遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉317 小説 海辺の宿(3) 他 三つの不思議な出来事

2020-10-25 11:37:07 | つぶやき
           三つの不思議な出来事(2010.7.31日作)
                 (そのⅠ)

   戦後 この国が まだ貧しく
   わたしが 中学校卒業後間もなくの 少年だった頃
   仕事の関係で 父と二人 東京 池袋で
   小さな木造アパートの四畳半 一間の部屋に 
   暮らしていた
   父は 十日に一度の休日には 前日
   仕事が終わったあとで
   母たち 家族がいる千葉県の田舎へ帰り
   翌日また 戻って来るという
   生活が続いていた
   わたしはいつも一人 東京での休日を  
   楽しんでいた
   そんな生活の中で ある時
   いつもの休日を過ごして帰宅した夕方
   部屋へ入ったわたしは
   いつになく 部屋の中に漂う寂寥感を 
   意識した
   普段にはない 妙に寂しい感覚だった
   無論 それが何なのか 何故なのか
   分かるはずもなく わたしは  
   あまり 気にもしなかった
   父の帰宅はいつも 午後九時過ぎだった
   部屋の中にある目覚まし時計の針は
   午後七時過ぎを差していた
   その時 電報の知らせが入った
   電報を受け取ったわたしは 
   なんの電報か 不審に思いながら開くと
  「チチ クワイワルイ カエレナイ」と
   カタカナ文字で書かれていた
  (濁点の一つは一文字に数えられるため
   電報では濁点は省略されるのが慣わしだった)
   まだ 電話の少なかった時代 
   わたしの不安は一気に高まった
   と 同時に 部屋に入った瞬間 感じた あの
   異様な寂寥感は
   この事を事前に予告していたのだ と 初めて
   気が付いた・・・・・
   この 不思議な感覚 寂寥感
   わたしは父や母の 少年のわたしが一人
   東京での生活をしなければならない事への
   心配 そのわたしを思う心が この感覚となって
   わたしに伝わって来たのだ と 理解して
   遠く 何百キロと離れても通い合う
   人の心の不思議を思わずにはいられなかった

   幸い 父の具合は 三日程で良くなり
   また 以前の生活に戻った



          ---------------



          海辺の宿(3)

「分からないわ。まだ、そこまで考えていないわ。当分、何も考えないで、一人の時間をゆっくり過ごしてみたいと思うの。しばらく行かなかった、お芝居や音楽会などにも行ってみるつもりよ」
「それも、いいだろうな」
 男は熱意のない声で言った。
「もう、わたし、何年ぐらいそうやって外へ出る事がなかったのかしら ? 二年 ? 三年 ?」
 男は答えなかった。
「わたし、自分がすっかり歳を取ってしまったような気がするわ。でも、よく考えてみると、ようやく三十一歳になったばかりなんだわ。まだ、老け込むのには早いと思うの」
「きみは若いよ。まだ、若いよ」
 男は虚ろな声で言った。
「そうでもないわ。あなたと結婚した当時から比べると・・・・。まだ、五年と少ししか経っていないのに」
 男は黙っていた。
「わたし、もう一度、やり直しだわ。若返って・・・・。なにかこう、自分の好きなものを活かせる洋服のデザインとか、そういうものをやってみたいと思っているの」
「お父さんに頼んでみればいいじゃないか。店を出すぐらいは援助してくれるだろう」
「駄目よ。父には頼めないわ。父の会社とはまた別に、自分一人の力でやってみるつもりよ。学生時代のお友達にそういう関係の仕事をしている人がいるから、泣き込むつもりよ」
「そうか、おれ達の結婚生活は五年か・・・・」
 男は改めて歳月を思い返すかのように言った。
「そうでしょう。だって、みんなで北海道旅行へ行った翌年だから」
「ああ、八木厚子や唐沢文江なんかと一緒だった、あの旅行の翌年だったからなあ」
「そうよ、あれから、もう五年よ」
「なんだか、つい、この間だったような気がする」
「でも、わたしたち、絶えず喧嘩をしていたわね」
「そうかも知れない」
「なぜ、うまくゆかなかったのかしら ?」
「わがままだったのさ」
 男が言った。
「お互いにね」
 女も言った。
「いっそ、別れた方がすっきりするかも知れない」
 男が言った。
「そうね」
 と、女は言った。それから、
「でも、わたし・・・・」と言うと言葉が途切れた。
 しばらくは口を噤んだままで二人は歩いた。
 男には女の泣いている気配が察しられた。
「宿の葬儀は明日出るのかなあ」
 男がポツリと言った。
「そうらしいわ」
 女が落ち着きを取り戻した静かな声で答えた。
「きみは、どうするつもりだったの ?」
「お部屋にじっとしていて、外に出ないようにしていようと思ったの。なんだか、心細くて・・・・。あなたが来てくれて良かったわ」
 女は心底、安心したように言った。
 男は何も言わなかった。
「あれ、なんだか分かる ?」
 突然、女が闇の中で遠い彼方を指差して言った。
「何が・・・・ ?」
 男は女の指差す方を見ながら言った。
「ほら、あの沖の方で光っているもの」
 男は闇の中で眼を凝らし、女の指差す彼方を見つめた。
「漁火だろう」
「そうじゃないわよ。ほら、もっと右側の」
 男には分からないようだった。
「灯台の明かりよ。岬の灯台の明かり。ほら、時々、キラッ、キラッって光ってるでしょう」
「うん」
 今度は男にも分かったようだった。
「灯台の明かりなの。岬の灯台の明かりよ」 
「ずいぶん遠いなあ」
 男は言った。
「遠いわ。わたし初め、なんだか分からなくて不思議に思い、宿の人に聞いてみたの。そうしたら、灯台の明かりだって教えてくれたの。ずいぶん遠いわ」
 女も言った。
「--帰ろうか ? 寒くなって来た」
「わたし、初めてあの明かりを見た時、びっくりしちゃった。海の中にあんな明かりが見えるなんて」
「帰ろう」
 と、男は言った。
「そうね、本当に寒くなって来たわ」
「明日、葬儀は何時ごろ出るんだろう」
「午後になるらしいわよ」


          二

 翌日は朝から霧のような雨が降っていた。
 宿では葬儀の準備で忙しかった。
 二人は二階の部屋にこもったままでいた。
 女将が挨拶に来た。
「御迷惑をお掛けして申し訳御座いません」
 二人は気持ちとしての香典をちり紙(し)に包んで女将に渡した。
 窓から眺める景色は一面、灰色の雨に濡れていた。
 女は午前中、ソファーに掛け、編み物の針を動かし続けていた。
 男は所在無げに窓辺に立ってタバコばかりを吹かしていた。
 宿の庭では喪服姿の人々の出入りが慌しかった。
 霧のような雨はなお止み間なく続いていた。窓から見下ろせる松林も、その向こうに見える海も砂浜も、総てが灰色の世界に塗り込められていた。
 葬儀は午後一時に宿を出た。灰色の雨に濡れて黒い行列となり、ゆっくりと門を出て行った。
 白い覆いを付けた柩を大きな大八車に載せ、村の消防団の半纏を着た男達がその前後に付いて運んで行った。
 従者が柄の長い大きな赤い傘を差し掛ける紫衣の僧侶を先頭に、黒い喪服の参列者たちがそれぞれに傘を差し、黙ったままあとに続いた。
 念仏を唱える年寄りたちの打ち鳴らす鉦の音が、霧のような雨の中に物憂く響いていた。男も女も窓辺に立ったまま、無言でその光景を見詰めていた。
 黒い行列はやがて松林の陰に見えなくなっていった。
「人がひとり、死んだんだなあ」
 男が呟くように言った。
 女は黙って松林の陰に消えていった葬列を、なお見続けるかのように窓辺に立っていた。
 年寄りたちの打ち鳴らす鉦の音が次第に小さくなり、雨の中に溶け込むかのように聞こえなくなっていった。
「土葬なのかしら ?」
 女が言った。
「そうらしいね」
 男が言った。
「嫌だわ、人が死んだのを見るなんて」
「仕方がないさ」
 男も女もそれっきり黙っていた。
 男はまた、タバコを取り出すと口元に運んだ。
 女はソファーに戻って編み物の針を取り上げた。
 慌しかった宿の中が急にひっそりと静まり返って、雨の音だけが小さく聞こえていた。

 1時ごろに雨が上がった。
 急速に雲が動いて空が晴れた。
 秋の日差しが戻ると、男が女を振り返って、
「散歩に行かないか ?」
 と言った。
 それまで二人はずっと黙ったままでいた。



          -----------------


          takeziisan様

          いつも有難う御座います
          御礼申し上げます
          「秋の歌」お馴染みブェルレーヌですね
          写真がいいですね 銀杏の並木道
          わたくしは秋の銀杏を見ると 昔
          奈良光枝が歌った「白いランプの灯る道」
          丘 灯至夫 作詞 古関 祐而 作曲
          この歌をいつも思い出します
          ちょっとロマンティックないい歌ですよ
          イチゴ植え付け 野菜などの写真を
          拝見するたびに羨ましさを覚えます
          本当の豊かさとは何か 考えさせられます
          宮田輝 天地真佐雄 なんと懐かしい名前な事か
          あの頃のNHKの番組には 落ち着きと
          品の良さがありました 藤倉修一 青木一雄 
          高橋敬三 スポーツの志村正順 数々の
          名アナウンサーの名前が甦ります
          今のNHKアナに昔の人たちの実力を望むのは
          無理な事なのですかね
          諸田玲子 この作家にそのような経緯があったとは
          時代小説にはまったく疎い者ですが 以前
          日経新聞にこの作家が小説を連載していた事があり
          退屈した折りなど 時々 読んでみたりしていて
          ああ いい文章を書く人だな と思った事があります
          サルスベリ 性の強い木です
          わたくしの家の田舎の墓地にこの木が
          覆いかぶさるように生えていて邪魔になるので
          植木屋に頼み 掘り出して貰いました ところが
          それから何年かしてまた生えて来て 今では昔の木と
          全く同じ形の木になっています
          この木には別の逸話がありまして
          掘り起こしてこの木を運ぶ途中でその車が
          大きな事故を起こしてしまいました それで
          墓地にあった木ゆえ 何かの祟りなのではなどと
          要らぬ心配をして今の木はそのままにしてあります
          お陰で落葉で掃除が大変です
          いつもお眼をお通し戴きまして
          有難う御座います
   
 

          
          
 
 
 
 


 

 
   
   
   


         

遺す言葉316 小説 海辺の宿(2) 他 希望三題

2020-10-18 11:00:21 | つぶやき
          希望三題(2020.9.24日作)

         すべて良し

 人生を賭けても 望むもの 希望 が 必ずしも 
 達成されする とは 限らない 
 人はその時 どうするか ?
 この世を仮相 虚無 とみれば
 希望が達成されなくても
 嘆く事はない
 自分の思いを生きる事
 それのみが 真に大切
 あれも人生 これも人生
 すべて良し

          保証書

 希望とは 
 人が生きる源 
 命の保証書
 希望がある事は
 人の命の保証されている事であり
 希望を失くした時 人は
 死への旅路を歩み始める

          希望

 陸と 空と 海の ずっと彼方に
 白い雲の峰が 立ち上がっている



          ----------------



          海辺の宿(2)

 夫がクラブへ通うのはある意味、仕方のない事であった。小さな、それでも優良と言われる商社にいて、貿易に携わるせいで、よく、そのクラブを利用した。足を運ばなければならない理由もあったのだ。そして、女の顔を見れば自ずと関係が続く事になった。夫の身勝手、あるいは、意志の弱さのため、と言えない事もなかったが、しかし、夫にしてみれば、今時の女性には珍しいとも言える、クラブの女のいじらしさに心惹かれていた、と言うのが本音に近かった。夫が女のマンションに泊まった事も幾度かあった。今度の出来事も、海外への出張だと偽り、女の部屋に泊まった事が発端だった。夫が三日後に帰宅した時には妻は居なかった。書き置き一つなかった。夫はあちこち手を尽くして探したが、手掛かりが掴めなかった。妻の実家にまで電話をして聞いてみた。しかし、妻の母親の、無言のうちに非難しているような、冷ややかな返事を聞いただけだった。ようやく夫が妻の居場所を突き止めた時には十日が過ぎていたーー。

 窓辺に向かって立っていた男は長い沈黙のあとで、ふと、虚ろな表情を浮かべると女を振り返った。
「まあ、いい。きみがそこまで決心したんなら、それはそれで仕方がない。ぼく自身の失敗から始まった事なんだから。それはそれとして、とにかく、一度、東京へ帰れよ」
 男は静かに諭す口調で言った。
「ええ、あなたが帰ったら、すぐに帰るわ」
 女も心の揺らぎをみせない納得の表情で、穏やかに言った。
「何時までもゴタゴタを引き摺っていたくないし、ぼくも、そんなに休んでいられないから。もし、きみが本当にそのつもりでいるんなら、ぼくも初めからやり直してみようと思う。いろいろ、困る事があるかも知れないけど、仕方がない、自分自身で蒔いた種なんだから」
 男の言葉には諦めを受け入れた静けさがあった。
「あなたがそう言ってくれると嬉しいわ。あなたに済まないと思うわ。もし、あなたが今でもあの人が好きなのなら、あの人と一緒になってくれて結構よ。わたしの方は気にしなくていいから」
「いゃ、そんな事は考えてないね」
 男の脳裡には、まだ幼いとも言えるようなクラブの女との年齢差が浮かんだ。最初からその女性とは、その積もりのなかった事も改めて認識された。
「なぜ ?」
「なぜでも、そんな気にはなれない」 
 男は初めて女を失う悲しみを意識するかのように、虚ろな面持ちで言った。
 女はそれには答えなかった。うつむいたまま、慣れた感じの素早い手つきで編み物の針を動かし続けていた。
「まあ、きみと別れるのは仕方がないとしても、ぼくに心残りがあるとすれば、きみとの間に子供を持てなかった事だ。ぼくらの間に子供でもいたら、あるいはぼくの気持ちもまた、違っていたのかも知れない」
 男は心の内の何処かに潜んでいる空虚を探すかのように言った。
 編み物の針を動かし続けていた女は、男の言葉に思い掛けない事を聞いたように、息を呑む気配をみせた。それから、たちまち涙ぐむと、
「それはあなたに悪いと思うわ」
 と言った。
「いや、非難しているんじゃないさ。病院でも原因が分からないって言うんだから」
 女は激しくすすり上げた。編み物の針を動かしたままだった。
「どっちにしても、いいさ。そうと決まればかすえって、すっきりする。これからも、なんのわだかまりもなく付き合えるかも知れないよ」
 男は達観したように言った。
「あなたは誰かと再婚すればいいわ」
 ようやく気持ちを静めた女が、また言った。
「いや、そんな事はないね。当分、ないね」
 男は断言するように言った。
 女はうつむいたまま、膝の上に編み物を広げた。男物のセーターらしかった。
 男はそれには眼を留める事もなく、窓の外を見詰めていた。
 夜の闇に包まれた海の、砕ける波の音だけが窓の下に押し寄せて来るかのように聞こえていた。
 二人の間に沈黙が生まれた。女は編み物の目を数えていた。
「海辺へ行ってみないか ?」
 突然、男が女を振り返って言った。
 女はその声に我に返ったように顔を上げると、
「これから ?」
 と、訝るように聞いた。
「うん」
 男は気のない返事をした。
「寒くないかしら ?」
「何かを着ればいい」
 普段の会話と変わらなかった。
「そうね」
 女もそれに答えた。
「夜の海もいいかも知れない」
「そうね」
 女はそう言うと考える事もないかのよう、すぐに編み物をソファーの上に置いた。膝に掛けていたものを外しながら、
「あなた、寒くない ? それで」
 と、男のスーツ姿に視線を向けて言った。
「大丈夫さ、ぼくは大丈夫さ」
「わたしは宿の人に借りたカーデガンを羽織ってゆくわ」
 ふたりで部屋を出ると、廊下を玄関口の階段に向かって歩いて行った。
 階段を降りる時、下の部屋の何処かから線香の匂いが漂って来た。
 玄関には小奇麗な下駄や草履がいっぱいに並んでいた。
「なんだい、これは ?」 
 男は訳の分からない様子で呟いた。
「人が死んだのよ、昨夜」
 女が男に耳打ちするように呟いた。
「この宿でかい ?」
「ええ」
 ふたりはそのまま、黙って玄関を出た。線香の匂いがどの部屋から漂って来るのかは分からなかった。
 夜の中にサルビアの花が赤い庭を抜けて門を出た。
 砂利の敷かれた県道を横切り、眼の前の松林に入った。
 松林は暗かった。部屋の明かりに慣れた眼に、松林の中の深い闇は苦痛だった。
 女が先に立って歩いた。もう、何度か通って知っている道だった。
 男は女の背中を頼りに暗闇の中を歩いた。時々、ススキの穂や葉先が体に触れた。松の木の下枝が腕に絡んで来る事もあった。
 松林を抜けると砂浜だった。砂の白さが星の見えない夜の中でも、仄かに浮かび上がって見えた。遮るものの影一つない砂浜は砂に這う雑草を従え、幾つもの小さな砂丘を形作りながら、果ての見えない彼方にまで続いていた。
 海は暗かった。絶え間なく砕ける波がその響きで、雄大な海の広がりを感じさせた。渚の近くで崩れる波が時おり、ほの白く見えた。
 ふたりは無言のまま、渚の方へ降りて行った
 宿の下駄を履いたふたりの足は砂にめり込んだ。
 ようやく水に濡れた堅い砂の渚に辿り着いた。
 渚に沿ってふたりは歩いた。足元に寄せて来る小さな波が微かに光って見えた。秋の夜の海風が肌に冷たく感じられた。
「今日、あなたが来てくれて良かったわ。わたし今夜、一人でどうしようかと思っていたの。死んだ人のいる家に一人で眠るなんて、なんだか怖かったの」
 突然、女が男に寄り添い、肩を並べると言った。
「誰が死んだの ?」
 男がそれに答えて言った。
「よく知らないけど、宿の女将さんの妹さんだって言ってたわ」
「なんで死んだんだい ?」
「病気のようよ。朝起きたら、宿の人が挨拶に来て知らされたの」
「あの家から柩(ひつぎ)が出るのかなあ」
「そうらしいわ」
「泊り客は居ないのかい ?」
「居ないわよ。わたし一人よ。こんな季節はずれの海辺になんか誰が来るもんですか」
「それもそうだな」
 男は単純に納得した。
「--東京へ帰ったら、きみは何をしようと思ってるの ?」 
 少しの沈黙の後で男は話題を変えて言った。
 




          ---------------



          桂蓮様

          コメント有難う御座います
          いろいろ御心配戴きまして有難う御座います
          先の見えて来たわたくし共の人生です
          確かに生き急いではいますが 幸い 身体も   
          元気で まだ 当分 大丈夫だとは思っております
          しかし 人生一寸先は闇 この事実は変わりません
          年々 総ての事に慎重になっている自分を
          実感します
          このブログですが わたくしは自分の生きたその
          証を この欄にお世話になっている間に
          記録して置きたいと思っていますので 特別
          誰かに知らせるなどの事はしておりません
          ですから このページの途切れた時が
          わたくしの人生の終わり という事に
          なるかも知れません
          それが実際の死であるか 認識的死 つまり
          思考的能力に於ける死であるかは分かりませんが
          いずれその時が来るのは間違いありませんので
          その前兆が見えて来た時には必ず桂蓮様には
          何かの形で 御連絡させて戴きます
          メールアドレスもしっかり書き留めさせて戴きました
          残念ながら、事故などによる突然死の場合には
          それが不可能になると思いますので、このブログで
          わたくしの記事が消えた時が わたくしの人生の
          終わりだと思って戴ければ と思います
          宜しくお願いいたします
          人間の魂 難しい問題ですね
          魂があるのかないのか しかし 人間の心の
          通い合いというものは確かにあると思っています
          桂蓮様がブログに書いて折られます
          師の影を見たという話しですが
          ここに師との心の通い合いが生まれたのだと思います
          桂蓮様が見たのは実在の師の姿ではなく
          思念の中の師の姿ではなかったのでしょうか
          師との心の通い合いかあった という事です
          わたくしもかつて そのような経験をした事が
          ありましてそれを「三つの不思議な出来事」という
          文章にまとめてあります
          いつかそれもここに掲載する積もりでいます
          風邪をおひきとの事 お気を付け下さいませ
          暴風 何処もかしこも気象の荒れ模様
          やっぱり温暖化のせいではないのでしょうか
          いろいろ 有難う御座いました


          
          
          
          
 
 
 
 
  
 

   

遺す言葉315 小説 海辺の宿(1) 他 九十九里浜

2020-10-11 13:46:37 | 日記
          九十九里浜
            ( この文章は2015年8月16日 NO59 に
            掲載したものですが 今回
            「海辺の宿」掲載にあたり
            その前景として 改めて掲載します )


   八月 真夏の太陽は白昼の空気の炎
   陽炎を立ち昇らせ 
   砂浜の砂は その揺らめきの中で
   白く輝いた
   防砂林の松林の中の道を抜け
   渚へ降りてゆく子供らは
   広大な砂浜の砂 熱砂で
   足裏を焼かれ 跳びはね歩いた

   一月 真冬の寒風に吹き寄せられ
   白い砂は蛇のように動いて 
   その居場所を変えた
   砂浜には 砂上に這いつくばる雑草の間に
   幾つもの風紋が表れ
   無数の小さな砂丘が形造られた

   九十九里浜 果てしなく広がる海 
   白く砕けては また生まれる波の繰り返し
   その響き
   渚を辿る足元には 
   寄せては引いてゆく潮の小さな動き
   見渡す限り さえぎるものの
   なに一つない視界の中に 砂浜は
   千鳥の群れを遊ばせ やがて 遠く
   陽炎の中に かすんで見えなくなり
   時おり 姿を見せる小さな川は
   川とも言えない 浅い流れをつくって
   透明な水に
   無数の小魚たちを泳がせながら
   海に溶け込んでいた

   昭和二十年代 千葉県匝瑳郡白浜村
   過ぎ去った日々の記憶に蘇る風景
   帰り来ぬ時への郷愁
   村は幾度かの町村合併政策で
   その名が消えた
   白い広大な砂浜は 波に侵食されて   
   小さくやせ細り 芥を散乱させ
   かつては訪れる人の姿もまれだった砂浜に
   昔日の面影はない
   
   過ぎ行く時が 
   永遠の何一つない事を認識させながら
   わたし自身も老いた



          ----------------


          海辺の宿(1)

       これはすでに失われた時となった昔日の
       まだ、九十九里浜の砂浜が限りなく美しかった頃に   
       背景をかりた物語です



「なぜ いらっしゃったの ?」
「迎えに来たんだ」
「よく、ここが分かったのね」
 女は窓辺のソファーに掛け、編み物の針を動かし続けていた。顔も上げなかった。
「聞いたんだ」
 男は二階の窓に向き合い、丈の低い松の防砂林越しに見える海を見詰めたままで言った。
「そう、誰に聞いたの ?」
「八木厚子に聞いた」
「・・・あの人には電話をしたから」
 編み物を眼の高さまで上げて見詰めながら、女は面倒臭そうに言った。
「あちこち、ずいぶん電話をして聞いてみた。最後に八木厚子に聞いて分かった」
「八木さん、なんて言って ?」
 編み物を膝の上に戻しながら女は言った。
「わたしが教えたって言わないでくれって言った」
「そう、八木さん、そんな事を言ったの ?」
 女は面白そうに含み笑いをした。
「わたしの所にも、二、三日前に電話があったばかりです、って言ってた。もう、十日になるんです、って言ったら、びっくりしてた」
 男は明らかに不満気な様子だった。
 男の眼の前、宿の二階から見下ろす松林の向こうには、すでに夕闇の気配を感じさせ始めた秋の海と、白い砂浜が見えていた。小さな波が寄せては引いてゆく渚には、人影一つなかった。
「そうでしょう。それまでわたし、まったく誰にも知らせなかったから」 
 女はまた編み物に視線を戻して針を動かしながら言った。
「ずっと、ここに居たのか ?」
 男の口調は軽い怒りを帯びていた。
「ええ、ずっとここに。何処へもゆかなかったわ。この宿の二階のこの部屋と、人気(ひとけ)のない秋の海辺と、それだけだわ、わたしの居たところは」
 女は幾分、投げ遣りに言った。
「なんで、こんな所へ来たんだ ?」 
「死ぬためよ」
「ばかを言え !」
 男は苦々しさを吐き出すように言った。
「嘘じゃないわ」
 女は抗議する口調で言った。
 男はその口調に、さらに苦々し気な表情を浮かべると黙ったまま、窓の外の景色に視線を向けていた。
 夕闇が濃くなる中で、海の砕ける波だけが白く見えていた。
「でも、わたし、死ななかった。なぜなのかは分からないわ。死ぬ機会はいっぱいあったのに」
「当たり前だ。そう、易々と死なれてたまるか」
「あら、死ねるわよ。今だって、死のうと思えば死ねるわ。だけど、わたし、死ななかった。死ぬのが怖かったからじゃないわ。ーーわたし、ここに来た。そして、この部屋に腰を落ち着けた。すると、ホットしたの。これで一人になれた。もう、誰に邪魔される事もなく、わたしは一人なんだわ、と思うと、急に気持ちが楽になって安心してしまったの」
 女は玉になった毛糸をほどきながら、歌うように軽やかな口調で言った。
 男は女の言葉になお、不機嫌な表情を浮かべて黙っていた。窓の外に視線を向けたままだった。
「安心してしまうとわたし、もう少し、この自由な気分を味わっていたい、と思うようになったの。ーーわたし、一日中、こうやって編み物をしたり、人気のない秋の海辺を散歩したりして、毎日を過ごしていたの。とても楽しかった。幸福だった。あなたには分かりそうにもないわ」
「それで、どうするんだ ?」
 男が女を振り返って聞いた。
「どうするって ?」
 女は意味が分からないように顔を上げて男を見た。
「帰るんだろう ?」
「何処へ ?」
「家へさ」
 男は苛立ちを見せて投げ遣りに言った。
「帰らないわ。なぜ、帰らなければならないの ?」 
 今度は女が不満を滲ませて、はっきりと言った。
「じゃあ、どうするんだ ?」
「どうにもしないわ。ここに、こうして居るだけよ」
 男は苦々し気な表情で口をつぐんだ。
「あなた、仕事が忙しいんでしょう。先に帰ったらいいわ。わたしはそのうち、なんとかするわ」
 女は皮肉のこもった口調で言った。
「会社へはちゃんと、休暇届けを出してある」
「でも、そんなに長く、ここに居るわけにはゆかないんでしょう」
「それは、どういう意味だ ?」
 男は色濃い苛立ちを滲ませた。
「どういう意味でもないわ。言葉通りよ」
 女は男の苛立ちを楽しむかのように言った。
「あの女とは、もう、別れた」
 男は吐き捨てるように言った。
「あら ! どうして ?」
 女はわざとらしい驚きを表した。
 男は苦い表情を浮かべたまま、一段と暗さを増して来た窓の外に向かって立っていた。
 部屋の中の明かりを背に、男の顔が窓ガラスに映っていた。
 闇に溶け込んだ海の砕ける波だけが仄かに白く、男の顔の中に見えていた。
「別れる事なんかなかったのに。あなたが好きだったら、それでよかったのに」
「いい加減な事を言うな !」
「あら、いい加減な事じゃないわ」
「じゃあ、なぜ、大騒ぎをしたんだ」
「あれはもう、以前の事、今のわたしは違うわ。--わたし、独りで生きてみようと思うの。ここへ来て、そう、思ったの。あなたがいなくても生きてゆけるって、そんな気がしているの。わたし今、とても新しい気持ちに燃えているの」 
 女の表情には堅い決意が表れていた。
 男は女の表情で心の内を察したかのように不機嫌に黙ったまま、窓の外に顔を向けて立っていた。
「もし、あなたが今でもあの人が好きなのなら、あの人と一緒になってくれて結構よ。わたしの方は大丈夫だから」
「心にもない事を言うな !」
 男はどこかに皮肉を滲ませた口調で投げ遣りに言った。
「あら、本当よ。なぜ、今になってわたしが心にもない事を言わなければならないの。わたし、東京へ帰ったら離婚して貰おうと思っていたの。わたしもう、あなたを憎んでもいないし、あの人を恨んでもいないわ。わたし今、とっても冷静な心でいるつもりよ」
 男の顔が怒りを表すように小さくふるえていた。それでも男は黙ったまま、窓に向かって外を見詰めていた。波の砕ける様子も、もう、闇に溶け込んで見えなくなっていた。
「わたし、とにかく近いうちに東京へ帰ります。なるべく早く、決まりを付けてしまいたいと思うの」
「賛成出来ないね」
 男は冷ややかに言った。
「あら、どうして ? あなたがわたしを縛る権利なんてないわ」
「僕は離婚しないよ」
「なぜ ?」
「なぜでも離婚はしない」
「じゃあ、あの人はどうするの ?」
「だから、別れた」
「--あなたって、勝手な人ね」
 女はた溜め息混じりに、軽い蔑みの色合いを滲ませて言った。
「勝手じゃない。君にすまないと思っただけだ」
「それじゃあ、あの人が可哀想よ。あの人、とっても好い人のようだし」
「とにかく、あっちはもう、話しが付いている」
「でも、わたしには納得なんて出来ないわ」
「まだ、疑っているのか ?」 
 男は苛立っていた。
「疑ってなんていないわ。ただわたし、独りになってもう一度、新しい眼で人生を見詰めてみたいと思うだけよ」
 女は編み物の手を止めて正面から男を見詰めて言った。
 男は女の熱のこもった強い視線を避けるように顔をそむけて黙っていた。

 二人はその事でこの二、三年、何度もいさかいを繰り返して来た。夫の気持ちの中で、銀座のクラブに働く年若いホステスへの未練が断ち切れないせいだった。妻はそのために、一度は東京にある実家に戻ってしまった事もあった。夫は頭を下げて迎えにいった。また、ある時は、妻がストーカーまがいの事をして、ホステスに気付かれ、夫に非難された事もあった。



          ----------------



          takeziisan様

          コメント 有難う御座います
          数々の小説 物語をお読みと思われます
          takeziisan様にそう仰って戴くのは誠に
          嬉しい限りですが 以前も書きました通り
          わたくしは作家ではありません 単なる
          人生を生き急ぐ人間の一人にしか過ぎません
          有難う御座います
          今回もブログ 拝見させて戴きました
          サクララン 花の色合い 蕾の様子
          いいですね これから迎える冬の季節
          どのようなお写真が登場するか
          楽しみにしております
          川柳 頑張って下さい
          わたくしは特別 川柳 俳句 短歌など
          しておりませんが ふと 心に浮かんだ言葉など
          気軽にメモしております
          八重むぐら わたくしにはカルタをした記憶が  
          ありません ただ 慌しく子供時代が
          過ぎてしまったような気がします
          いつもお眼をお通し戴き有難う御座います


          桂蓮様

          コメント有難う御座います
          わたくしの書いたものに句読点的終わりがない
          とのご指摘 まさしくそうです
          「心の中の・・・・・」の場合も
          最終的に主人公が自分の部屋へ帰り
          一人になった孤独感の余り 死を選ぶ 
          という結末 あるいは その孤独に耐えて 
          独り 気強く生きてゆく道を選ぶ という
          選択肢も考えられますが あえて そこまで   
          踏み込まないのは物語に
         (ものがたりと呼べる体のものであるかどう別として)
          余韻を残したいという思いからです
          物語の結末を閉じますとそこで物語りは完結
          してしまいます
          物語を閉じない事によって その後の結末は
          お読み下さる方のご想像に委ねたいと思うのです
          そうする事によって 作品が閉じられる事なく
          お読み下さる方の心の中で広がりを
                               (死を選ぶか  独り生きる道を選ぶか)
          獲得しうるとの考え方からです
          それが良いかどうかはまた別の問題ですが
          いつも いろいろ愚作に付いての
          お考え方を戴きまして有難う御座います
          これからもいろいろ 参考にさせて戴きます
 


          
 
      



 
   
       





遺す言葉314 小説 心の中の深い川(完) 他 死

2020-10-04 12:47:24 | つぶやき
          死(2020.9.30日作)

   昨日 そこに居た人が 今日は
   もう 何処にも居ない
   昨日 そこに居たもの達が 今日は
   もう 何処にも居ない
   犬や猫 小鳥に馬や牛

   いったい これは どういう事なのか
   昨日は 確かにそこ居た
   しかし 今日はもう
   何処にも居ない

   死
   この言葉が 総てのけりを付ける

   しかし 死
   この言葉の意味するものの裏には いったい
   どんな からくりが仕組まれているのだろう
   昨日は確かだった存在が
   今日はもう 消えて
   何処にも無い

   この 不思議な感覚
   喪失感


          ---------------



          心の中の深い川(完)

 好んで手放した幸福ではなかった。由紀子の裡に住み着いたもの、限りない怯え。自身にさえ分からない、深い川が心の中にあった。
 余りにも鮮やかな記憶として、今も鮮明に焼き付いている。
 一瞬のうちに変転する運命の過酷。幼い由紀子の心を内側から破り、切り裂いたもの。それが現在の由紀子に重なり合って来る。
 泣きすがる由紀子。死んだ母。孤独。そして、幾多の変転。
 一瞬の間の運命の激変に、幼い由紀子は戸惑うばかりだった。
 何があったのかはよく分からない。父はある日、居なくなった。
 母の心身共に荒んだ姿。髪に櫛を入れる事もなく、紅の色も消えてやつれた顔。
 母は信じられない程に変わった。幼い由紀子に辛く当たった。
 父の姿の消えた毎日の中で由紀子は怯えていた。
 父の居ない事に、母の荒みが起因しているらしい事は、由紀子もうすうす感じ取っていた。
 父と母の間に何があったのか ?
 辛い日々ばかりが続いた。
 由紀子は笑わなくなった。
 一家の団欒はなくなった。
 ほんの何日か前まであった父の笑顔と、美しく輝いていた母の微笑みのあった日々が、夢のように遠ざかっていた。
 父は髪の濃い、額のきれいな人だった。長身で、眼鏡の奥の眼差しは優しかった。膝に抱かれた由紀子はその眼を見ようとして、眼鏡を取った。父は眩しそうに眉間に皴を寄せて、
「こら、悪戯すると食べちゃうぞ」
 と言って、強く由紀子を抱き締めた。
 幼い由紀子は声を弾ませて笑った。
 母は小柄な、白い割烹着姿のよく似合う人だった。
 父が会社から帰って来たあとの夕食のテーブルを整える母の姿は、いつも楽しそうで幸福感に満ちていた。
 由紀子には、そんな記憶しかない。
 大きな遊園地へ行った事、車で行った夏の海の日の事、デパートへ買い物にゆき、賑やかな食堂で食事をした事、それらの記憶は由紀子の心の中では、さしたる意味を持っていない。家庭での小さな一こま一こまだけが、張り付いた絵のように色鮮やかに浮かんで来る。
 母は働きに出るようになった。
 由紀子は幼稚園から帰っても、家へ入る事が出来ずに、母が帰って来るまでの時間を一人、近くの公園のブランコに乗って過ごしていた。
 父が居なくなってから一年もしなかった。
 母は体を壊した。
 入院が必要だった。
 田舎から祖母が来た。
 母は退院すると、また働きに出た。
 母は心臓病を患っていた。
 十二月の冷え込んだある夜、母は仕事から帰ると急に苦しみ出した。胸を押さえ必死に、
「由紀ちゃん、電話、電話」
 と言った。
 幼い由紀子には母の言おうとしてる意味が汲み取れなかった。
「お母さん、お母さん」
 と、泣きながら傍をうろうろするばかりだった。
 母は服のボタンを引き千切り、胸を掻きむしった。苦しみ悶える蒼い顔に脂汗が浮かんでいた。
 そのうちに母は全身を硬直させ、背中を丸めたまま動かなくなった。そのあと、母の体が前のめりに倒れた。母の死だった。
 その時、由紀子には死の意味がよく分からなかった。何か重大な変化が母の身に起こった事だけは感じ取っていた。
 それでも幼い由紀子には、ただ、息を詰めて動かなくなった母を見詰めている事より他に出来なかった。
 やがて、いつまで経っても動かない母を見詰めている心細さが体の奥底から湧き上がって来て由紀子は、思わず母に取りすがり、
「お母さん、お母さん」
 と、動かない母を必死に揺すりながら、泣き叫んでいた。
 無論、母の答える事はなかった。
 由紀子は答える事のない母を前にして、覚える心細さと共に、物音一つない周囲の静けさの中で恐怖感と孤独感に襲われ、なおも激しく泣き続けていた。
 隣家の人が由紀子の泣く声に気付いて駆け付けてくれた。
 由紀子は田舎の祖母に引き取られた。
 以来、由紀子の変転の人生が始まった。
 由紀子は今、思う。
 あれは、なんだったんだろう ? なんだったんだろう ?
 母の姿、父の姿、幸福な日々。由紀子は今、総てが幻だったように追想する。 
 由紀子は母の死のあの日以来、笑わない、無口な少女になった。
 父が由紀子の前に姿を見せる事はなかった。
 父と母の間に何があっのか、やはり由紀子には分からない事だった。

 今でも由紀子には分からない。ただ、多少なりとも男女の愛を知るに及んで、今では、母の病弱が原因だったのでは、と考える。
 性の絡み。父は他に女性をつくったのではないか ?
 そのように考えると由紀子は父に対して、激しい憎しみを覚える。
 病死し、最後には由紀子に辛く当たった母を哀れに思う。
 父の思い出は甘く優しかったが、それゆえにこそ、憎しみが増すようだった。
 祖母は由紀子を不憫がり、いとおしんだ。
 その祖母も一年程して死んだ。
 祖母が居た母の兄の家には四人の子供がいた。
 無口で笑わない由紀子は、誰からも疎んじられ、邪険にされた。
 祖母という庇護者がいなくなって、風当たりは一層強くなった。
 伯母の邪険はひとしおだった。
 事毎に四人の兄妹と差別した。
「可愛げのない子だよ」
 憎憎しげに言うのが、伯母の口癖だった。
 四人の子供達の悪戯でさえ、由紀子のせいにされた。
 子供たちはそれをだしに由紀子をいじめた。
 見兼ねた祖母の妹が由紀子を引き取った。
 その人も亡くなった。
 それからは何も分からないままに、あちこちの家をたらい回しにされた。
 伯母程に由紀子に辛く当たる人はいなかった。
 ある家では、優しく親切にさえされた。
 由紀子の心の中ではしかし、氷の溶ける事はなかった。優しくされても、親切にされても、異質な感じは否めなかった。自分でも厄介者だという認識があった。反抗的ではないまでも、打ち解ける事が出来なかった。影のある、無口な少女だった。
 小学校から中学卒業までは、一つの家に居た。大学生の息子と夫婦の家庭だった。それとない話しの端々から、祖母の遠い親戚に当たるらしいことが分かった。 
 その家では優しくされた。しかし、由紀子が考えていた事は、一刻も早くその家を出て、一人で生きてゆく、という事だった。その家の親切が重く由紀子の心に圧し掛かって来た。その人達の親切が真心からのものであっても、由紀子には心から溶け込んでゆく事が出来なかった。伯母の家での体験が由紀子の心を閉ざしたままにしていた。結局は、母でも父でもない、という感覚は消えなかった。そして、その感覚は現在までも生き続けている。由紀子に取っては、自分一人が頼るに足る存在だった。
 他人との間の埋め尽くせない溝。他人の手の温もりを直接的に感じ取る事が出来ない。
 由紀子が志村との間に見ていたもの。あの幸福感。志村が傍に居るだけで満たされた心。ーー有吉の場合は割り切れていた。心に絡み付いて来るものは何もない。志村を思う時、彼なら自分の背中になってくれる、という気持ちが湧いて来る。他人という関係を超えて、深い部分で結ばれ得るような気がする。初めて由紀子が経験する感情だった。自分と渾然一体に成り得るもの。愛。志村との間に育まれた愛。だが、そこまで来ると由紀子は、音を立てて崩れてゆくものを見る。志村との間に張り巡らされていた愛の綱が、ある日、プツンと音を立てて切断される姿が眼に浮かんで来る。強い絆で結ばれ、ピンと張り詰めていた綱が、強烈な反動を伴って切断される。その切断された愛の綱が、鋭い激しさで由紀子の顔面を打ち返して来る。
 由紀子には信じ難かった。緊迫したものが、そのまま、永遠に続くとは。
 あの幼い日の幸福だった家庭の崩壊が、由紀子を怯えさせる。父と母、そして自分と渾然一体だったものが、あれ程に見事に崩壊してゆく。
 由紀子は見る。志村との愛の果ての崩壊。幼い日の由紀子の心に刻み込まれた苦悩が、志村との愛の上にも被さって来る。その前で由紀子は怯えるのだ。
 由紀子は思う。志村との愛が、志村が求めるような深く踏み込まないものであるなら、まだ、続けられてゆけそうな気がする。これまでの志村への感情を抱き締めてゆきさえすればいいのだから。そこでなら、自分が自分で居られるような気がする。ようやく開けかけて来た、デザイナーへの道を歩みながら。有吉との関係も断ち切らずに済むだろう。
 まだ一人歩きを始めたばかりの由紀子には、有吉との関係の途切れる事を恐れる気持ちがあった。自分がデザイナーとしてこれから成長してゆく上で有吉の力を断ち切るのは恐い・・・・。
 
 由紀子は次から次へと煙草を吹かす。志村との愛を失った今、自分が生きている事を実感として感じ取りたかった。現実との繋がりを確保して置きたい。
 レストランの触れ合う皿の音。人々の話し声。窓ガラスの下の大通りを行く人の群れ。由紀子に取っては総てが、遠い世界のものにしか見えなかった。自分が生きているという実感を与えてくれるものは何もない。ただ、自分の肺腑の奥深くへ吸い込む煙草の煙りだけが僅かに、現実の感覚を与えてくれるようだった。自分がこれから何処へ行くのか、これから何をするのかも、由紀子には分からない。志村が去って行き、人々の流れの上に、車のひしめく街の中に、空白があるばかりだった。 
 
               完



          ----------------


          takeziisan様

          扇風機四台とは恐れ入りました
          我が家もエアコン嫌いで扇風機派なのですが
          近年の猛暑 年老いた体には もう
          エアコンなしでは無理かな と
          つくづく思い 来年は設置しようかと
          考えています
          金木犀 我が家の庭にも咲きました
          春の沈丁花 秋の金木犀 この季節が好きです
          御侍史 古い言葉ですね
          わたくしも数年前 大腸がんを手術しましたが
          紹介状にこの言葉は使われませんでした
          年齢と共に体力の衰えの顕著になって来るのを
          年毎に実感します 少しでもその体力を
          維持したいと思い わたくしも毎朝自己流の
          体操などしています
          それにしても近年 テレビなどでは
          八十代後半 九十代の人達の元気な姿が
          よく映し出されて まだまだ老け込む歳ではないな  
          などと自分を元気付けています
          いつもお眼をお通し戴き 有難う御座います


          hasunohana1966様

          最新の御文章 拝見しました
          御謙遜なさっていらっしゃいますが
          御立派な御文章です
          どうぞ取り消しなどなさらないように
          お願いしたいです
          この御文章の中に わたくしの日頃
          思い 考えている事が総て盛り込まれています
          多分 この御文章を眼にした人達の多くは
          共感を示すのではないでしょうか
          現在のアメリカ大統領に関する
          総ての要素が組み込まれているように思います
          この事実 この文章を消してしまう事は
          惜しい事です