goo blog サービス終了のお知らせ 

熱帯ゆるゆる日記

マレーシアでの期間限定生活日記。
2008年駐在開始、そして2011年 本帰国しました。

ありがとうございます

2013年09月24日 13時36分19秒 | 本帰国への道 (クアラルンプールにて)
本帰国して もうすぐ2年になろうとしています

いつも 日記にご訪問いただいて ありがとうございます

日本は 秋

日中は30度 朝晩は25度 これは まさしくマレーシアの気候。

今の気候が マレーシアの気候です~

2013年10日9日

モントキアラのコンドミニアムで 日本人駐在ご夫婦が 感電による事故で天に召されました

ご冥福をお祈りいたします

生後半年の赤ちゃんが残されたとのこと

痛ましい事故で言葉になりません

赤ちゃんの未来に幸多いことをお祈りいたします

ネットの現地ニュースによると シャワーの電気畜温水機の漏電による感電ということです

アースの事故でしょうか   ご主人が シャワーを使用中に シャワーヘッドから感電

それを 助けにいった奥様も感電

すべてのコンドミニアムが危険だということではありませんが 漏電の防止策として以下を提案しておきます

*電気畜温水器のアースの状態をチェックする

*シャワーヘッドを金属製ではなく ゴム製に交換しておく

*シャワーを浴びるときは ゴムぞうりをはく 

*家族が感電したときは さわらないで 電源を落とす

また プールやその他の施設でも マレーシアに限らず 日本以外では 可能性がないとはいえません

漏電が懸念されるときは ゴムぞうりをはくなど 防止策を知っておきましょう

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

思い出のJSKL 日本人学校

2011年12月18日 15時08分51秒 | 本帰国への道 (クアラルンプールにて)

こうして見ると やはり 大きな学校です。

今 大少年が通う中学校の担任の先生は 生徒指導担当です。

「思いやりがない。 思いやりを知らない」

から 生徒同士が 荒れて行くと言いました。

想いやり 思いやり   教えてどうなるものでもないような・・・・

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

帰任の飛行機はビジネス クラス

2011年12月17日 19時45分34秒 | 本帰国への道 (クアラルンプールにて)

着任 帰任は 家族もビジネスクラスです。

快適です。帰任の時は 深夜便なので 機内は寝ることになります。

ビジネスだと ラウンジを使うことができます。

おいしいお料理 食べ放題です。

 

こうして 駐在生活が 終わりました。

今 日本での生活が2カ月になろうとしています。

日本で暮らしていると マレーシアの生活は まるで 時空の向こうのような気がします。

 

 

マレーシアで出会った方々にクリスマスカードを描いていると

もう 英語がでてきません。あれは なんだったのでしょう。

我が家は もう 海外駐在はないだろうと思います。

転勤もないだろうと思います。

経験してみると 転勤は 苦しく哀しいこともありますが やはり 良いこともたくさんあります。

なにごとも 経験しないとわからないことがあるものです。

日本に居たときには わからなかったことが 帰国してからわかることもあります。

転勤で 途切れた人間関係を見直すこともありました。

こどもたちは 日本人学校は良かったと 言います。

帰りたいと言います。しかし もう 過去になりました。

家族4人 それぞれが 日本での新しい生活を探し、創り始めるときを迎えました。

私は 現実の介護や生活に とまどいながらも 歩き始めました。

転勤が原因なのか はたまた 私の不徳なのか 友情を失うことも経験しました。

いわれのない憶測や中傷も 実は ありました。

でも 私は クアラルンプールで それ以上の出会いと友情に恵まれました。

その経験と出会いを大切に これからの人生を 今まで以上に 大切にしたいと思います。

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最後のKL散歩

2011年12月16日 07時23分46秒 | 本帰国への道 (クアラルンプールにて)

KLの観光名所は 電車で 回ることができます

ピーターホーで ひといき。屋台もいいのですが 屋台は暑いので 涼しさを求めて ピーターホーへ。

この日の人気は キッシュでした。日本でも キッシュは人気だそうですね

 

KL ブキット ビンタンの夜は 都会

泊まったホテルは 2ベッドルームに それぞれのバスルーム

リビングルームに 玄関ルーム

ゆったりでした。ながめも きれいです

 

ホテルの部屋からの眺め。

これは プドゥー刑務所の跡地。

歴史的建造物でしたが 取り壊されました

KLに来た頃は まだ 残っていました。

モノレールから 中が見えるので・・・・刑務所としては いかがなものか???

マレーシアの刑務所は あまり環境がよくないそうです

捕まらないように 清く正しく滞在しましょう

 

こちらは ツーリスト センター

ここも 歴史的建造物です

インドのお正月 光のお祭り デパバリ前でしたから 飾りが出ています

おすすめは ここのおみやげ。安価でそろいます

トゥンク アブドール ラーマンの博物館もありますが

歩き疲れて ・・・・このあたりも電車で 歩ける範囲です

駐在中に すべてを観光するのは 難しいと思います

遊びに来ているわけでなし 学校も仕事もあります。

自分の好きな風景を切り取るくらいの気持ちでいると いいかもしれません。

KLにいたころは 行きつくして つまらない気がしていた最後の1年でしたが

こうしてみると 慣れたらそれなりに 深く興味が出るところも発見し

今となっては 貴重な経験でした。本当に 駐在を経験して 良かったです

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最後のチャイナタウン

2011年12月14日 08時08分07秒 | 本帰国への道 (クアラルンプールにて)

電車で回る クアラルンプール

チャイナタウン。このイッチアカップというスタンドは フローズン ドリンクのお店で KLのあちこちにあります。

いろいろな種類 いろいろなトッピングがあって 人気です

これが 少年たちの大好物。

私は 冷たい飲み物は 飲まないので・・・・

少年は 記念に飲んでおりました。

 

チャイナタウンの街なみです。

歩き慣れたこの風景も 今となっては 遠い異国です

チャイナタウンから 独立広場にかけて 歩きました。

熱い熱帯のイギリス統治時代の建築です。

 

独立広場は イギリス統治時代には ポロの競技場でした。

マレーシア最初の高層ビル 白いダヤブミ ビルも見えます。

市庁舎まで来ると ゴンバック川が見えます

こうしてみると 懐かしいです。

もう 私は 行くことがないような 気がします。

今は それよりも 早く日本の生活を軌道に乗せること。

日本は なんでもあるし 日本語だし サービス国家だし・・・それに慣れてくると

怖い気もしてきます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

プトラジャヤ半日観光

2011年12月13日 09時35分23秒 | 本帰国への道 (クアラルンプールにて)

コンドミニアムから ホテルに移動して 飛行機に乗るまでの2日間の1日 プトラジャヤに行きました。

鉄道に乗って プトラジャヤの駅まで。

先の日記にも書きましたが 電車で行っても 車で行っても、時間は 同じくらいです。
家族4人だと 料金も同じです。
プトラジャヤの駅から プトラジャヤの市街地までは かなりの距離があり 歩くことはできません。

バスかタクシー利用になります。

私たちは 観光タクシーを頼みました。

駅に ちゃんと タクシーチケットカウンターがあります。

普通のタクシーで プトラジャヤ1周り 70RMでした。  約2時間です。

写真の黄色いタクシーです。

なんでも 新車だそうで、我々が第一号のお客さんだそうで、「観光チャーターで ラッキーだ」と運転手はごきげんでした。

おなじみの ピンクモスク

人口湖のほとりにたっています。

仏教では 水が 宗教的に重要な意味をもちますが イスラムでも 水は とても重要です。

上の写真の右上が 大統領がいるところです。

ピンクモスクの広場の地下には フードコートがあります。

こちらは 裁判所と新しいモスクの門デス。

こちらは 人口の湖かかる橋です。

高速道路からは この橋を渡って プトラジャヤに入ります

人工的に造られた行政都市 プトラジャヤ。  

プトラは 王子  ジャヤ は勝利という意味です。

 

ちょうどこのころ 日本の外務大臣も ここを訪問しています。

外国の要人を迎えるために大きなホテルもあります。

だけど 新しく造られた町なので 人気が少なく、生活感がありません。

日本と同じくらいの面積の国土に2500万人しかいないので 土地があまっています。

ゆとりを感じます。日本に来ると 人口密度が高い感じがします。

プトラジャヤが ゆっくり観光したかったのですが 小少年が 「つまらない」とぐずり 見ることができませんでした。

歴史は まったくない町ですが おもしろい町で、 マレー人の考える価値観が 見えてくる建築です。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夜のブキッ ビンタン  ~クアラルンプール~

2011年12月12日 13時31分39秒 | 本帰国への道 (クアラルンプールにて)

この写真は マレーシア出国間際に 夕飯を食べに行った ブキット ビンタンです。

ブキット ビンタンは  星の丘  写真も きらきらです

マレーシアにいるころは この高級ストリートは あまり用事がなく 渋滞地域でもあるので

めったに行きませんでした。

現在は 人が集まるブキビンですが あと何年かすると また 流行の街は変わるのでしょうね

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

さようなら IDカード  =クアラルンプールの空港にて=

2011年12月11日 10時42分06秒 | 本帰国への道 (クアラルンプールにて)

これは マレーシア在留証明のIDカードです。

パスポートのかわりになる重要な身分証明です。

これを 常時携帯する義務があります。

マレーシア国籍の人は このカードが ブルーです。

ベージュは 労働ビザとその家族のもの。

現在は 発行が休止しているので 持っていない人もいます。

カード作成の機械が 使えない(たぶん システム故障?)のです。

このカードを提示することは 日常生活で とても多いです。

日本でも 住民基本台帳の番号が 国民についていますね。

IT社会では 必要なものかもしれませんが 番号がつけられることに 日本では論議がありました

マレーシアは 多民族国家

大陸と陸続きの国

海外からの労働者が とても多い国です

IDカードは そんな国情をあらわています

このカードがあれば 出入国カードがいらないです。

お世話になった IDカードも これで さようなら。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大少年の奇跡  ~クアラルンプールにて~

2011年12月11日 08時30分28秒 | 本帰国への道 (クアラルンプールにて)

大少年の親友 Dくんは 今年の3月 JSKL(日本人学校)卒業して、インタナショナル校に進学しました。

インター校進学とともに 引っ越して 遠い町に行きました。

治安の関係で こどもだけでの外出ができないKL。

それに 電車もないので なかなか 会えません。

マレーシア出国前に Dくんに会いたいと 切望していましたが スケジュールが合わず 会えませんでした

「心残りだな~~」

しかたありません。

さて マレーシア出国の前日 家族で KLCCの紀伊国屋に行きました。

なんと なんと すると そこには Dくんがいたのです!!!!!!

 

なんという偶然でしょう。

KLCC 紀伊国屋の日本書コーナーで 偶然 会ったのです~~~~~

友情の念力

2人とも 大喜びです

Dくんは マレーシア永住、めったに  というか 日本に行くことはない子です。

それはいいのですが

紀伊国屋で 2時間 2人とも離れがたく 動きません

Dくんのご両親も私たちも  困りましたが・・・・・待っていました。

大きくなって ひとりで 飛行機に乗って 会えるようになるまで あと少しです

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最後のおでかけは ツインタワー

2011年12月10日 21時49分13秒 | 本帰国への道 (クアラルンプールにて)

 

飛行機に乗る前 最後に見上げた ツインタワー

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする