同窓会ー切羽詰まって(2012.11.8日作)
あの人が亡くなった
あの人は体調不良で
ベッドの上の生活
わたしの連れ合いが亡くなった
あの人の連れ合いも亡くなった
七十五歳 後期高齢者
昭和二十九年三月
千葉県匝瑳郡白浜村中学校卒業生
同窓会 話題はいつしか
暗い色彩に彩られる
かつては
数十名を越えた出席者も
今では十数名
年毎 回毎に増す
淋しさ 出席者の減少
顔を合わせ 言葉を交わせば
遠く過ぎ去った日々
今につながる 経て来た
長い長い歳月も
たちどころに消え失せ
あの頃 あの日々
少年少女時代が舞い戻り
時を忘れる楽しさ
至福の時間が五感を満たす ひと時
しかし それも束の間
夢の時間が過ぎれば 別れの時間
ふたたび 老いの現実 今が立ち戻り
忍び寄る暗鬱 暗い影が
身辺を包む 二年に一度の同窓会
次回会う時 その時には
どんな現実 どんな影 どんな変化が
日々 忍び寄る
老いをかこつ身に
降り掛かって来ているのか ?
時の 一瞬 一瞬 日常
生活のあれこれ総てに
かつての輝き 若かりし
あの頃 あの日々の
力強さ 堅固さなどは
望むべくもなく
ひ弱な頼り無さだけが 日ごと増し
色濃く漂う中
同窓会も年に一度の開催話しが
話題に上る
切羽詰った現実
眼の前に見えて来る
人の世の命の終わりの影が
年老いた身を
生き急がせる
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蜃気楼(完)
二人か三人の子供達と夫に囲まれ 台所に入り、煮物の味付けをしている自分の姿が明子には想像出来なかった。
台所仕事が嫌いだというのではなかった。得意な料理も幾つかあって、友達を自宅に招いた時などには、何時間もかけてその料理を作った。そして、それはそれで幸せな時間であった。ただ、明子にはどうしても妻として、母としての自分が想像出来なかった。子供も夫も、自分にとっては煩わしいだけの付属物としか思えなかった。仕事の場に立つて、キリッとした姿勢で仕事に打ち込んでいる、そんな自分だけが真実の自分であるとしか思えなかった。ーーその心に従って今日までの自分を生きて来た。その自信に揺らぎはなかった。しかも、その成果は充分に手にしていた。
それでいて、いったい何故 ? 何が不満だと言うのだろう・・・・ ?
或いは、柚木正信の姿をチラリと見て、今夜はその思いが倍加されているのだろうか? 満たされぬ愛、対象のない愛、一途に愛を傾ける事の出来る相手のいない寂しさがこんなにも今の自分の心を荒ませているのだろうか ?
だが、柚木正信はかつて、自分からその愛を拒否した相手だった。今更、その相手に求めるものはないはずだった。今の明子には望んで手に出来ないものはないのだ。
いったいわたしは、何を追い求めているのだろう ?
わたしが追い求めているものは単なる、幻にしか過ぎないものなのだろうか ? やり場の無いこの心の淋しさ、いったいこれは、何なんだろう ?
明子はふと時間が気になって自分の腕時計に眼を落とした。
間もなく十一時半になるところだった。
十一時半はこの店が看板の灯を落とす時間だった。
店から追い立てられる前に、柚木に電話を掛けてみようか ?
なぜか、そんな気になった。理由はなかった。酔いによる気紛れ心に違いなかった。
柚木は多分、結婚しているだろう。子供もいるに違いない。今日、眼にしたあの姿から想像して、その生活は幸せなものに違いない。
電話器はカウンターの右隅に置かれていた。過去にも何度か使った事のある電話だった。ホテルのカウンターの電話番号は覚えていた。
電話はすぐに繋がった。
「わたくし、先程までお世話になっていた、デザイナーの五島ですけど、そちらにMデパートの柚木さんていう方がお泊りだと思うんですけど、お電話繋いで戴けません ?」
いたずら電話だと思われる事を恐れて明子は名乗って言った。
馴染みのフロントでは疑う事もなく明子の申し入れを受けた。
「少々、お待ち下さいませ」
電話は待つ間もなく繋がった。
「はい、柚木です」
訝るような響きを含んだ声が聞こえて来た。
「夜分、遅くに御免なさい。御迷惑かと思ったんですけど、先程、ホテルの前で偶然お見かけしたものですから」
酔っていたが、明子はしっかりした口調で言う事が出来た。
「失礼ですが、どちら様ですか」
その口調は乾いていた。拒否するような色調さえ込められていた。
一瞬、明子はためらった。それでも気を張って言った。
「五島明子です」
柚木は答えなかった。
その沈黙が何を意味するのか、明子には分からなかった。それでも明子は酔いの勢いに任せてかまわず言っていた。
「もう、お寝みになっていたんですか」
「いえ」と今度は柚木の声が聞こえて来た。
「明日、会議があるので、その書類の整理をしていたところなんです」
柚木は言った。
「御出張でいらっしゃったんですか ?」
明子は先程ふと思った事を口にした。
「そうです」
「やはり今も札幌で ?」
「そうです」
柚木の声は堅かった。
「そちらで御結婚なさったの ?」
明子は素直に聞いた。
「ええ、まあ」
柚木の声は曖昧だった。
「おめでとう御座います、って言っていいのかしら ?」
皮肉ではなく言った。
「有難う御座います」
柚木の声は相変わらず醒めていた。
「いつまでこちらにいらっしゃるんですか ?」
明子はその声の調子になんとなく他人行儀な思いを抱いて言った。
「明日、支店長会議が終わり次第帰ります」
柚木はやはり同じように言った。
「じゃあ、今は支店長さん ?」
「ええ、まあ、そういう事になってます」
「それは重ね重ねにおめでとう御座います」
明子は言った。
「有難う御座います」
柚木はそう言ってから、
「あなたも大分、有名になって」
と、明子に祝福の言葉を返すように言った。
「ええ、わたしもどうにかやっています」
「時々、クイズ番組なども見ていますよ」
柚木はようやく打ち解けたような口調で言った。
「あら、あの番組、そちらにもいってるんですか ?」
「ええ、もう一本のトーク番組も見ています」
「そうですか。見て下さって有難う御座います。嬉しわ」
「あなたも望みが叶って本望ですね」
柚木は皮肉ではなく言った。
「それ、皮肉 ?」
だが明子は少しの親しみに媚を含め、冗談めかして言った。何故だか、柚木のその言葉が軽い痛みを伴って明子の胸の内に刺さって来た。
「いえ、いえ、そんな事はありませんよ」
柚木もようやく幾分かのくつろいだ口調になっていた。
「先程、ホテルの前でお見かけしたの。お気付きにならなかったでしょう ?」
明子は柚木のくつろいだ口調に応えるように、自分もやはりくつろぎの色を滲ませて悪戯っぽく言った。
「いいえ、知っていました。タクシーの中に居る時、あなたがホテルの前に立っているのが見えました。すぐにあなただって気が付きました」
明子は息を呑んだ。
あの時、柚木はタクシーを降りると明子の方へは視線を移すこともなく、フロントを目差して歩いて行った。
既にあの時柚木は、明子の存在に気付いていたのだ。
明子は激しいしっぺ返しを受けたような思いで呆然とした。
じゃあ、なぜ一言、声を掛けてくれなかったの か ?
柚木に対して沸き起こる微かな憎しみの感情を意識した。
それでも明子は務めて冷静を保ち冗談めかして言った。
「まあ、意地悪ね。知っていて、なぜ声を掛けてくれなかったの ?」
それに答えて柚木は言った。
「あなたはもう有名人だから、ぼくなんかは近寄り難いですよ」
柚木がその言葉をどんな思いで言ったのか、明子には分からなかったが、何故か傷付く思いがした。
「偉くなると随分、皮肉がきつくなるのね」
思わず冗談めかして厭味を言っていた。
「とんでもない、皮肉だなんて。本当ですよ」
柚木の言葉には幾分くだけた口調の笑いが含まれていた。
「柚木さん、今はお幸せなんでしょう」
今度は明子が少しの皮肉を滲ませて言った。
「ええ、なんとか」
柚木はだが、明子の言葉を素直に受け取っていた。
「お子さんは何人いらっしゃるの ?」
明子は聞いた。
「上の男の子が十歳で、下の女の子が八歳の二人です」
「奥様は札幌の方 ?」
「ええ、そうです」
「羨ましいわ」
「あなたはまだ、結婚しないんですか ?」
「まだ独りよ。でも、もう貰ってくれる人なんかいないわ」
「そんな事はありませんよ。あなたみたいに美人で有名なら、望みどおりでしよう」
「そうならいいんだけど」
そう言って明子は何故か、途端に胸が詰まって泣きそうになった。懸命にそれを堪えて、
「柚木さん、今でもわたしの事を怒っていらっしゃる ?」
と言った。
「何故です ?」
柚木は明子の言った事を理解しかねるように言った。
「だって、あちらへ発つ時、柚木さん、電話を下さらなかったわ。わたし、待っていたんですけど」
明子は半分、抗議の思いを込めて言った。
「ああ、あの時は何かと忙しくて、つい、忘れてしまいました。失礼しました」
柚木は言ったが、その言葉には過去を懐かしむ響きはなかった。
明子はまたしても、その感情を見せない柚木の言葉遣いに傷付く思いで、それと共に、これまで抑え付けていた胸の内の晴れないものを一気に解き放つように言っていた。
「今夜、これからお会い出来ません ? わたし今、銀座七丁目のバーにいるんですけど、そんな遠くないからすぐに伺いますから ?」
「えっ、今から ? いえ、それはちょっと無理ですね。今、明日の会議のための書類を整理しているところなので」
柚木は突き放すように言った。
だが、酔いに任せた明子の感情はなおも昂ぶりをみせていた。
「お忙しいのならわたし、お手代するわ」
明子は言った。すでに半分、喧嘩腰になっていた。
「酔っていますね」
柚木はその気配には気付いたようで言った。
「酔ってなんかいないわ」
明子は強い口調で言った。続けて、
「ただ、あなたの姿を見てちょっと懐かしくなったものだから電話をしただけよ。もし、今夜が駄目なら明日、会議が終わった後でもいいわ。会うって約束して下さる ?」
と言った。
「時間がないと思いますよ」
柚木はやはり突き放すように言った。
「逃げているのね」
明子は言った。
「そんな事はないですよ。ーーだいぶ酔っていますね。もう、家へ帰ってお休みになったらどうです」
柚木は言った。静かな口調だった。
「酔ってなんかいないわよ。ただ、一人ぼっちの家へなんか帰りたくないから、こうして電話をしているんじゃない」
「お友達は傍にいないんですか」
柚木は言った。
「いないわよ。ホテルのレストランで食事をして、その後、逃げられちっゃたのよ。だから家庭持ちなんて嫌いよ」
「ぼくも家庭持ちですよ」
柚木は笑いながら言った。
「家庭持ちを自慢したいほど、奥さんを愛しているのね。そんなに幸せなのね」
思わず涙声になるのを必死に堪えて明子は言った。
「あなただって幸せでしょう。あなたが望んだ通りにあなたは、あなたの人生を生きているんだから」
柚木は言った。
「そう思う ? そう思ってくれるのは有り難いけど、だけど、それがちっとも幸せじゃないのよ。昔、そこへ行けば有ると思っていたものが、いざ着いてみたら何もなかった。まるで蜃気楼のように消えてしまっているのよ。ねえ、わたし、これからいったい、どうしたらいいの。どうしたらいいと思う ? わたしには分からないのよ。教えてよ。いったいわたし、これからどうしたらいいの ?」
「もう冗談はいい加減にして、家へ帰ってお休みなさい。だいぶ言葉尻が怪しくなっていますよ」
「あなた、わたしに意見をする気 ? あなたにそんな権利なんてないわよ。そうでしょう。あなたとわたしはなんの関係もないんだから。もし、そう言われて悔しかったらわたしを抱いてみなさいよ、昔みたいに。これからわたし、あなたの部屋へ行くから」
明子は言った。半分、食って掛かる勢いだった。
「バカな事を言っちゃ駄目ですよ。もう、電話を切りますよ」
柚木は言った。
「わたしを抱く事なんて出来ないでしょう。奥さんが恐いんでしょう。家庭の幸福を乱されたくないんでしょう。そうに決まってるわ」
明子は続け様に言った。支離滅裂な言葉を口にしている事は酔いの廻った頭でもぼんやり理解していた
「電話、切りますよ」
柚木は言った。
「切りなさいよ。早く切りなさいよ。酔っ払い女なんか相手にしていても仕方がないわよ」
明子は言った。
「どうしたんですか。だいぶ酔ってますね。傍に誰もいないんですか ?」
「誰もいないわよ。もう、このバーも看板だし。ーーわたしが泣いているのが聞こえる ?」
柚木は答えなかった。受話器の向こうから空白だけが伝わって来た。
「ねえ、わたしが言っている声が聞こえる ? 答えてよ」
明子は叫ぶように言った。
その時、電話の切れる音が受話器を通して聞こえて来た。
完
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蓮蓮様
コメント 有難う御座います
無意識の行動にはその人間の
良い面も悪い面もそのまま出てしまいます
これは恐い事ですが 物を造ったりする人間に
於いては 無意識のうちに出来る そう
なった時にこそ 本物だと言えるのでは
ないのでしょうか
「未来の幸せ 過去の思い出」
再読させて戴きました
冒頭のお写真 好いですね
優しそうな御主人様と肩を寄せ合って
お幸せそうなお姿に嬉しく思いました
どのような人であれ 人の不幸を見るのは
辛いものですが 幸福な様子を見るのは
見る方にも暖かな思いが伝わって来ます
日本での写真でしょうか
人との出会い 大切ですね 良い人との出会いは
一生の宝物になります そのような宝物を
お持ちの桂蓮様はお幸せな方だと思います
いつもお眼をお通し戴き 有難う御座います
takeziisan様
いつも有難う御座います
今回もまた 楽しいひと時を
過ごさせて戴きました
それにしてもやはり当地から比べると
豊富な自然を感じます わが家の近く
ほんの百メートル余りを行った場所には
大きな江戸川が流れていますが高い堤防で
向こうを遮られています その代わり
安全性は堅固に思えますが 堤防に上れば
見えるのはビル ビルばかりです
はるか遠方には冬の晴れた日などには
富士山なども小さく見え 冠雪なども見られます
あとはスカイツリーがその手前 左側に
ビル群の上に突出して見えています また反対側
五十メートル程行きますと大きな防災公園に出て
桜なども見られますが 所詮 造られたものです
自然の良さは感じられません
日記 貴重な記録です 是非 続けて記事に
して戴けたらと思います 拝読していて
そうだった と頷く事ばかりです
川柳 いいですね 皮肉も軽い笑いも
短い分の中にさり気なく詰まっていて心を刺し
長文には無い魅力です
雷鳥 感動的です 実際にお撮りになったのですよね
羨ましい限りです
素人野菜つくり 元気の源ではないですか
スーパーの弁当で夕食を間に合わす
実感が伝わって来て なんだが拝見しているだけで
楽しくなって来ます
どうぞこれからも奥様共々 頑張って下さい
有難う御座いました