遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉 226 小説 夜明けが一番哀しい(完) 他 電話サギが来た

2019-01-27 10:32:38 | 日記

          電話サギが来た(2019.1.22日作)

 

   電話サギが来た

   平成三十一年(2019)一月十九日

   午前中 警察から と名乗った

   市内で八人のサギグループが逮捕され

   中に 二人の銀行員がいた その銀行員が 

   私の預金通帳の情報を漏らした 就いては

   通帳の情報が正しいものかどうか  

   確認したいので 通帳に書いてある

   番号を教えて下さい

   警察から と 名乗った男は 言った 男は

   私の これまで誰一人 読めた事のない 

   難しい読みの名前も知っていて その

   読み方を教えてくれ と言った

   私はその時まだ 「警察」 という言葉を

   疑っていなかった 名前の読み方 を 教えた

   男の言葉遣いは 巧みで明快 疑いを 差し挟む余地は 

   何処にもなかった だが 私の心の中では 

   通帳の番号を 教えてくれ という言葉には

   なぜか 敏感に 反応した 即座に

   いや それは出来ないです おっかなくて

   そんな事は出来ません と 言っていた

   その時 相手は 警察官 という意識は 私の内では

   まだ 消えていなかった それでも何故か 即座に

   拒絶反応が 働いた 相手は その言葉を聞いて 

   軽い笑いを漏らした それからすぐに

   何かあったら すぐに警察に電話をして下さい と 

   それ以上の 事は聞かずに 言った 私は

   はい と答えて 電話を切った

   以上がサギ師 との やり取り だが

   私の心の中では 何か

   腑に落ちない思いがあったらしかった 私は

   なんとなく 警察に改めて 確かめてみよう という

   気持ちになっていた 警察に電話をすると 警察官は

   そんな電話はしていない と言った それで 始めて

   電話サギだったんだ と納得した

   その日 たまたま 用事があって赴いた 銀行で

   こういう電話があった と言うと

   番号は教えてないですね と言った

   番号を教えてなければ大丈夫です 

   安全を約束してくれた まずは

   一安心 安堵した しかし 無論の事

   油断は禁物 これから先も 気は抜けない 

   注意は充分 細心 気を付けて 小まめに

   通帳チェックは するつもり 

   どんな不祥事 何が起こるか 分からないーー

   それにしても いかにも巧みな 語り口

   皆さん どうか 御注意 気を付けて 自身の身

   自分を守るのは 自身が持つ 誰にも犯せない

   自身の権利 たとえ 警察であったにしても

   犯す事の出来ない個人の権利 安易に

   他人 他者に 渡せるものではない 

   大切 重要 貴重な 情報 数字 番号 は

   安易 安直 軽々しく 口にしないに

   越した事はない 

 

 

 

          夜明けが一番哀しい(10)

 

 

 

 数十メートルほど先の歩道に、ピンキーのパクッて来たクーガーが乗り上げ、大きなイチョウの樹に激突してメチャメチャになった姿があった。

「画伯だわ」

 安子が、呑んだ息を吐き出すようにして言った。

「あの人、どうしたかしら?」

 トン子が言うと、三人は早くも走り出していた。

 三人が現場に着くと、前半分をメチャメチャにした社内に、画伯がハンドルにもたれてうつ伏せになっていた。

「こりゃあ、ひどい」

 ノッポが思わず言った。

「画伯は生きてんの ?」

 トン子が不安を抑え切れない声で言った。

「死んでるんじゃない ? 死んでるみたいよ。あんた、ちょっと見てみなよ」

 安子がノッポに言った。

「やだよ、おれ」

 ノッポは露骨に嫌悪と怯えの表情を見せて尻込みした。

 三人は声もなく、フロントガラスの飛び散った車内を恐る恐る覗き込んだ。

 ようやくピンキーが辿り着いた。

「画伯が死んでるみたいよ」

 トン子がピンキーを振り返った。

 ピンキーは眼を丸くして見ていたが、半開きになったドアを無理にこじ開け、体を入れると画伯の体を揺すった。

「おい ! おい !」

 画伯は答えなかった。

 ピンキーが肩を押さえて体を起こすと、画伯は口から血を吐き、額から頬の辺りを飛び散ったガラスで傷だらけにして事切れていた。

「完全に死んでらあ」

 ピンキーは投げ遣りに言って体を離した。

「いったい、なんの心算だったのかしら ?」

 安子が怯えた声で言った。

「普通、車のガラスなんて、細かく割れたって、こんなに飛び散らないもんだぜ」

 ノッポが言った。

「バカだねえ」

 トン子が涙声で言った。

「アンパンにラリッテるくせしやがって、車なんか運転すっからだよ」

 ピンキーが軽蔑を含んだ口調で言った。

「あんただってそうよ。あたしたち来る時、何回、殺されそうになったか知れやしないわ」

 安子がピンキーを非難した。

 ピンキーは何処吹く風といった様子で何も答えなかった。

「どうする ? 警察に知らせる ?」

 トン子が言った。

「ヤバイよ」

 ノッポが怯えて言った。

「死んじゃったもん、どうしようもねえじゃねえかよう」

 ピンキーは吐き出すように言った。

「行こう、行こう」

 ノッポは一刻も早く、この場を立ち去りたい様子だった。

女二人は、なおも気がかりな様子で車の中を覗いていた。

ノッポはそんな二人を促すと、先に立って歩き出した。

ピンキーは一人残された。

彼はぼんやり立っていた。頭の中が思うように回転しなかった。今頃になって酔いが廻って来たようで体がぐらぐらした。急に吐き気がして来て、何度かその場でゲーゲーやった。食物の入っていない胃袋は絞り上げられるだけで、何も吐き出さなかった。

 ピンキーはやがて歩き出した。冷たい水を思い切り頭から被りたかった。岸壁へ行けば海の水で顔が洗えるかも知れない。人気のない公園の中へ入って行くと、噴水が夜明けの空間に、盛んに白い水しぶきを上げているのが眼に入った。物みな総てが、ひっそりと息をひそめている中で、その噴水だけが場違いなほど活発で、華やぎに満ちていた。

 ピンキーはその華やぎを、まるで何かの誘いでもあるかのように感じながら急ぎ足で近付いて行くと、噴水のそばに身を寄せて水盤の中に身を乗り出し、両手に水を救って一気に顔に浴びせかけた。

 水は思いのほか冷たかった。その冷たい水の感触が、頭の中に詰まって、今にも破裂しそうなほどに膨れ上がった鬱積物を、爽快に流し去ってくれそうな気がした。

 ピンキーはその心地よさに酔うように、さらにメチャクチャに同じ行為を続けた。頭の芯が痛いほどに冷え切った時、ようやく手を止めた。水盤の淵に両手を付いて、頭から水の滴り落ちるのに任せたままでうな垂れていた。

" あんな奴らに付き合っちゃいられねえや "

 ピンキーは体を起こすと犬のように頭を振って、髪の水を飛び散らした。

 ノッポにも安子にもトン子にも、ピンキーはイライラした。奴らなんか大っ嫌いだ !

 画伯のやつが車をぶっつけてしまったおかげで、どうやって東京へ帰ったらいいのか分からなかった。フー子からせびった金はトン子が持っていってしまった。また、別の車をパクルより仕方がないようだった。

 子豚のように丸っこい短足のトン子は、ともすればノッポと安子から遅れがちになった。

「あんた、早く歩きなよ。置いてくよ」

 画伯が引き起こした事故の現場から一刻も早く遠ざかりたい安子は、トン子のノロさ加減にいらいらして、何度も振り返りながら剣突を食わせた。

「だってわたし、お腹が空いちゃって歩けないよ」

 トン子は泣きべそをかいた。

 肩から掛けたポシェットさえが重く感じられる上に、足首まである長いスカートが纏わり付いて邪魔になった。

「ちょっと、お金かしてくれよ。おれたち、先に行くからさ」

 ノッポが苛立って言った。

 ノッポは邪魔なトン子を除け者にして、安子と二人だけになりたかったのだ。

「あたし、キヨスクに間に合わないわ」

 安子が言った。

「あんなもん 休んじゃえばいいじゃん。おれんちに来てゆっくり寝た方がいいよ」

「そんな訳にはゆかないわよ」

 結局、安子とノッポはトン子を言いくるめると、彼女の手に千円を残し、自分たちは三千円を持って先に帰った。

 トン子は一人になると、むしろホッとした。

" あの二人と一緒にいると、馬車馬のように急き立てられてくたびれてしまうわ "

 それでいてトン子の心は妙に淋しかった。

 何台かのタクシーに出会ったが、トン子は停めようとは思わなかった。心の深い所に画伯の死がこびり付いていて、なるべく人に会いたくない気持ちだった。

 駅までの道がどう続いているのか、よく分からなかった。来る時に車が一瞬、国電の近くを通過した事を覚えていた。それを頼りに歩いて行った。

 家へ帰ったら、何時になるのだろう ?

 いつも新宿から帰る時は、両親はまだ起きていなかった。それでトン子は、用意して置いた踏み台からブロック塀をよじ登り、柿の木を伝わって少し開けておく二階の窓から、自分の部屋へ入るのだった。だけど、この時間では、いつものように旨くゆくかどうか分からない・・・・・

 出来る事なら、道端へ腰を下ろして休みたかった。うるさいノッポと安子がいないと思うと 、いっぺんに疲れが出て来て、重い足を引きずり歩いた。---夢の王子様は、今日もトン子の前に現れなかった。

 トン子が土曜日毎に" ディスコ・新宿うえだ "へ通うのは、踊るのが好きなわけでも、仲間達に会うのが楽しいからでもなかった。週日を母の農業を手伝ったり、家事をして過ごすトン子は、周囲に広がる田圃や畑の景色にうんざりしていた。それでトン子は、近くの工場に勤めている父が日曜日の休みのせいで、その日は母も朝が遅い土曜日の夜にだけ、安心して家を抜け出し、自分の夢を追うようにわざわざ二時間以上もかけて、新宿へ通って来るのだった。

 十八歳のトン子には、新宿はいつも夢を与えてくれる街だった。きらびやかに輝くネオンサインと溢れる人の波、絶え間のない喧騒が。知らず知らずにトン子の心を浮き立たせていて、トン子は自分が夢の世界にいる気がするのだった。そして事実、トン子でさえが、当てもなく街の中を歩いている時には、何人かの若者や中年の男達にまで声を掛けられて、自分という人間の価値が認められたような気がして来て、心の華やぎを覚えるのだった。

 トン子の胸がキュンとなり、緊張感を覚えるのは、そういう時だった。トン子はそんな時、一瞬、男達の誘いにのって付いて行ってもいいかな、と思う。だが、臆病なトン子の心は最後の瞬間に、そんな自分を裏切っていた。心臓が激しく高鳴って、息の詰まりそうな感じと共に、言葉が口を出て来ないのだった。そしてトン子は、鋼のような硬い表情で男達から離れていた。

 トン子の心にはそんな時、いつも悔いが残った。どうして、うん、と言えなかったのだろう・・・・せっかくの機会を逃してしまったという思いのうちに、絶望的な後悔にさいなまれた。そして、最後にトン子が辿り着くのが結局 "うえだ "だった。 "うえだ "にはトン子の夢はなかったが、心の安らぎを得られる場所があった。

 最初トン子は、ピンキーを夢の王子様だと思った。赤ん坊のようにピンク色の肌をした美少年のピンキーは、あらゆる女性達の眼を惹いた。ピンキーに少しでも心を惹かれた女達は、だが次には、ピンキーの口から出て来る激しい言葉の数々に必ず度肝を抜かれた。トン子もまさしくそんな一人だった。そして、トン子は思った。わたしの求める王子様は、もっと優しくなければならない・・・・

 ピンキーは明らかに女性達を嫌っていた。そのためピンキーが、新宿という街に生きていながら、まだ童貞だという事もトン子は知っていた。トン子はもう、ピンキーにどんな幻想も抱いていなかった。ピンキーは決して心の通い合う事のない一人の仲間だった。

 トン子は夜明けの明るさに染まった街を歩きながら、ピンキーは酒に酔ったまま、何処へ行ったのだろう、と考えた。そして、フー子は ? 画伯が事故を起こした車は、もう発見されただろうか ? 中で画伯が死んでいるのを見て、みんなは大騒ぎをするに違いない・・・・

 トン子は鉄の足枷をはめられたように重い足を引きずりながら、今は一刻も早く家へ帰って眠りたいと思った。

                                                                                                      

                            完

                                                                                                                                             

   

   


遺す言葉 225 小説 夜明けが一番哀しい 他 十二代目 団十郎の死

2019-01-20 13:08:44 | 日記

          十二代目 団十郎の死(2013.2.8日作)

               松竹は今年一月十四日市川海老蔵さんが

               2020年五月に十三代目市川団十郎を襲名すると

               発表しました。この文章は十二代目が亡くなって

               間もなくに書いたものです

 

   歌舞伎の世界にとって わたしは

   最良の観客とは言えない

   特別の誰彼の贔屓を持つわけでもない

   何かと理屈を付けて外出も控える昨今

   劇場に足を運ぶ機会も ほとんどない

   それでも時おり 眼にする

   テレビの画面での芝居や舞踊に

   ふと 魅せられ 眼を向ける好奇の心は

   まだ 失っていない

   そんなわたしに於いても

   記憶に新しい十八代目 

   中村勘三郎の訃報に続く

   平成二十五年(2013)二月三日午後九時五十八分逝去

   十二代目 市川団十郎の訃報には 一瞬 息を呑み

   歌舞伎の世界での心柱 一本の

   太い柱の失われた喪失感を

   瞬時に感じ取らざるを得なかった

   かねてからの難病を危惧する思いの 常に

   意識の中から消える事のなかった事実は存在したにせよ

   逞しくそこに立ち向かい いささかも

   脆弱さ ひ弱さを見せる事のなかった

   見事な舞台姿

   成田屋十八番の荒事に於ける

   天性 身に備わった役者としての骨格

   実在感と共に この失われた太い柱

   それに代わり得る役者の姿の今現在

   眼に見えて来ない闇 暗黒の空間

   その心柱の失われた瞬間と共に生じた

   深い闇の空間を かつて存在した

   心柱の持つ堅固な実在感とまったく違わない感覚の

   深い喪失感を今 心の痛みと一緒に

   感じ取っている

 

 

          夜明けが一番哀しい(9)

 

 

「画伯が乗って行っちゃったのかしら?」

「ピンキー、あんた、車どこへやったの?」

 トン子は聞いた。

 ピンキーは寒そうに背中を丸めながら、

「知らねえよ」

 と、ボソボソした声で呟いた。

 ようやく辺りには、夜明けの仄明るさが漂い始めて来た。開港記念公園に突き当たる一直線の道もはっきりと見通せた。

「チェッ、画伯の野郎が乗って行っちゃったんだよ、きっと。あいつ、なんの心算なんだろう」

 ノッポが悔しそうに言った。

「気が狂っちゃったんじゃないの」

 安子が答えた。

「そうかも知れないなあ。アンパンで頭がおかしくなっちゃったんだよ、きっと」

 ノッポが言った。

「どうしょう、どうやって帰るの ? フー子、あんたお金持ってる?」

 トン子が泣き出しそうな声になって聞いた。

「あるわ」

 フー子は小さな声で言うと、早速、尻ポケットからクチャクチャになった千円札を何枚か掴み出した。

「ありがとう、これだけあれば、みんな電車で帰れるわ」

「だけど、まだ、電車なんか動いてないよ」

 ノッポが言った。

「動いてるわよ、もう」

 東京駅のキヨスクで働いている安子が言った。

「今、何時 ?」

 トン子がノッポに聞いた。

「五時ちょっと 前だ」

「じゃあ、もう動いてるわよ。わたしが新宿駅からいつも帰るのは四時過ぎなんだから」

 トン子が夜明けの一番電車で帰る時の時刻を基準にして言った。

「だけど俺、腹へっちゃったよ。何か食いに行こうよ。それだけあれば、何か食えるだろう?」

 ノッポがトン子の手に握られた数枚の千円札を見て意地汚く言った。

「それこそ、食べ物屋なんかまだ開いてないわよ」

 安子が言った。

「山下公園の方へ行けば、なんかあるんじゃない ?」

 トン子が言った。

「屋台ならともかく、店が開いてるわけないでしょ。こんな時刻にさあ」

 安子はトン子をやり込めろように突堅貪に言った。

「ホテルのスナックなんかやってない ?」

 トン子は言った。

「あたしたちみたいなのがホテルに入って行ったら、追い出されるに決まってるわよ」

 安子は言った。

 山下公園通りへ曲がる反対側の角に、数件の飲食店の看板が見えたが、どの店もドアを閉ざしたままだった。

「みんな、まだ開いてないね」

 トン子が疲れた声で言った。

 誰も答えなかった。

 公園通りへ入ると、右手には豪華なビルやホテルが軒を連ねていた。

 ホテルの前には何台かのタクシーが停車していた。どのタクシーも運転手が仮眠を取っているのか、顔が見えなかった。

 五人はすっかり葉を落としたイチョウ並木の公園通りを、当てもないままに歩いて行った。

 公園入り口まで来た時、彼等は奇妙な光景を眼にした。

 一匹のさして大きくはない茶色の中型犬が、公園入り口の舗道で直径一メートル程の円を描きながら、しきりにぐるぐる廻っていた。

「なに、あの犬。あんな所でなにやってんの ?」

 安子が言って、みんなの注意をそこに向けた。

 犬は一心不乱といった様子で、同じ場所をただ、ぐるぐる廻っていた。思い詰めたような、何かに取り憑かれでもしたかのような犬の行動は、その一途さゆえに不気味でさえあった。五人は自ずと足を止めて見入っていた。

 犬はやがて五人に気付くと、ふと立ち止まって顔を上げ、彼等を見詰めていた。しばらくそうして見詰めていたが、あとは何事もなかったかのように何食わぬ顔で、すたすたと車道を横切り、ビルの陰に消えて行ってしまった。

「なに、あの犬、バカみたい」

 トン子が可笑しそうに言った。

「頭がおかしいんじゃないのかい ?」

 ノッポが言った。

「犬にも気の違った犬ってあるのかしら ?」

 トン子が言った。

「気違い犬か ?」

 ノッポが可笑しそうに笑った。

「狂犬病ってのがあるだう」

 ピンキーが唐突に口を挟んだ。

「あれは気が違うって言うのとは別でしょう」

 安子が言った。

「犬のそんな専門病院なんかがあったら、面白いだろうな。ワンワン、わたしはアンパンにラりッて、頭がおかしくなりました。何処かいい病院を知りませんか、なんてさ」

 ノッポが犬の格好を真似て言った。

 フー子はいつの間にかいなくなっていた。

 他の四人はその事に気付きもしなかった。犬の話しに夢中になっていた。

 少し行って彼等は更に、別の異様な光景に息を呑んでいた。

。 

 

 

 


遺す言葉 224 小説 夜明けが一番哀しい 他 悲劇・・・モンローとディマジオ

2019-01-13 12:39:48 | 日記

          悲劇・・・モンローとディマジオ(2019.1.9日作)

                今夜もNHkBSでモンローに関した題名のドラマが

                放送されるようです。私は見る気はありませんが。

 

   貧しい移民の両親の下に生まれたジョー・ディマジオ

   不幸な生い立ちの神経質なマリリン・モンロー

   深く愛し合ったがゆえの二人の悲劇ーー嫉妬 別れ

   ディマジオの嫉妬に耐えられなくなったモンローの

   自棄的行動 男性遍歴ーーディマジオの孤独

   しかし 結局 モンローの心の底には

   ディマジオへの愛があった ?

   そして モンローの不幸な死ーーケネディ疑惑

   ・・・・・力のある者の横暴 ?

   モンローの墓前に花を奉げるディマジオ

 

 

          夜明けが一番哀しい(8)

 

 

「本当よ、あんたがいないうちさ」

 安子が言った。

「こんなちっちゃな本だったけど、一ページ一ページ破って口の中へ入れると、水を呑みながらどんどん食べちゃったんだよ。それであの人、お腹をこわして一ヶ月ぐらい蒼い顔をしていたんだから」

 トン子が言った。

「信じられないね」

 ノッポが如何にも自分が正常な感覚の持ち主ででもあるかのように言った。

「あの子、マンガ家になんかなれっこないよ。あん風にしていたんじゃあ」

 安子が見限ったような口振りで言った。

「でも、絵を描かせたらうまいわよ。さっさっと描いちゃってさ」

 トン子が言った。

「絵がうまいだけでマンガ家になれるんなら、誰も苦労しないわよ」

 安子が言った。

「そうさ、マンガ家になるには想像力がなくちゃ駄目だよ」

 ノッポが訳知り顔でうけあった。

「やだぁー、あれ、ピンキーじゃない ?」

 トン子が突然、頓狂な声を出して指差した。

「本当だ。ピンキーだ」

 ノッポが答えた。

 ピンキーは階段の降り口のところで体を海老のように折り曲げ、腕を枕にして眠っていた。

「やだぁー、ずっと、あそこに寝ていたのかしら ?」

 トン子が大げさに驚きを表して言った。

「寒くないのかなあ、あいつ ?」

 ノッポが言った。

「お酒に酔っているから寒くないのよ」

 安子が言った。

「だって、酔っ払って寝ちゃってさ、凍死したなんてよく新聞に出てるじゃん」

「それは真冬で、カチカチに氷が張る寒中の事よ。バカね」

 安子が軽蔑したように言ってノッポを見た。

「そうか、それもそうだな」

 トン子は一足先にピンキーに近付くと体を揺り動かした。

「あんた、こんな所で寝ていると死んじゃうよ」

 ピンキーは眼を覚ました。コンクリートの上に足を投げ出して坐るとぼんやりしていた。それからすぐにまた、うつらうつらし始めた。

「あたし達、帰るわよ。置いて行っちゃうから」

トン子はピンキーの背後から両脇に手を入れて抱き上げた。

 ピンキーはようやく、よろよろと立ち上がった。

「あんたも困った人ねえ」

 トン子は世話女房のような口振りで言った。

 階段を降りるとフー子が立っていた。

「あんた、あんな所で何やってたの ? わたし、なんだか、あんたが今にも海の中に飛び込んでしまうんじゃないかっていう気がして、とっても怖かったわよ」

 トン子は言った。

 フー子は眼を伏せただけで答えなかった。

 フー子に何処となく暗い翳があるのは、やっぱり家庭環境が影響しているのだろうか、とトン子は考えた。

 トン子は何時だったか、確かに、無口なフー子の口から彼女の境遇を聞いたように思った。それとも、単に自分が想像しただけの事だったのか ? ・・・・・

 それにてもフー子はいつも、どうしてあんなにお金を持っているのだろう ? 彼女の父親はやっぱり、大きな会社の社長なのだろうか ? いったい、フー子はあんなに自由にお金が使えるのに、何が不満で夜中まで、ふらふら街の中をほっつき歩いているんだろう・・・・・ ? 

 トン子は少し前を歩いて行くフー子の形の良い小さな尻を包んだジーパンのポケットには、幾らのお金が入っているんだろう、と考えた。

「あら ! 車がない 」

 突然、安子が立ち止まった。

 先程、ピンキーが停めた場所に車はなかった。

「盗まれたのかしら ?」

 安子は辺りをキョロキョロ見廻した。

「画伯は何処へ行ったんだ ?」

 ノッポが言った。 

 

 

 

 

 

   

   

   


遺す言葉 223 小説 夜明けが一番哀しい 他 今日という日

2019-01-06 12:04:24 | 日記

          今日という日(2018.12.10日作)

 

   今日という日は

   永遠に帰らない

   今日という日は

   永遠の一日

   その 永遠の一日は

   記憶の中に埋没し

   忘れ去られてゆく事はあっても

   無価値になる事はない

   今日という一日は

   過去の一日の

   積み上げの上に成り立つ

   今日という一日であり

   明日という一日を用意する

   今日という一日だ

   すなわち

   今日という一日は

   永遠の中の一日であり

   永遠の一日だ

 

 

 

          夜明けが一番哀しい(7)

 

 

 横浜税関の建物の前を右に曲がると、四百メートル程で山下公園への道だった。正面にシルクセンターの、明かりを消した建物が見えた。その建物の正面を左へ曲がると大桟橋への入り口だった。右手にあらかた葉を落とした枝を夜明け前の暗い空に無数に延ばしている、山下公園通りの銀杏並木が見えたが、ピンキーは迷う事なく大桟橋への道を突進した。

 まだ寝静まったままの建物が並ぶ通りを抜け、送迎デッキへの突き当たりに来てピンキーは急激にブレーキを踏んだ。みんなは再び車の中で座席から放り出されたが、眼の前に広がる港の光景に眼を奪われていて、乱暴な運転に文句を言う事も忘れ、歓声を上げながら車から降りた。

「おお、寒いよう」

 ノッポがボートネックの長袖シャツの腕を抱え込んで言った。

 十一月も終わりに近い、海の匂いを孕んだ夜明けの空気は、冷え冷えとした冷気を肌に伝えて来た。

 ノッポはそれでも先程までの不機嫌も忘れ、初めて見る横浜港の眺めに御機嫌だった。

「ほら、見てよ。灯りがとってもきれい !」

 トン子が叫んだ。

 山下埠頭の倉庫の建物に沿って点々と連なる灯りが、ダイヤモンドの輝きを見せていた。

 暗い水面は静かだった。赤い灯の浮標(ブイ)があるかなしかの波に小さく揺れていた。

 トン子が真っ先に送迎デッキへの階段を上って行った。

 ピンキーも画伯も車から降りた。

 トン子が上って行った送迎デッキから見下ろす大桟橋には、だが、期待に反して外国航路の大きな船はいなかった。小型のボートだけがぎっしりと船体を寄せ合って岸壁にへばり付いていた。

「なあーんだ。外国航路の船なんていねえじゃねえか」

 後から来たノッポがもぬけの殻の桟橋を見下ろしながら、非難がましく言った。

 トン子はノッポの口調に、不服そうに顔をふくらませたが黙っていた。

 次に安子が来て、三人は送迎デッキの先端に向かって歩いて行った。

「ほら見て ! あれがそうじゃない ?」

 トン子が不意に、倉庫に沿った方角にある白い船を指差して言った。

「バカね、あれは氷川丸じゃない。いつもあそこにいるのよ。あそこでは結婚式だって出来るんだから。夏なんかハワイアンなんかやっちゃってさ、ビヤガーデンにもなるんだってよ」

 安子が言った。

「そうか」

 トン子が明らかに気落ちした声で言った。

 国際船客ターミナルの内部も暗かった。

 ピンキーと画伯とフー子は何処へいったのか、姿が見えなかった。

 トン子たち三人は肌寒さに体を縮めながら、送迎デッキの尽きる所まで歩いて来ると、"係員の許可なしには下へ降りないで下さい"と書かれた看板の前で立ち止まった。

 桟橋へ降りる階段は鉄柵で閉ざされていた。

 三人は仕方なしに鉄柵にもたれると沖合いを見つめた。

 港の入り口に違いない遠い所に、橋の形の灯の列が夢のように浮かんでいた。

「あんな所に橋があるんだね」

 安子がくぐもった声で元気なく言った。

 水面は依然として暗かった。その中で暗い空の藍を映してか、時おり鈍く光る水が微かにうねっているのが見えた。

 三人は椋鳥のように鉄柵にもたれたまま黙っていた。夜通し眠らなかった疲れと、昨夜来、満足な食事もしていない空腹感とが彼等の元気を奪っていた。

" こうして、じっと見つめていると、水って、なんて恐ろしいものなんだろう・・・・・"

 トン子は暗い水面を見つめて気勢の上がらないままに、心の中で呟いた。

 ほとんど流れの感じられない水面が、はるか沖合いから徐々に膨れ上がり、迫って来るような気がして、その巨大な体積と重量に圧倒される思いだった。

" まるで、今にも暗い水面がここにいるわたしたちを呑みこんでしまいそうな気がする・・・・・"

 トン子は思わず、「アッ」と小さな声を発した。同時に助けを求めるような視線をノッポとヤ安子に向けた。

「あれ見て ! フー子じゃない ?」

 トン子が指差しながら、緊張した声で言った。

「ほんとだ。あいつ、何処からあんな所へ行ったんだろう ? 」

 ノッポが間の抜けた声で言った。

 トン子はだが、気が気ではなかった。

 フー子は桟橋の最先端に立ち、じっと暗い水面を見つめていた。

 トン子には、フー子が今にも暗い海の中に身を投げてしまうのではないか、と思えた。

 フー子の長い髪が風に揺れ、彼女の背中を見せた姿が、異様なまでに暗い影を宿していた。

 トン子はすぐにでも階段を駆け降りてそばへゆき、フー子の華奢な体を抱き締めたい衝動に駆られた。だが、彼女は鉄柵に阻まれ、それが出来なかった。

 トン子は思わず大きな声を出していた。

「フー子 !」

 フー子が自分の声を聞いて、咄嗟に海に飛び込んでしまうのではないか、トン子は恐れた。

 フー子はだが、すぐに声のした方を振り返ると、トン子たちのいるデッキを見上げた。

 トン子は途端に緊張感のゆるむのを覚えて、その場にへたり込みそうになった。

「なんだって、そんな所にいるのよ。何処から行ったの。こっちへおいでよ」

 トン子はどうにか気を取り直してようやく言った。

 フー子は何も答えなかった。それでも黙ったまま踵を返して水際を離れた。

「おれ、寒くなっちゃったよ。車へ帰ろうよ。船がいなくちゃつまんねえや」

 ノッポが元気のない声で言った。

「ピンキーと画伯は何処にいるの ?」

 安子が始めて彼等の姿が見えない事に気付いて言った。

「知らねえ。あいつら、酔っ払いとアンパン中毒なんだから、どうしようもないよ」

「ねえねえ、画伯がさ、なかなかマンガが描けないもんだから、誰かに手塚治虫のマンガを一冊食べなければ、いいマンガなんか描けないよ、って言われてさ、本当に食べちゃったの知ってる ?」

 元気を取り戻したトン子が、安子とノッポの後を追い駆けながら言った。

「いつ ?」

 ノッポが、信じられない、といった声で聞いた。