歓喜と悲哀(2018.12.10日作)
今日は 今年は
これが あれが 出来るようになった
今日は 今年は
これが あれが 出来なくなった
幼児 と 老齢者
今日に 明日に また一つ また一つ
出来るようになった 出来る事の
増えてゆく喜び 幼児の時間
今日に 明日に また一つ また一つ
出来なくなった 出来る事の
消えてゆく哀しみ 老いゆく者の時間
人の生きる時間 時は
喜びと哀しみ を
同じ船に乗せて 同じように 運び
運んで来る
運んで行く
夜明けが一番哀しい(6)
ピンキーは 答えなかった。依然、百キロを超えるスピードで突っ走りながら、
「道を間違えたらしい」
と呟いた。
「えっ !」
ノッポが不快感をあらわに言った。
「ぐるぐる眼が廻りやがって、道がよく分かんねえや」
ピンキーが投げ遣りに言った。
「冗談じゃないよ。だから俺、厭だって言ったんだよ」
ノッポは今にも泣き出し兼ねない声を出した。
「あんたが運転しないから悪いのよ」
安子がノッポに当り散らした。
「だいたい、夜中に横浜の港なんかへ行こうって言うのが悪いんだよ。そんな事言わなけりゃ、こんな事にならなかったんだよ」
画伯が息絶え絶えに、力なく言った。
「だって、しょうがないでしょう。船を見たかったんだから」
トン子は泣き声でおろおろしながら言った。
「へッ、ロマンチックなもんだ」
ノッボが悪意を込めて言った。
「ピンキー、車を止めてよ。間違った方角へいくら走ってもしょうがないでしょう」
トン子が涙声でピンキーに食ってかかった。
ピンキーはその言葉と共に一気にブレーキを掛けた。
深夜の路上にけたたましいブレーキとタイヤの軋る音がして車が止まった。誰もが座席から放り出されて重なり合った。
「あんた、あたしたちを殺すつもり!」
安子が猛然と食ってかかった。
ピンキーはだが、その時にはもう、ハンドルにもたれ掛かってうつらうつらしていた。
みんなは改めて座席に座り直した。
「あんた、いったい、どうする積もり?」
安子がトン子を責めた。
「どうするったって、わたしに聞いてもしょうがないでしょう」
トン子がべそをかきながら言った。
ピンキーはハンドルに凭れたまま眠っていた。酒の酔いが一気にまわったようだった。
「このままじゃあ、俺たち、確実に事故って死ぬよ」
ノッポが確信に満ちた声で、だが、心細げに言った。
「だから自分で運転すればいいのよ」
安子はなお不機嫌に当り散らした。
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ピンキーは十分近くたってか眼を覚ました。
「ここは何処だい?」
ピンキーは自分の置かれている立場をすっかり忘れてしまっていた。ハンドルを握っている事さえ自覚していないようだった。
「あんたが訳の分からない所へ、あたしたちを連れて来ちゃったのよ」
トン子が腹立たしげに言った。
ピンキーはようやく自分の立場を理解した。再び車を発進させた。
「あんた、大丈夫なの、冗談じゃないわよ」
安子が咎める声で言った。
「方角が、どっちがどっちだか分かんねえや」
ピンキーが投げ遣りに言った。話す言葉つきに、まだ酔いの醒め切っていない気配があった。
「少し戻って環八に出た方がいいと思うわ」
今まで黙っていたフー子が始めて口を開いた。
「ここは何処なんだ?」
ピンキーは言った。
「東宝の撮影所の近くへ来ちゃってるわ」
画伯はみんなの足の下で体を折り曲げて小さくなっていた。座席に腰掛けている事さえ出来なくなっていた。
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フー子のうろ覚えの道案内で、どうにか環八通りから第二京浜へ出て横浜方面への道を辿る事が出来た。
長い時間の末に京浜東北線の関内駅の横を通過した時、トン子が急に弾んだ声を張り上げた。
「見て見て、横浜公園入り口って書いてあるわよ」
「横浜公園なんかあったってしょうがないじゃないか。山下公園ならともかくさ」
ノッボが言った。
「ほら、あれが横浜スタジアムじゃない。野球場よ」
トン子は相変わらずはしゃいだ声を張り上げた。
車はそのまま市庁や県庁の建物の立ち並ぶ通りを走った。県庁わきの交差点の一画にある 交番の赤い灯を見たノッポが、
「ヤバイぜヤバイぜ」
と、思わず叫んだが、ピンキーは意にも介さなかった。信号を無視して走り続けた。