言葉は心の鏡(2021.10.10日作)
言葉を残そう
書き留めた言葉を 残そう
言葉は 人の心 心の中を
映す鏡 写真 一枚の写真が
あなたの心の中を 写す事はない
それは 出来ない 不可能
言葉 一つの言葉は
あなたの心 心の内を
後に残った あなたの子供
あなたの孫 またその子供 達にも 伝える
それが 出来る
人は心 心は人
言葉だけがあなたの心
あなたの 人となり それを あなたの
後を生きる人々に 伝える事が
出来る
心を伝える言葉
一つの言葉には それが出来る
書き残された言葉 一つの言葉が
あなたの心を 後に生きる人々に
伝える
人は心 心は人
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十三枚の絵(6)
「でも、そこに至るまでには、過程を描いた絵があってもいいんじゃないかなあ。それが一枚もない。それにこの " 生活 "という、最後から二番目に描かれた絵を含めて、女と結城さんの二人が描かれている絵にはどれも明るい色調が混じっている」
「これだけ何か、突然変異っていう感じだよなあ」
わたしも言った。
「あるいはこの絵には、何かの意味が隠されているのかも知れないよ」
森本が言った。
「うーん。だけど、考えてみると変だよなあ。たった一夜のうちには収まらないだけの内容が、この数々の絵の中にはある。それに、結城さんはいったい、どの時点で病気の発作に見舞われたんだろう。ここに書かれた数々の絵で見る限り、帰る途中でとしか考えられない」
わたしは言った。
「こりゃあ、事実ば描いたもんではねえだよ」
辰っあんが言った。
「えっ ?」
わたしは辰っあんの顔を見た。
「おそらぐ結城さんは、山ん中で体力ば消耗しちゃって、幻覚に見舞われだに違えねえだよ」
辰っあんは言った。
「幻覚 ?」
わたしは言った。
「うん」
「どういう訳で ?_」
森本が聞いた。
「ひでえショックば受けだ人間は、一晩で頭の毛が真っ白になっちまうって言うよ。おそらぐ結城さんは、あにが精神的なショックば受けで、幻覚の中ば彷徨っていだに違えねえだ。そうでなげれば、一晩であんなにも変わるもんではねえよ」
「なる程、そう言われればそうだよなあ」
わたしは言った。
「ここにあるのは、その幻覚を絵にしたっていう事か」
森本が言った。
「多分、そういう事だっぺえ」
辰っあんは言った。
「なる程ね。そう考えれば考えられるよな。いずれにしても結城さんは、肉体的には相当困憊していた事は事実だよな。帰って来た時のあの様子からして」
森本は言った。
「それは言えべえ。だけっど、一晩であんなふうに変わってしまうなんて事あ、そうあるもんでねえど」
「それはそうだよなあ。あんなふうに変わってしまうなんて」
わたしも言った。
結城さんは絵に生涯を懸けた絵描きらしく、絵の中には何一つ言葉を残していなかった。その為、総てをわたし達の勝手な推測に頼る事しか出来なかった。
「この絵の "沼 "っていうのは、あの北山にあるっていう沼の事なのかなあ」
最後に森本が信じかねるようにポツリと言った。
「そうだっぺえ」
辰っあんが迷いもなく言った。
「すると結城さんは、あんな所まで行ったという事なのか」
「迷い込んでしまったっていう事じゃないのか」
わたしは言った。
「そういう事ったぺなあ。事によると元気な頃に行ってたつう事も考げえられるしな」
「どうだい、暖かくなったら一度、その沼へ行ってみないか ?」
森本が興味深げに言った。
「いいね、行ってみたいね。伝説の沼っていうのが、どんな沼なのか見てみたいよ」
わたしも大いに乗り気になって言った。
「どうだい、辰っあん ?」
森本は言った。
「よがっぺえ。ああに、行ぐ気になれば行がれねえ事もねえよ」
辰っあんは泰然自若だった。
わたしには大いに興味のあるところだった。その沼が結城さんが描いた絵の通りの沼なのか、あるいは、結城さんの幻覚が描き出した沼なのか。その沼を見る事によって、結城さんが描いた絵の謎も解けて来るような気がするのだった。
四
わたしは東京へ帰ると予定を組んでみた。
三月の彼岸の連休には都合が付けられた。
森本に電話をすると、いいだろう、という事だった。
結城さんの遺骨は東京の森本家の墓地に納められた。
墓参は出来なかったが、結城さんが住んでいた家の玄関先に花と線香だけでも、供えようという事になった。
三月の連休、わたしは土曜日の午後、東京駅を発った。
その夜、辰っあんも森本の家へ来た。
三人で酒を酌み交わした。
翌朝、わたし達は辰っあんの忠告に従って、雑木や野茨の繁みに入る事の出来る服装に身を固めた。手には厚い手袋をした。
辰っあんは木刀のような樫の棒を持ち、上着のうちポケットには大きなナイフを入れていた。
「何するの、それ ?」
わたしは理由が分からなくて聞いた。
「ああに、木の蔓ば搔っ切るのにいいど思ってよ」
わたし達は結城さんの住んでいた家に寄って線香や花を手向けたあと、十時過ぎに山に入った。
北山と呼ばれる小高い山が見える所まで行くのに、杉林の中を三十分も歩いた。
杉林の中にも丈高い芒の繁茂が見られた。それでも此処は、猟場でもあり、勝手知った場所だっただけに、さほどの困難は覚えなかった。
その杉林を抜けるといったん、芒の一面に生い茂った窪地へ出た。
そこからは遠く彼方に、なだらかな勾配を見せた北山の姿が望めた。
その北山を望みながらわたし達はまた、胸元にまで迫る芒の中を歩いた。
「結城さんがキジを撃ったというのは、この平地だったのかなあ」
わたしは辰っあんに聞いた。
「多分、そうだっぺえ。地理的に見でも」
辰っあんは先頭に立って歩いていた。
「傷付いたキジを追って、あの山の中へ入って行ったのかなあ」
「そういう事だろうな」
わたしの前を歩いていた森本が言った。
わたし達の胸元までも覆う芒は一冬の名残を留めて、まだ黄色かった。
わたし達は手袋をした手で、その芒を掻き分けて進んだ。
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桂蓮様
有難う御座います
新作拝見致しました
何も考えていない と書かれています
ちょっと否定的に取られているように伺えますが
これはとても良い事ではないのですか
座禅の真髄に達する 最高の境地 無の世界ですよね
座禅が求める世界がここに有るのではないですか
無になる
なーんだ 一つの考えにずっと意識を向けている
事さえも出来なかったのか 雑念を切るのも 負う
のも出来なかった ーーそれこそ無の世界ですよ
座禅の求める世界です 何事にも捉われず
無になってそこから 新しい自分の人生を見詰める
死んだように生きられたら 真の生に
辿り着けるかもしれない 禅の境地です
貴重な体験ではないでしょうか
コメント 有難う御座います このコメント
こんな狭い世界に閉じ込めて置くのは勿体無いです
とても面白く拝見しています 是非 このような御文章
をブログに載せて下さい 肩の力が抜けてコミカルで
とても楽しく拝見出来ます わたくし以外 他の方々に
も読んで戴きたく思いますし 受けるのでは
ないでしょうか 桂蓮様の日常が垣間見え アメリカで
生活する という事の実態が透けて見えて来ます
是非 このような御文章を発信して下さい
何時も有難う御座います
takeziisan様
有難う御座います
今回も素晴らしいお写真の数々 堪能させて
戴きました それにしても よく旅行をなさっています
引退後 これらの美しい写真のアルバム 眺めるのも
人生の良い思い出になるのではないでしょうか
君子欄 わが家では放りっぱなしです それでも
毎年 見事な花を咲かせて それが実となり落ちて
今では無数の芽が出て 育っています
わが家でも餅を搗きますが 正月だけです 兄妹
みんなが集まりひと時を過ごします ただ今年の正月は
例のコロナで出来ませんでした 餅だけは搗きましたが
もう五十年近くの習慣で 餅つき器は今も健在です
秋の歌 昨夜 就寝前の一時 軽くウイスキーを口に
しながらフランスの詩集を開いていて ヴェルレーヌや
ボードレーヌなど眼にしていました 偶然にちょっと
驚いていますが 外国の詩は訳す人に寄って違いますの
で原文で読めたらとしみじみ思います
この並木道の写真 去年 拝見した記憶があります
確か 奈良光枝の 白いランプの灯る道 という歌を
思い浮かべる と書いたと思います
すずらん 実になるのですね
柚子 毎年 田舎の実家へ取りに行った事を
思い出します 今ではその土地も太陽光発電の
施設になっています 兄妹 みな歳を取り 行く事も
面倒になりましたので
雪国に帰る 良い御文章ですね 文にして残して
置いたからこそ こうして当時を偲ぶ事が出来ます
今回 冒頭に文にして残そうという短文を載せましたが
これもまた 偶然です
妹さんの死 確か以前にも伺っていましたが
こうしてお写真で見ると 一層 胸に迫るものが
あります 肉親にしてみればなお更の事で 何時までも
忘れる事は出来ないと思い出います それが幼い
子供であっただけになお更の事と思います
幸い わたくしの兄妹は六人ですが皆 今のところは
元気にしております
大雪山の景色 三 四日前にNHKの番組で見て
なんて素晴らしい景色だと感動したばかりでした
このような景色を実際に眼に出来るなんて 実に
幸せな事だと思います それにしても 何度も言うよう
ですが この国の国土は宝石のような国土だと思います
その他 いろいろ楽しませて戴きましたが 余り
長くなりますので
何時も有難う御座います