絶対的一人(2020.7.26日作)
人間は 絶対的一人 の 存在
人の 死の瞬間を見れば 分かる事
その死には 他者の 見守る事は出来ても
介入する 余地は無い
誰も 吾 一人 吾 の 命を 死んで逝く
しかし 人間 一人では 生きられない
絶対的孤独の存在 人間 その人間が
弧では 生きられない 悲劇 喜劇
喜び 悲しみ 生の矛盾が 生まれる
絶対的孤独者 人間 その人間
いかに他者と折り合い 溶け合い
生きてゆけるか その
融合技術 能力 その
巧拙 高低 が 人の
幸 不幸 を
左右する
-----------------
晩秋(完)
晩秋の午後の陽射しは静かだった。
既に町並の舗道にも、駅前の玉砂利の広場にも、侵略者のような長い影が延びていた。黄色い陽だまりの暖かさの中を、買い物籠を下げて歩いて行く秋子自身の影もまた、例外ではなかった。
秋子は、そんな自分の影を楽しむかのように、足元を見詰め、その影を踏みしめるようにしながら歩いて行った。
午後三時四十八分のバスが来るまでには、まだ暫くの間があった。どのみち、停留所で待たなければならなかったが、黄色い銀杏の落ち葉に埋まる広場の隅にある待合室のベンチには、三、四人の地元の人らしい中年、老年の男女の姿が見られた。秋子の見馴れたいつもの光景だった。
弘志との邂逅など、想像だにしていなかった。秋子が待合室の入り口で立ち止まり、ふと、今、自分が歩いて来た方へ視線を戻して町並を振り返った時、不意に背後から声を掛けられた。
「秋子さん」
思わず、我に返ったように振り向いた秋子の眼の前に弘志は立っていた。
「高木弘志です」
秋子は突然の出来事に一瞬、声を呑んだまま、硬直し、言葉が出て来なかった。ただ自失したように驚きの眼で声を掛けて来た男の姿を見詰めていた。
「久し振りですね」
弘志は屈託のない柔和な微笑を浮かべて、今にも手を差し伸べて来そうな様子で言った。
「分かりませんた」
秋子には、そう言うより他に出来なかった。
そして、今、秋子の眼の前に立っているのは、紛れも無い一人の中年の紳士だった。肩幅も広く、胸の厚さも増して恰幅の良い男性に秋子は、昔の弘志を見る事は出来なかった。
「そうですか。でも、僕はすぐ分かりました。秋子さんだって」
弘志は楽しそうに言った。
秋子は黙って頷くより外なかった。
弘志は幼い頃世話になった、「田舎の家」の叔父の七回忌があるので来たのだ、と言った。三回忌の時には海外での仕事とぶつかってしまって来られなかったので、今回はどうしても来たかった、と言う事だった。
「汽車の中で調べ物をしていて、気が付いたら次の駅だったので、慌てて降りて、ほんのちょっと前に、上りの汽車で一駅戻って来たところなんです」
笑いながら弘志は言った。
僅か十分か十五分のバス来るまでの間が、次のバスが来るまでの一時間以上の間になってしまった。
何を話したというのでもなかった。駅前の小さな喫茶店で、話題はあれからこれへ、これからあれへと、取り止めも無いままにはずんだ。無論、秋子が弘志に何も言わず帰って来てしまった事、弘志が自分の胸の裡の鬱屈したものを表現したいんだと言っていた、その夢を実現させた事なども話題に上った。
初めは自分が突然、帰って来てしまった事への、わだかまりのようなものを抱いていた秋子も、弘志の屈託の無い話しぶりや、幸福そうな現在の姿を見ているうちに次第に気持ちがほぐれて来て、なんの拘りも無く話せるようになっていた。のみならず秋子は、弘志が秋子に感じ取っているかのようにも思える、弘志への懐かしさのような感情さえも同時に抱いていた。
そんな二人にとって、一時間と少しの時間は長いものではなかった。その間、はしゃぎ合い、笑い合う声さえなかったものの、二人にとっては、充実した満ち足りた時間であった。そして、秋子が弘志の乗ったバスを見送ったのは、既に夕闇が駅前広場に低く霞を棚引かせている頃だった。
秋子は弘志の乗ったバスを見送ったあと、弘志が向かった、そして秋子の実家のある海辺の村とは反対側の山の手へ向かうバスに乗った。
バスは乗客も四人のガランとした車内に明かりを灯して田圃と杉林の間に続く道を車体を揺らしながら走った。秋子は揺れる座席に身を任せたまま、十数年振りの弘志との再会を暗くなっているバスの車窓に思い描きながら、何かしら自分でも理解し得ない満ち足りた思いの中にいた。
五
秋子が帰った時、松林の中の家はすっかり闇に包まれていた。ガラス戸のガラスの白さだけが冷え冷えとした感触で眼に染みて来た。
秋子は慌しく玄関のドアの鍵を開け、座敷に上がると電灯を灯した。
家を出た時のままの座敷が冷たい部屋の沈黙の中に浮かび出た。いつも十畳の間に据えられたままの紫檀の大きなテーブル、その上に放り出されている新聞、編み物の雑誌。午後いっぱいは常に消されたままでいるテレビのブラウン管が冷め切った白さを見せている。カーテンの隙間から見える透明なガラス戸は外の闇を映して動きもしなかった。
秋子は壁に掛かった結婚祝いに実家の両親から送られた柱時計に眼をやった。
間もなく五時三十五分になろうとしていた。
急かれる思いだった。
夫が帰って来るまでに夕食の支度が出来ているだろうか ?
夫はこのところ七時前後に帰っていた。
それまでにお風呂を沸かし、御飯と味噌汁を作り、おかずを作り、家の中が冷え切ってしまわないうちに、雨戸も閉めなければならない。急いで取り入れた洗濯物も畳まなければならない。
弘志との邂逅に思いを馳せている暇はなかった。ただ、夫がいつもより遅く帰って来てくれればいい、と願った。
秋子が慌しく追い掛けられるように夕食の支度を終え、安堵の吐息を付いた時に夫が、いつものように自転車のブレーキの音を立てながら帰って来た。
秋子は玄関に出迎えた。
子供のいない夫婦にとってそれは、新婚以来、変わらない習慣だった。
夫はまず、風呂に入った。
秋子は夫の脱ぎ捨てた洋服を洋服掛けに掛け、新しい下着を揃えると夫が風呂から上がるのを待った。
その後、二人だけの食事が始まった。
この時間は秋子にとっては最も幸せな時間だった。昼は何時も一人だけの寂しい食事だったし、朝は朝でほとんど時間いっぱいまで床を離れない夫のせいで、落ち着いた食事などしていられなかった。この夜の食事のひと時だけが、夫婦の絆を紡ぎ合うかのようにあれこれ語り合い、くつろいだ気持ちで心ゆくまで時の経つのも忘れて過ごす事が出来た。夫の前には何時もビールの瓶と幾品かのつまみ物があった。
秋子は当然の事ながら、夫には弘志との再会は話さなかった。話すべき事ではなかったし、話す必要もないと思っていた。総ては秋子の心の内に留めておけばよい事だった。
夫に対するやましさはなかった。夫に対する愛情は秋子の裡では何一つ変わっていなかった。その愛情に秋子は自信が持てた。夫は秋子にとっては、誰よりも掛け替えのない人だった。二人の間には十数年に及ぶ時間を共に生きて来た強い絆があった。その絆を引き千切る事は誰にも出来ない。これからも秋子は長い人生を夫と二人で生きてゆくだろう。その事には揺るぎのない確信があった。そして、秋子はそれで幸せだった。この静かな松林に囲まれた家で。
「さあ、今夜は早く寝るとするか。毎日、毎日、やれ試験だ。やれ練習だ、じゃあ疲れてしまうよ」
夫は食後の安逸に倦み果てたように大きな背伸びをすると、屈託無く言った。
「試験の答案調べはしなくていいの ?」
毎日、夜遅くまで机に向かっている夫を見ている秋子は言った。
「うん、後の分はそんなに急がないんだ」
夫は時間のゆとりを見い出した幸福感のようなものを滲ませて言った。
夫が寝室に向かったのは、それから十分程してからだった。
秋子は食べ散らかした夕食の後の片付けをした後で風呂を済ませ、その体の温もりを冷ますように居間のテーブルに向かって膝を折った。田舎町の夜は既に深かった。まるで遠い地の果てにいるかのように、物音一つ聞こえて来なかった。ただ、時おり落ちる松かさの地面をたたく音だけが聞こえて来た。
弘志は明日、午後二時十分の汽車で帰ると言った。秋子はだが、その弘志を見送る事はしないだろう。その心は決まっていた。弘志を送るだけの時間は充分にあるのだが。見送らないでこの静かな松林に囲まれた家で一人の時間を過ごすだろう。弘志の最初の小説を眼にした時、最後までそれを読まずに焼き捨てた事を秋子は弘志には話さなかった。秋子に取ってはそれが弘志との間の総てだった。
寝室からは早くも安らかな夫の寝息が聞こえて来た。
秋子はその時、なぜか寂しい自分の心の内を意識していた。
完
----------------
桂蓮様
コメント 有難う御座いました
バレエのお稽古 御夫婦共に
お羨ましい限りです 六十代
まだ若いです 人生これからが
いろいろな制約から解放されての
楽しい時ですよ
それにしても二十四キロ
映画の中で見るあの広大なアメリカ
桂蓮様の御文章で実感出来る思いです
落葉掃き 広ければ広いなりに
御苦労も多いのですね 頑張って下さい
コメント 決して不快ではありません
どうぞ 御気になさりませんようお願いします
いずれにしても世の中
謙虚な人はなかなか表に出たがらず
鼻持ちなら無い傲慢不遜な人間だけが
幅を利かすものです
此処は禅の心で何事も気にせず
他人は他人 吾は吾
有るけど無い 無いけど有る
この心でゆきましょう
有難う御座いました
takeziisan様
有難う御座います
ブログ 今回も楽しませて戴きました
秋の京都 プラタナスの新宿御苑
この季節ならの景色ですね
それにしても この国日本は
政治的 社会的には いま一つの所があって
評価出来ませんが
国土に関してだけは一級品ですね
テレビ映像で見る限りに於いては
この国の国土はまるで宝石の様な
美しさと輝きを持った国だと
思います この美しさが何時までも
持続される事を願わずには
いられません
野菜畑 楽しみがお有りで
羨ましいです 一年一年
月日の経過が速くなってゆきますが
下り坂を走る車や電車と一緒で
仕方のない事なのかも知れません
でも人間 楽しむ心さえあれば
元気でいられるのではないでしょうか
どうか お仲のよろしい奥様共々
お体にお気を付け下さいませ
いつもつまらない文章に
お眼をお通し下さる事に
心より感謝申し上げます