名探偵ポアロとユーモア(2022.9.14日作)
2022年9月現在
NHK BS 3チャンネル 午後九時放送
「名探偵 ポアロ」
有名な アガサ クリスティー原作ドラマ
このドラマに込められた
そこはかとないユーモア
見ていて心地良い
本物のユーモア
ポアロ 助手 女性秘書
三人それぞれが それぞれに
相手を尊重していながら 表面的には
軽くあしらう風に見せる
その言動に 巧まぬユーモアがある
込められている
日本のお笑い芸人達の大袈裟な動作 身振り
道化ぶりは何処にもない
笑わせようともしない
それでいて その言動に滲み出る
そこはかとない可笑しみ
自然な可笑しさ
お笑いではない 本物のユーモア が
ここには ある ユーモアの本質
それが ここに垣間見える
ユーモアとはこういうもの
確信させる
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ヒガンバナ(完)
二人のおそうしきは次の次の日におこなわれて、おハカも二つならべてつくられたんだけど、二人より年うえだったお姉ちゃんは、二人が死んでしまったのは、自分が助けてやらなかったからだ、と言って毎日毎日、自分をせめて泣いてばかりいたんだ。お父さんやお母さんがいくら、お姉ちゃんのせいじゃないよ、と言ってなぐさめても、聞こうとはしなかったんだ。それでお姉ちゃんはとうとう、心の病気になってしまって、大きな家の中のいちばん奥の部屋にとじこもってしまって、出てこなくなっちゃったんだ。外へでるのがこわいと言ってね。
お母さんやお父さんはそれでしかたなく、その部屋へごはんなんかを運んでいってやったりしていたんだ。
そんなことがあって、ふたりの男の子が死んでから早くも一年がたってしまって、その年の秋にも、ヒガンバナはいつもの年のように沼のまわりいっぱいに咲いたんだけど、その年にはなぜか、いっもの年には見られなかった白い花がポツンと二つ、赤い花の中にまじって咲いていたんだ。
村の人たちはそれに気がついて、
「あれ、めずらしいね。白いヒガンバナだよ」
と言って、話しあっていたんだけど、べつに深くは気にしなかったんだ。
やがて秋もおわってその年の冬は寒さのきびしい冬になったんだ。雪もいっばいふったりして、農家の人たちは外へも出られなくて、家の中でいろいろ仕事をしていたんだけど、そんなある夜のこと、心の病気になっていたお姉ちゃんが、自分の病気の苦しさにたえられなくなって、沼へ入って死んでしまったんだ。
朝になってお母さんがご飯を運んでいったとき、お姉ちゃんの姿が見えなくて、みんながあわててさがしてみると、元気なころにお姉ちゃんがはいていた、赤いはなおの下駄がないことに気がついたんだ。
それでみんなが家の外に出てみると、雪の中にお姉ちゃんが歩いたのにちがいない下駄のあとが見つかって、それをたどってゆくと、沼につづいていたんだ。そして、沼のそばには二つの下駄がきれいにならべられてあって、水の中をさがしてみると、お姉ちゃんの死体が見つかったんだ。
お姉ちゃんは着ていた着物のたもとにいっぱい土を入れて、自分の体が浮き上がらないようにして死んでいたんだ。
家の人たちは、男の子たちが死んだことを自分の責任だとばかり思いつづけていて、いくらほかの人たちがお姉ちゃんのせいではない、と言ってなぐさめても聞きいれようとはしなかったお姉ちゃんの心のやさしさを思い、男の子たちが死んだ時いじょうに悲しんで、お姉ちゃんのおハカも男の子たちのおハカとならべてつくってあげたんだ。
それから、ひと月ほどして冬もようやく終わって春になり、農家の人たちも仕事が出来るようになって、いつもの年と同じように田植えをしたり、草とりをしたりして、いそがしい毎日がはじまって日がすぎていったんだ。
そうして、その夏もおわって今年もまた、ヒガンバナの咲く季節がきて、沼のまわりにはいっぱいに赤いヒガンバナがそろって咲きはじめたんだ。それに気がついた人たちは、
「ああ、またヒガンバナの季節がきたよ、早いもんだねえ」
と、話し合ったりしていたんだけど、ふと、だれかが、
「あら、きょねんは二つだった白い花が今年は三つそろって咲いてるよ」
と、言っておどろいた顔をしたんだ。
その言葉でほかの人たちも白い花にちゅういを向けて見ると、たしかに白い花のヒガンバナが三つそろって咲いていたんだ。
「あれ、ふしぎだねえ。きょねんは二つだったのに、今年は三つだよ」
ほかの人たちも口ぐちに言ってふしぎがったんだ。
そんな話しがひろがってうわさになると、そのうち、だれともなく、あの白い花はきっと、あの沼で死んだ三人の子供たちの、いのちの花にちがいないよ、って言うようになっていたんだ。
男の子たちがなくなってから、さいしょの秋には二つの白い花が咲いて、つぎの年のお姉がなくなった年の秋には三つの花が咲いたんだから、だれもがそう思ってもふしぎはないよね。それで、それからはずっとあの三つがそろって咲いていて、それいじょうにふえることがないんだから、ますますそうおもえるよね。ボクはどう思う ?」
「うん、そう思う」
「思うよね」
おじいちゃんは言いました。
「水にしずみそうになった年下の子をいっしょうけんめい助けようとした男の子と、二人を助けられなかったのは、自分のせいだといって心の病気になってしまったお姉ちゃんと、みんなのやさしい、まっ白な心がやっぱりあの白い花になって、ああして咲いているんだよね。きっと」
おじいちゃんは、しずかな声で言いました。
ぼくは、おじいちゃんのそんな話しをきいて、もっとよく白い花を見てみると、まっ赤に咲いている何百本もの花の中でたつた三本だけ、ポツンと咲いている白い花がなんだかさびしそうに見えてきて、思わずなみだがこぼれそうになりました。そのなみだをかくすためにぼくは、おじいちゃんより少しおくれて歩きながら、心の中で白い花にむかって手をあわせ、おいのりをしました。すると、あの沼で死んだ三人のすがたがしぜんに眼に浮かんできて、また、なみだがこぼれそうになりました。
完
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takeziisan様
毎回 お眼を通し戴き 有難う御座います
御礼 申し上げます
故郷の廃家 わが家の跡は現在 太陽光発電設備が
設置されています
業者が土地を貸してくれと言って来たものです
変わりゆく人 世の中 そして取り残されて佇む自然
ブログの中の自然 いい風景です 柿の木のある風景
日本を代表する風景です 懐かしく拝見させて戴きました
キバナコスモス 見てみたいです
以前 田舎のわが家の傍にも ピンクのコスモスの群生が見られた事もありましたが
何年かするとなくなっていました
サクララン 三度目 わが家では月下美人が三度目の
花を咲かせようとしています
二回目の花の一つが赤い実となって残っているのですが
ニ、三日のうちに三度目の花が咲きそうです
昨年は二回 今年は三度目 以前にはなかった事で
やはり 気候の変化でしょうか 地球はどうなるのか
四 五十年前には想像も出来なかった事です
「日曜はダメよ」評判になりましたね
でも なぜだか この映画は見逃してしまいました
観てみたい映画の一つです
美しい自然の風景 今回も堪能致しました
有難う御座います
桂桂蓮様
有難う御座います
ブログ ポワント写真 期待してお待ちしております
実態は何時も醜いもの 自分の想像の中では総てが美化
されてしまいます その御言葉 御謙遜ーー それは差し置いて
お気持ち 理解出来ます
旧作 幸せの裏面
再読 拝見しました
改めて様々 考えさせられました
風の匂い 涼しさの中に感じる幸せ 理解出来ます
この小さな幸せ これこそが本当の幸せそのものですね
欲望を満たす幸せは長続きはしない その通りだと思います
欲望は次から次へと果てしのないもので、ますます大きくなるばかりです
その点 身体で感じ取る幸せ ここには純粋な感情があります
本物の幸せだと思います
冒頭の写真の森の中の水の流れ この流れの中にも人の心を潤すものがあります
ここに感じる幸せ感こそが純粋な幸せだと思います
前回のコメントでおばあちゃんバレーと御謙遜でしたが
こちらの新聞には松山バー団には二十人の講習性がいて
そのうち五人が五十歳以上の人だと書いてありました
おばあちゃんバレー 御謙遜には及びません
今夜(18日) こちらではNKK放送で午後九時より日本の代表的バレー団の共演放送があります
楽しみにしているところです
お忙しい中 何時も有難う御座います