遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉266 小説 ナイフ 3 ナイフの輝き(完) 他 不戦の誓い

2019-10-27 14:18:04 | つぶやき
          不戦の誓い(2014.6.12日作)
            (この文章は2014年7月20日、第3回に
            掲載したものですが、最近、憲法について
            の話題がの多く見られるますので再度、掲載
            したいと思います)

   この国 日本が持つ おそらく
   世界の数ある国々の中でも
   極めて稀な しかも
   貴重な宝
   不戦の誓い
   非戦闘国 日本
   第二次世界大戦
   惨めな敗戦へと突き進んだ
   この国の過去 あの愚を
   再び繰り返す事のないよう願い
   定められた この国を形作る規範
   憲法
   その憲法が今 揺れている 否
   揺さぶられている ぐらぐら ぐらぐら
   その根源 根底から覆そうとするかの様に
   揺さぶり 揺り動かし 切り崩しにかかる
   勇者気取り 正義の人 気取りの者達
   戦う事が正義 戦う事が勇者の姿
   と 信じてでもいるかのように
   猪突猛進 一途に
   突き進む者達 その
   愚かさ 怖さ
   彼等の眼には見えていないのか ?
   力による解決 力による和平
   力による制圧 力による支配
   いずれの道も いつかは破綻
   元の木阿弥 新たな憎しみ
   新たな怨念 新たな争い
   その火種となり得る
   事象 事例が・・・・
   戦う事だけが 正義の道ではない
   戦わずして勝つ
   武器を手に
   敵地に乗り込む者は
   真の勇者とは成り得ず
   番犬を背にした臆病猫
   真の勇者は自身を頼りに
   心一つで敵地に乗り込む
   心は万能 武器では動かぬ心  
   心に向き合う心 寄り添う心 で
   心は動きを見せる
   分かり合う心 溶け合う心 
   許し 許し合う 謙譲の心
   武器を持ち 戦う事が正義の姿
   勇者の姿ではない
   戦わずして勝つ 勇者の進む道
   第二次世界大戦 その後
   この国 日本は ただの一度も
   世界に数ある国々 その
   いずれの国とも戦火を交えず
   ひたすら心に寄り添い 心を分かち合う
   その道を選び 進んで来た
   第二次世界大戦 戦後もすでに七十年
   今この国 日本が世界に誇り得る 宝玉
   不戦の誓い 非戦闘国としての姿
   今この国 日本が世界に誇り得るものは
   幾多 多様の形を持つ この国の文化 様式
   人の心に寄り添い 人の心に和みと安らぎ
   至福と喜びをもたらす 柔の力 剛の力ではない
   和の力 世界で一番 
   世界に最も良き影響力を持つ国 日本
   数年前 英国調査機関により
   発表された事実
   今この国 日本は 世界の各地に穏やかなたたずまい
   豊かな文化 知恵を浸透させ
   その色で染め抜いている クールジャパン
   この時 この時期 その
   宝を捨て 戦火を交える事態も厭わぬ
   愚を犯してはならない この国 日本を
   破滅へと導く第一歩
   その一里塚とも成り得る道へ
   踏み出してはならない
   勇者を気取る者 正義を気取る者達は
   渦中に入る その愚を心に刻み
   知るべきだ
   戦わずして勝つ
   戦う事はいずれの国 いずれの国民 人々にも
   命の犠牲 悲惨を強いる
   戦後七十年 この国 日本は不戦の誓い
   非戦闘国 その規範のゆえに
   国民の誰一人 銃弾 戦火に命を落とす事もなく
   世界の中の誰一人 ただの一人の
   命を奪う事もなく
   過ごして来たこの国 日本
   この宝 歴史の中にキラリと光る宝玉 宝を
   今この時 捨て去る道を踏み出す
   愚を犯してはならない


          ------------------


        ナイフの輝き(5)


          五

 明夫は眼をつぶった。すると幼い自分の姿がはっきりと見えて来た。同時に、まだ顔も知らない酔っ払いでならず者の父や、小さな飲み屋の二階で、明夫が傍に寝ている事もはばからず、夜ごと、男達の体の下で感情のままに乱れ狂う母親の姿などが脳裡に浮かんだ。
 明夫は母を憎み、父親を憎んだ。誰よりも真っ先に、この二人を殺してやりたい、と思った。あの母親と父親がいなければ、自分はこの世にいなかったのだ。そう思うと、生きている事への嫌悪感が、先に立った。鉄さびにまみれ、ネズミのように地べたを這いずり廻っている自分が虚しかった。まさに最低だ、と思った。
 ナイフの輝きは、そんな時にも明夫の脳裡を離れなかった。ナイフの見事な存在感と共に自分の生きている世界の惨めさが自ずと対比され、虚しさは一層に増幅された。
 始めて仕事を休んだのは、そんな感情を抑え切れなくなった、ある日だった。土曜日の、映画を観て三人連れと悶着を起こしたあの日から、十日近くが過ぎていた。
 その日、明夫は終日、精液で薄汚れた布団の中でごろごろしていた。
 午後一時過ぎになって、ようやく起き出したらしい、二階の女の立てる物音が聞こえて来た。明夫は、聞き耳を立てながら、女が今、何をしているのか、と想像した。いつだったか、女が階段を下りて来る時、チラッと眼にしたスカートの中の太ももの白さが眼に浮かんだ。女は、時折り、男を連れ込んでいるらしかったが、明夫自身には眼もくれなかった。小坊主のお前なんか歯牙にもかけない、と言ったような、ツンとした態度に明夫は日ごろから女への反感を募らせていた。
 女の立てる物音が静かになった。
 今、女は何をしているのだろう、明夫は布団の上で仰向けになったまま、想像した。たった一枚のこの天井板を剥がせば、女の部屋なんだ、と考えると、異常な興奮に捉われた。この天井板を剥がして、女の部屋へ行き、思いっ切り女を犯す場面を思い描いた。明夫の手にはナイフが握られていた。
" 騒ぐな。大きな声を出したら、このナイフで刺すぞ "
 女の恐怖と共に、思い掛けない出来事に呆気にとられた顔が眼に浮かんだ。
" いいか、俺の言う事を素直に聞け。そうすれば何もしないから "
 女は怯えた顔で黙っていた。
" 服をぬげ" 
 女は渋々、ブラウスを脱いだ。
" スカートもだ "
 明夫は自信に満ちた声で言う。いつもの" 山ザル " と呼ばれる、おろおろした態度の明夫はそこにはいなかった。
" 大人しくやらせれば、なんにもしない。どうせ、いつでも、男たちを咥え込んでるんだろう "
 想像しているうちに耐えられなくなって、自分の手で果てていた。
 女は風呂へでも行くのだろうか、ドアを閉めるらしい音が微かに聞こえた。
 明夫は夢想に疲れていつの間にか眠っていた。

 翌日、明夫が出勤すると、工場主任の成瀬は血相を変えて怒った。
「みんなが一生懸命に働いている時に、無断で休む奴があるか、バカ野郎。おまえなんか、休むのは十年早いよ。ひょっこのくせに」
 明夫は謝りもしなかった。頭を垂れただけで聞いていた。
 成瀬主任が去った後、明夫は仕事への強い嫌悪感を抱いて、持ち場に向かう気力も失せたまま、のろのろと足を運んだ。
" もし、主任があんまりうるさい事を言ったら、あのナイフでいつでも刺してやる "
 腹の中で呟いた。
 明夫の仕事は次第に投げ遣りになっていった。以前のように几帳面に後片付けをする事もなくなった。
 仕事から帰ると、ナイフを持ってアパートを出た。心の内にはいつでも、充たされない思いの苛立ちを抱えていた。自分が何をしたいのか、よく分からなかった。アパートの部屋にこもり、食パンを齧りながら週刊誌を彩るヌードを眺めての、一人の性には満足出来なくなっていた。
 明夫は喫茶店に入り浸った。口の重い陰気な山ザルに親しい仲間の、すぐに出来るわけもなかった。ボックスの片隅で、ジャンパーの内ポケットに忍ばせたナイフを唯一の頼りに、華やかに出入りする人の群れに、敵意のこもった視線をむけ、見つめていた。
 喫茶店を出ると、当てもなく夜更けの街を歩き廻った。
 心の内には何もなかった。その心で明夫は時折り、夢想した。
 明夫によく似た境遇の女でよかった。明夫と同じようにその女も、華やかな明かりを避けるように暗がりの路地の角に立っていた。
" なんだ、こんな所にいたの ? "
 明夫は言った。
 女は化粧も乏しい蒼白い顔に、微かに微笑みを浮かべて頷いた。
" 何処へ行こうか?  "
 明夫は女の腕を取り、肩を並べて歩きながら言う・・・・・。
 現実には、そんな女の子はいなかった。華やかな夜の街には、明夫には近寄りがたい、けばけばしく装った水商売の女たちの、艶やかな姿が溢れているばかりだった。
 明夫は歩き疲れると、ようやく、今日一日の虚しい思いを抱えたまま、アパートの自分へ帰って行った。
「おまえ、仕事をする気がないんなら、この工場を辞めろよ。遅刻はするわ、一週間に一度は休むんじゃあ、はた迷惑だよ。みんながどれ程困ってるのか、分かってんのか」
 工場主任は言った。
 明夫は主任に逆らう気持ちはなかった。諦めに似た思いだけが強かった。
 明日からの生活に、当てがある訳ではなかった。それでも明夫は仕事を辞めた。
 その月の給料と、給料の半月分が退職金として支払われた。
 明夫は一度に支払われた、今までにない金額、明夫にとっては大金を手にしたまま、ただ、茫然とした思いの虚ろな心を抱いて、一日中、部屋にこもった生活を続けていた。外出する事もなかった。自分がどうしたらいいのか、分からなかった。パンを買いに出るのだけが、唯一の外出だった。精液と汗の匂いのこもった部屋の窓を開ける事もなかった。
 仕事を辞めて以来、初めて外出したのは、半月程してからだった。閉塞状態の、牢獄にでもいるような生活にさすがに息苦しさを覚えるようになって、その殻を突き破りたいという、衝動的な思いのままに部屋を出ていた。無論、ジャンパーの内ポケットには、あのナイフが収められていた。
 久し振りに見る夜の街は華やかだった。今までに見た事もない街を見るような、新鮮な思いに捉われた。なぜだか、気分が浮き浮きしていた。自分のそばを通り過ぎて行く人々の群れにも、懐かしさにも似た思いを抱いた。
 果物店の店先や、洋品店の華やかな飾りつけがまぶしく眼に映った。
 明夫は突然、胸を突かれた。眼の前に、例の金物店のウインドーがあった。狼狽した。思わず逃げ出しそうになったが、同時に、懐かしさにも似た感情を覚えて足を止めた。
 自分が盗んだナイフの飾られてあった、あの場所はどうなっているのか、好奇心が湧いた。
 ウインドーの中には、明夫が盗み取ったナイフと同じナイフが、以前のままに三本並べて、刃を開いたまま飾られていた。
 ナイフはウインドーの中で相変わらず華やかな輝きを見せながら、照明を浴びて置かれていた。三匹の蛇が絡み合う柄の飾りも見事で、白銀の中に蒼い波型模様を見せる刃の輝きも見事だった。良いナイフだ、と改めて思った。
 明夫は今まで忘れかけていたナイフの輝きを再認識させられた思いの、微かな興奮状態のまま、ウインドーを離れた。再び、夜の街を歩きながら、ジャンパーの内ポケットからナイフを取り出して、刃と柄の接点にある金色のボタンを押しては、ナイフを開いたり閉じたりして歩いた。
 その夜、部屋へ帰った時には夜半を過ぎていた。

 どのようにしたら、最も自分の気持ちを満足させられるように生きられるのか、考え続けていた。外出する事はなかった。
 心は奇妙に澄んでいた。気分は爽快だった。あれこれ思い悩む事もなかった。確かな事は、自分の気持ちの内で、何かが一つに集約されつつあるという実感だった。その集約されるものが何なのか、まだ良く見えて来なかった。
 明夫は再び、外出するようになった。食事には小ぎれいなレストランなどを選んだりした。その日の気分のままに行動した。
 集約されつつあるものが次第にはっきり見えるようになって来た。
 明夫は街の中で人々の群れの中にいる事に、奇妙な安心感と喜びを感じるようになっていた。自分が社会の中の一員であるような気分が強く意識された。今まで抱いていた孤独感を意識する事もなかった。
 自分の行動は、この数限りない群衆の中で、何時でも実行に移す事が出来る。そう思うと幸福感にも似た思いが生まれた。
 明夫の外出は続いた。ジャンパーの内ポケットには、いつでもナイフが収められていた。ナイフがもたらす微かな重みと、その存在感が明夫の安心感に繋がっていた。
 明夫は夢想した。この行為の決行には、軽々しい相手ではいけない。ナイフが持つこの確かな重量感と、華やかさに似合った相手でなければいけない。
 明夫の頭の中にはもう、憎しみに溢れた自分の父親や母親の姿はなかった。工場主任の成瀬の顔もなかった。明夫を山ザルと呼んだ工員たちの姿も、二階の部屋の女の姿もなかった。
 その行動がいつになるのか、明夫自身にも分からなかった。今はただ、この幸福な思いを心一杯享受したいと思うだけだった。その頭の中にははっきりと描き出されていた。
 " 理由なき殺人事件 十九歳の少年、通行人を襲う "
 
 
                完
 
 

                    kyukotokkyu9190様

        いつも有難う御座います
        励みになります
        ブログ 独特の語り口
        何処から来るのですか
        思わず 吹き出します

 


 
  
   

   
   
   
   
   
   

           

遺す言葉265 小説 ナイフ3 ナイフの輝き(4) 他 自然と人と

2019-10-20 13:25:09 | つぶやき
          自然と人と(2019.10.14日作)

   昨日 笑顔で別れた人の
   今日の運命(さだめ)を 誰が
   予想し 知り得た だろうか
   一瞬で 消え 変わる 人の命
   はかなさ もろさ 消えた命は
   二度と再び 戻らない
   戻る事は ない
   明日のあなたは
   今日のあなた では ない
   昨日のわたしは
   今日のわたし では ない
   移り 過ぎ逝く時の中 刻々 変わる
   人の世 世の中 現実
   事件 事故 災害 人災 天災
   人と自然が紡いで織る
   現実世界 その中 人は
   自然の流れを 流れる木の葉
   漂う小舟 無力な存在
   自然の力 流れの中での
   はかない存在

         命 その愛おしさ


       ----------------


         ナイフの輝き(4)


           四

 仕事から帰ると明夫は、ほとんど部屋に籠ったきりでいた。土曜日に、風呂にいった後で映画を観に出る以外の外出はめったになかった。男性週刊誌のヌードやエロ雑誌が明夫にとっての唯一の慰めだった。ナイフを手にしてからは、そのナイフが力強い支えとなって明夫の気持ちを煽り立て、自分がいっぱしの人間になったような気がした。その気持ちの昂りと共に、グラビアに見る女性たちのヌードに次々にナイフを突き立てては、女たちを犯す夢想に酔い痴れた。今までにない快感が更に明夫を酔わせた。そして時には、その対象が時折り顔を合わせる、二階のホステスらしい女であったりした。
 通勤にナイフを持参してゆく事はなかった。想像の中では、工場主任や厭な工員達にナイフを向け、日ごろのうっぷんを思い切り晴らす事もないではなかったが、その行為を実行に移すだけの勇気は、まだ、なかった。
 始めてナイフを持って外出したのは、薄暗い四畳半の部屋の中での女たちを犯す行為にも飽きて、更なる何かの刺激が欲しくなって来た頃だった。ナイフを手にしてから、四か月ほどが過ぎていた。
 その土曜日、明夫はいつものように風呂から帰った後、映画を観るために外出した。
 駅前の繁華街の外れにある、二本建ての古い映画を上映する映画館を選ぶと、袋入りのあんパンと"カキのタネ"を買い込み、客席に座った。
 上映開始と共にスクリーンには、高倉健や鶴田浩二などが華々しく活躍するシーンが次々に映し出された。明夫は"カキのタネ“を口に運ぶ事も忘れて、息を呑む思いでスクリーンに見入った。
 最終回の上映が終わったのは、十一時近かった。映画館を出ると、池袋の繁華街にもさすがに夜(よ)の更けた気配が濃厚だった。ネオンサインの輝きにも、Ⅰ日の疲労感を映すかのように虚ろな影が濃かった。
 明夫はそんな街の中を、今観て来たばかりの映画の興奮も冷め遣らぬままに、主人公が自分に乗り移ったかのような思いで、肩を怒らせて歩いた。ジャンパーのポケットでずしりとした重みを感じさせるナイフが、その思いを一層強いものにしていた。
 一つの路地を曲がった時だった。三人連れの若い男達とすれ違った。そのうちの左端にいた男と肩が触れ合った。
 相手は多少、酔っていたようだった。少しよろめいた体を立て直すと足を止めて、
「おい ! 気を付けろよ。この薄のろ 」
 と言った。
 明夫も思わず足を止めて振り返った。
 普段の明夫なら、あるいは、相手が三人組だった、という事もあって、おとなしく謝るか、何も言わずに遠ざかっていたかも知れなかった。
 しかし、その日は違った。映画を観た興奮がまだ醒め切っていなかった。その上にジャンパーの内ポケットには、ずしりとした重みを感じさせてナイフがあった。
 相手は、明夫より頭一つ高い、大柄な二十二、三歳といった感じの男だった。それでも明夫は恐れなかった。相手の罵る言葉と共に込み上げる怒りの中で、咄嗟にポケットのナイフを意識した。
 明夫の右手は素早く動いていた。映画の興奮が影響していたのかも知れなかった。ナイフを取り出すと、いつも四畳半の部屋で繰り返し実行していた、柄と刃の接点にあるボタンを押してナイフ開き、一歩退いてナイフを構えた。
 相手の酔っているらしい大柄な男は、小柄な明夫を見くびっていたのかも知れなかった。明夫が構えたナイフを見ても恐れる様子はなかった。なおも明夫に向かって
来ようとした時、連れの男達が、その男を押しとどめた。
「おいおい、よせよ。構うなよ。行こう、行こう」
 と、相手の男の腕を取って、引き戻した。
 連れの男達二人はそのまま両側から、大柄な男の腕を取って歩み去って行った。
 明夫は思わず、張り詰めた雰囲気から解放されて、ホッと溜め息をついた。
 それでも、刃を開いたままに握られているナイフを改めて意識すると、その効果の絶大だった事に言い知れぬ歓喜を覚えて、自分が一廻り大きくなったような気がした。 
 その夜、明夫は映画を観たあと、いつも立ち寄る深夜営業の喫茶店にも行かなかった。真っ直ぐ自分の部屋に帰り、ドアに鍵を掛けて明かりを点けると、その下に立って、ポケットからナイフを取り出した。
 明かりの下で点検するナイフの刃が、蛍光灯の光りに、ふと、きらめくのを眼にした瞬間、男達との言い争いを思い出した。大柄だった男の姿が眼の前に甦った。明夫は咄嗟に身構えると、甦った男の影に向かって、「やるのかよう」と、口に出して言っていた。
 相手のたじろぐ様子のなかった姿を思い浮かべながら、もし、あのまま男が向かって来たら、ナイフを突き刺していただろうか、と思った。
 それは自分にも分からなかった。


           



          ----------------

 

         kyukotokkyu9190様

   有難う御座います。心より、御礼申し上げます。


 



 
   
   
   

遺す言葉264 小説 ナイフ3 ナイフの輝き 他 死の季節 

2019-10-13 13:21:36 | つぶやき
          死の季節(2019.10.7日作)

   
   訪れた死の季節
   身の廻わり 身辺 各所 周辺 に
   満ち 溢れ 漂う その気配
   訃報 日毎 去り逝く 
   あの人 この人 
   時は 待たない
   過ぎ逝く時が 運び来るもの
   人の成熟 その果ての 死 絶望
   今はせめて 心静かに 前方
   前を見つめ 迫り来る 断崖 絶壁
   死 その壁 死に向かって 
   歩を進め 歩いて行こう
   せめて悔いのない 命の終わり その時
   終末を迎える 
   心の準備をしよう ただ
   心静かに 逃れ得ない 運命
   死への
   諦念と共に 


          ----------


          ナイフの輝き (3)

 四百平米ほどの工場内をきちんと掃き清め、鉄屑を建物の裏手に寄せ集めてから、シャッターを降ろし、鍵を掛けた。
 すぐに洗面所に向かった。洗面所にはすでに先輩たちの姿はなくて、思いのままに石鹸を使い、鉄屑で汚れた顔と手を洗った。その後、更衣室に入って着替えをした。
 事務室にはまだ、明かりが点いていた。明夫はそこへは寄らずに工場の門を出た。
 田端駅までの十分ほどの道のりを歩いた。
 ラッシュ時の電車は混んでいた。明夫は人々の背中で圧し潰されそうになりながら、この人間どもの背中に思いきっり、昨日、手にしたばかりのあのナイフを突き立ててやったらどうなるだろう、考えた。
 池袋駅で電車を降りた。
 人でごった返す構内を西側出口に向かった。
 改札口を抜け、駅を出ると真っ直ぐアパートへの道を辿った。
 いつもの帰り道、ナイフのあった店の前を通る事は出来なかった。大通りの反対側を、遠目に金物店の店先を見つめながら歩いた。
 店では当然、ナイフの盗まれた事は分かっているのだろうが、店先には人の気配はなかった。自分の姿が取りあえずは、店の人たちの眼に触れる事のないのを知って、明夫は幾分かの安堵を覚えた。
 その日は、いつも夕食のために立ち寄る大衆食堂へも行かなかった。代わりに、弁当のパンを買うパン屋であんパンやクリームパンを余分に買い込んだ。
 アパートに着くと、しばしば顔を合わせる明夫の部屋の、上の部屋にいる水商売らしい女の出勤に気を配りながら、自分の部屋に入った。誰にも顔を見られたくなかった。
 部屋に入るとすぐにドアの鍵を掛けた。抱えて来たパンの袋をテレビの上に置いて、押入れを開け、隅に隠して置いたナイフを取り出した。
 一、二度、手のひらの上でナイフを弾ませながら、心地よい柄の感触を確かめてから、柄と刃の接点にあるボタンを押した。鋭く空気を切り裂く音と共に、瞬時に刃が飛び出した。瞬間、白銀に輝く刃の光りに眼を射られて思わず瞬きをした。それから改めて、しげしげとナイフがもたらす輝きを見つめながら、これが自分のものになったのだと思うと、押さえ切れない興奮と歓喜に囚われて、思わずその場で飛び上がっていた。
 柄の尻に小さく「十一万五千円」と印刷された小さな紙片が貼られていた。それに気が付いたのは、ようやく興奮が収まって冷静になり、再び刃を柄の中に収めたその後だった。慌てて、その小さな紙片をはがし取った。

             三

「いいかい、おまえは鬼っ子なんだよ。誰もおまえが生まれて来る事なんか、喜んでいなかったんだよ」
 母は酔って当たり散らす時、必ず憎悪を込めてそう言った。明夫の心にその事実を確実に刻み込んでおかなければ気が済まない、と言った風だった。
 幼い明夫は、それに口答えする事さえ出来なかった。ただ、顔も知らない父と、いつも自分に辛く当たる母を憎んだ。
「おまえを堕(お)ろす事も出来ない訳じゃなかったんだけど、おまえの親父への復讐のために、おまえを産んだんだよ。おまえを産んで、田んぼのあぜ道でわたしを強姦した、おまえの親父を一生、苦しめてやろうと思ったんだよ」
 明夫の記憶の中に刻み込まれた父親の姿は一切なかった。
「もともと、おまえの親父は村では酔っ払いのならず者で通っていたんだけど、おまえが生まれると知ると、一切、わたしに寄り付きもしなくなってさ」
 母は、復讐の念を滾(たぎ)らかすかのように、憎しみの口調で言った。
 父の消息は今でも明夫は知らなかった。知りたいとも思わなかった。
 母はそれでも、明夫が中学校を卒業するまでは、駅のある町で一杯飲み屋などで働きながら明夫を育てた。実家とは疎遠になっていた。孤立状態の中で、尻軽女の汚名と共に生きていた。
 母は、明夫が中学卒業と同時に、担任の教師に紹介された町工場に就職する為、上京する時にも、見送りにも来なかった。
「わたしはお店があるので、先生、宜しく頼みます」
 母はこの頃、小さな小料理の店を持っていた。
 雨が降っていた。明夫はむしろ、母の姿がない事にほっとした。これでようやく、母の愚痴から逃げられる、と思った。
 担任の教師、ただ一人に見送られて明夫はその日、午後の汽車に乗った。
 東京では、ほぼ一年の住み込み生活だった。経営者は担任の教師と大学の同期で、明夫に辛く当たる事はなかった。明夫が一人の生活を始める時にも、何かと心配りをしてくれた。
 一人でのアパート暮らしに明夫は、これまでにない解放感を覚えた。住み込み生活自体は、それ程、苦痛ではなかったが、これまでに暗い過去を背負って生きて来た明夫には、すぐには人の輪の中に溶け込めない性(さが)が染み込んでいた。経営者の子供たちの、同じ年頃の二人の姉弟ともうまく打ち解ける事が出来なくて、いつも避けるようにしていた。その重圧から解放された思いは、明夫に今までにない、生きる事の喜びにも近い感情をもたらしてくれた。自由気ままな生活が、これからは自分にも約束されていると思うと、初めて自分が生きている気がした。


          


      
      ----------------


        kyukotokkyu9190 様

   有難う御座います
   いつも温かいお心遣い、感謝申し上げます
   こうして、お言葉を戴けれると、やはり励みになります
   これからも、わざわざお言葉を戴かなくても、お読み下さっているのかと思いながら、書いてゆきたいと思っております
   
   ブログ、週に一度ですが、毎回楽しみに拝見させて戴いております
   独特の語り口、楽しいですね。何処からこんな発想が湧いて来るのかと想像しながら、拝見させて戴いております
   有難う御座います