欲望(2025.8.23日作)
人間の持つ欲望を
一概に否定する事は出来ない
欲望が有ればこそ人は
人として生きる上での向上心が
生まれる 反面
欲望は人を悪の道
奈落の底へと突き落とす
善の道への欲望
悪の道への欲望
両面 備え持つ人間 その
欲望を支配し得るものは
人が持つ考える力 理性
地球上 棲息する生き物達 その中に於ける
唯一 人間だけが持つ
考える力 理性
その理性を喪失した人間
一般的生き物 野生動物と
変わりの無い存在
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<青い館>の女(53)
そんな加奈子の前でわたしは、近寄る術さえ見い出せない思いのままに、それでもなお諭す様に静かに言った。
「どうして、そんなに早く子供を産みたいの ? まだ、若いんだし、わたしとしては君には今まで通りの君でいて貰いたかったんだ。身体の不調を抱えている今のわたしには、君にして遣れる事と言っても限られている。それに君だって今まで通りの君で居れば何に縛られる事も無く自由で居られたのに」
「わたしぃ自由なんか要らないんですよぉ」
加奈子は溢れる激情を抑え切れない様子のままに激しい口調で言い返して来た。
「でも、一人で居ればいろいろ可能性も開けて来るし、子供が出来てしまえばその子供に縛られる事になる。若い人との間の事なら兎も角、わたしの様な人間との間では・・・・」
「わたしぃ、若い奴なんて大っ嫌いなんですよぉ」
わたしが言葉を置く間もなく加奈子は言い返して来た。
頬の辺りが怒りで小さく痙攣していた。
その言葉を聞いてわたしは、
「前にもそんな事を言ってたね。どうしてそんなに若い人を嫌うの ?」
疑問と共に諭す口調で言っていた。
「わたしぃ、若い奴らに乱暴されたんですよぉ。それも兄弟の奴らにぃ。わたしがその家から出られないと思ってぇ、二人でいい様にわたしを乱暴したんですよぉ」
息を吞む驚きと共にわたしは言葉も無いままに加奈子を見詰めた。
加奈子はそんなわたしの言葉などは期待していなかった。溢れ出る感情を抑え切れない様子のままに言葉を続けた。
「中学生三年の時にぃわたしぃ、親戚の家の大学生と高校生の兄弟にぃ、代わる代わる乱暴されたんですよぉ。わたしの両親がぁわたしの小学校六年の時に死んでしまってぇ、その家に預けられたもんだからぁ」
嗚咽が加奈子の言葉を乱した。
その嗚咽が言葉を聴き辛くしていた。
嗚咽が途切れた時にわたしは聞いた。
「兄弟の両親はその事を知らなかったの ?」
「知っていたかどうか分かんないんだけどぉ、わたしが中学を卒業してぇ、その家を飛び出すまで続いていたんですよぉ。」
「同じ家に居て、どうしてそんな事になったの ?」
追い詰められた加奈子の姿が見える気がしてわたしは聞いた。
「初めはぁ高校生の弟がわたしの部屋へ来たんですよぉ。そしてぇ、乱暴してぇ、もしこの事を喋ったらこの家に居られなくなるぞって、脅かしたんですよぉ。わたしぃ、悲しくて悲しくてしょうが無かったんだけどぉ、その時はまだ子供だったからぁ誰にも言えなかったんですよぉ。そしたら今度はぁ兄貴の方が来てぇ、弟とセックスしてるだろうって言って、また、わたしを乱暴したんですよぉ。それがぁ、わたしが家を飛び出すまで続いていたんですよぉ」
加奈子は途切れる事の無い嗚咽の中で総てを打ち明ける様に言葉を続けた。
「どうしてそんなにまでされて黙っていたの。おじさんかおばさんに言ってしまえば良かったのに」
「だからぁわたしぃ、何をされるか分からないと思って怖かったんですよぉ」
加奈子は嗚咽の中で言った。
「君のお父さんとお母さんはどうして亡くなったの」
加奈子への同情の思いと共に自ずとその言葉が口を出ていた。
加奈子はその言葉を聞くとまた、激しく泣きじゃくった。
泣きじゃくりと共に加奈子は言葉を口にした。
「お父さんがぁ肝臓の病気でぇ死んでしまってぇ、お母さんはぁその哀しみやぁ看病の疲れやなんかでぇ、神経衰弱みたいになってしまったんですよぉ。それでぇ、お父さんが死んでからぁ三か月位してからぁ、交通事故に遭って死んじゃったんですよぉ。わたしぃその時ぃ、小学校六年で良く分からなかったんだけどぉ、今になって考えてみるとぉ、神経衰弱だったお母さんはあの時ぃお父さんの後を追って自殺したんじゃないかって思うんですよぉ。お父さんとお母さんは仲が良くてぇわたしぃ、そんなお父さんとお母さんが大好きだったんですよぉ」
両親の話しをする加奈子の顔には懐かしさへの思いと共にその幸せを噛み締めるかの様な表情があって涙は乾いていた。
「それでおじさんやおばさんの所で暮らす様になったの ?」
「そうなんですけどぉ伯父さんはお母さんのお兄さんでぇ、とっても良くしてくれたんだけどぉ、外国航路の船の船員さんだったのでぇ、滅多に家に居なかったんですよぉ。伯母さんも悪い人ではなかったんだけどぉ、わたしとは血の繫がりがなかった分だけぇ伯父さんとは違ってたみたいなんですよぉ。伯父さんは家に帰って来る時にはぁ何時も自分の子供達と同んじ様にぃ、いろんなお土産を買って来て呉れたりしてぇ、わたしは伯父さんが好きだったんだけどぉ、家の中の事は全部伯母さんがしていたからぁ、何も知らなかったみたいなんですよぉ」
加奈子は言ったが、その言葉の中にわたしはふと、加奈子が年の離れた中年も過ぎた男のわたしを毛嫌いする事の無かった本質を見た思いがした。
「それで、中学校を卒業するとその家を出てしまったの ?」
わたしは聞いた。
「そうなんですけどぉ、わたしその時には高校の試験にも受かっていてぇ、伯父さんも伯母さんも進学出来る様に準備をして置いてくれたんですよぉ。でもわたしぃ、兄弟の奴らに好き勝手にされるのが嫌だったからぁ、黙ってその家を飛び出しちゃったんですよぉ」
「伯父さんや伯母さんはそれから、何も言って来ないの ?」
「来ないですよお。わたしが何処に居るのかも知らないしぃ」
「それじゃあ、君だけが悪者になっちゃうじゃないか」
「悪者になってもいいんですよぉ。あんな家に居るよりはぁ。それにぃ、伯母さんもわたしが二人に何か意地悪でもされているんじゃないかという事には薄々、気付いていたみたいなんですよぉ。何も言わなかったんですけどぉ。だからいいんですよぉ」
加奈子は諦め切った様な口調で言った。