にむしゃぶりつき 登り 歓声を挙げる。
私の子育ては 野や山で 子を 放つことでした。
そのために 家事を昼寝の間に片づけ 日がな1日
野山 公園で 過したのです。
あの時間は 雑事と会社で埋め尽くされていた生活から
「太陽との生活」に 引き戻された船でした。
子を授かって 私は なんのスタート地点なのか
どこか綾糸 1本 ちがう織り筋に 横飛び ワープしたのです。
子は 自然の中で学ぶ
子は からだを動かすことで成長する
子は 多くの子との触れあいで 育つ
そう信じていたのです。
仕事で奔走していたころには 考えられない
なにもない野原で ただ お日様と風がめぐるなかで
子が 日々 変わっていくのが
新鮮で 喜びで 大いなる出会いだと 感じていました。
カンボジア アンコールワット シェムリアップに
あのころのむすこたちが いました。
マレーシアにきて むすこたちは
近代的 豪華な コンドミニアムの籠に 閉じ込められ
走ることさえ ままならないのです。
私の頭には むすこの進学問題が あらわれ
何年か先の学校のことに 逡巡して
ばくぜんとした 不安を 抱え込んでいます。
私は また 綾糸 1本 横に飛んだようです。
学校 学力 進学
私は むすこたちの教育を アンコールワット
プノンバケンの山の上から 望む王の気持ちに ならなければ
きっと 道に迷うような 気がしてきました。
カンボジアで 私は また もとの綾糸へ
もどろうと
もどりなさいと
クメールのバラモン(僧)に ささやかれた気がするのです。
本当の生きる力
これから 思春期に入る息子の心を まっすぐ学ぶほうへ
道を 踏み誤らないように。
子を授かり 子から学んだあの日々を
私は 忘れてはならないのです。
息子は もう 大きい
私が 強いてできるものでは ありません
彼の心が 希望に満ちた進学に のぞむよう 私のするべきことは
アンコール遺跡のなかで 垣間見えた気がします。 .
クメールの智が 見えない言葉で 包んでいる
バライ(池)があり 木々が茂り 虫が鳴く
そこを 息子たちは 歩き 虫をみつけ 蛙を捕る。
遺跡の石にむしゃぶりつき 登り 歓声を挙げる。
私の子育ては 野や山で 子を 放つことでした。
そのために 家事を昼寝の間に片づけ 日がな1日
野山 公園で 過したのです。
あの時間は 雑事と会社で埋め尽くされていた生活から
「太陽との生活」に 引き戻された船でした。
子を授かって 私は なんのスタート地点なのか
どこか綾糸 1本 ちがう織り筋に 横飛び ワープしたのです。
子は 自然の中で学ぶ
子は からだを動かすことで成長する
子は 多くの子との触れあいで 育つ
そう信じていたのです。
仕事で奔走していたころには 考えられない
なにもない野原で ただ お日様と風がめぐるなかで
子が 日々 変わっていくのが
新鮮で 喜びで 大いなる出会いだと 感じていました。
カンボジア アンコールワット シェムリアップに
あのころのむすこたちが いました。
マレーシアにきて むすこたちは
近代的 豪華な コンドミニアムの籠に 閉じ込められ
走ることさえ ままならないのです。
私の頭には むすこの進学問題が あらわれ
何年か先の学校のことに 逡巡して
ばくぜんとした 不安を 抱え込んでいます。
私は また 綾糸 1本 横に飛んだようです。
学校 学力 進学
私は むすこたちの教育を アンコールワット
プノンバケンの山の上から 望む王の気持ちに ならなければ
きっと 道に迷うような 気がしてきました。
カンボジアで 私は また もとの綾糸へ
もどろうと
もどりなさいと
クメールのバラモン(僧)に ささやかれた気がするのです。
本当の生きる力
これから 思春期に入る息子の心を まっすぐ学ぶほうへ
道を 踏み誤らないように。
子を授かり 子から学んだあの日々を
私は 忘れてはならないのです。
息子は もう 大きい
私が 強いてできるものでは ありません
彼の心が 希望に満ちた進学に のぞむよう 私のするべきことは
アンコール遺跡のなかで 垣間見えた気がします。 .
クメールの智が 見えない言葉で 包んでいる