薩摩芋郎 STORY

100の議論より100円の寄付。
人生は100の苦しみ1回の喜び。
SHOCHU IS MY LIFE

タニーヤン・ネパール放浪ダイアリーズ1<機上にて>

2005-08-29 | Weblog
いまからちょうど10年前、1995年3月29日。
関空~上海,そしてネパールへ。カトマンドゥまでの飛行時間と天候が英語でアナウンス
されているロイヤル・ネパール・AIR機内でじっと手のひらを凝視する僕がいた。
こんなに手のひらを見つめたのはこの世に生を受け始めてのことだった。
手のひらの皺を一つ一つ見ていると不思議な感覚になる。まるで樹の年輪のようだ。
人生の縮図にも、人生のレールにも、轍にすら見えてくる。
見つめながら、命、生と死、大震災のこと、家に残した幼き息子と妻、家族のこと。
そしてカトマンドゥでやり遂げたいことなど様々な思いが交錯、神経を刺激し撹乱した
挙げ句アドレナリンが大量に放出され、どわっと手のひらに汗が噴き出してきた。
その時、すぐ横に座る社会を教えているという40才位の先生が急に話しかけてきた。
「あなたのすぐ前の座席の人はね。実は学校の同僚なんですけど・・・
 教え子がこの間の大震災で亡くなったんです。」
1月17日、図らずも37回目の僕の誕生日におきた阪神淡路大震災の犠牲者への
供養、追悼の旅だという。前をちらりと見ると寂しく苦しげな表情で目を閉じていた。
ふと、機外に目をやる。雲がめまぐるしく変化していく。
僕には動物や人の顔に見えた。
象、ネコ、女性、子供、犬、ライオン、カバ、ねずみ、牛、老人・・
やはり聖なる国の上には天国があるのか。
葬儀場の煙突から煙になった魂が天国に召される前に気化し雲になるのかな、
と思いながら、慌ただしかったここ数ヶ月と
ネパール行きを思い立った3週間前の夢のことを思い出した。

つづく

*機上より雲を眺める(以下すべていまは亡きコンパクトカメラで撮影)